六十 謎の老人
十月になりようやく暑さも落ちついて衣替えを始める人々が増え始めた。
これから島の風景もどんどん様変わりをしていくのだろう。
今月は中旬に魔法学園で学園祭が行われる。
二日間にわたって開催され、二日目の夜には後夜祭を行うという日程だ。
ただし、学園祭とはいっても俺が想像しているものとは異なっていた。
というのも、魔法学園メーティスはテイルロード島の象徴ともいえる存在であり、その学園祭は学生以外の島民や島外からの観光客も訪れる島をあげての一大イベントと言われている。
特に食に関しては島の人気店が出店し学園祭のためのオリジナルメニューを出して競い合うほどの過熱ぶりだと、レイはとても嬉しそうに語っていた。
学生はというと、三年生を中心にした魔法を使ったパフォーマンスを披露することとなっており、それに参加しない者は自由に学園祭を楽しんでいる。
ただ、このパフォーマンスは単なるショーというだけではない。この学園の生徒のレベルを対外的にアピールするものでもある。
そこで二年生の選抜チームのメンバーに一応打診があったわけだが、個々の事情があり、乗り気ではなかったので丁重にお断りをした。
俺たちが出なくてもレベルの高い生徒はたくさんいるので、そこで自分を売り込みたいやる気のある人が参加すべきだろう。
そんな大きなイベントを生徒会が仕切っているわけだが、メンバーの一人であるレイは多忙を極めていた。
「レイ様は当日もお忙しそうですわね……」
スカーレットが大きくため息をつく。
今月に入ってレイとは授業以外で顔を合わせることはなかった。
来月のヴェヌス会長との対決に備えて鍛錬もかかさず行っているので、クレスター邸に帰ってくるのは遅く、朝出ていくのも早い。
俺が寝ているときに帰ってきて、起きたら学園に向かっているのだ。
「まぁ、あいつのことだ。当日は何があっても俺たちと一緒に回れるように根回ししてくるだろ」
「レイ様が一番この学園祭を楽しみにしていたからな」
ケブの言うとおり、レイはこの学園祭をとても楽しみにしていた。
ハイレベルな出店もそうだが、これからのことを考えると仲間と学園祭でハメを外せるのは最後になるかもしれないと考えているのだろう。
俺としては最後にさせるつもりは全くないが……
「こんなことなら先生に頼んでレイ様のお側でサポートするスタッフにねじ込んでもらうべきでしたわ……私ならきっと負担を軽減してさしあげられるのに……」
二年生で学力はレイと同点でトップかつ選抜チーム所属の才女スカーレットなら可能ではあったが、レイがそれを止めたのでどうしようもない。
レイはスカーレットもスタッフになると調整が難しくなるので止めてほしいと言うのだ。
「まぁレイ自身が決めたことだ。俺たちは当日にレイを最高に楽しませてやることであいつの努力に報いろう」
「そうですわね。それでも差し入れくらいはしたいですわ」
「そうだな。放課後にフォーン通りの店に寄って何か買っていこう。でもカズヤは放課後にマルスさんと特訓しなくていいのか?」
クォーツ副会長と初めて手合わせをした翌日から俺はマルスさんに頼み込んで毎日稽古をつけてもらっていた。
あのときの感覚を忘れないうちに自分のものにしたくて、アドルさんの次に強いと言われるマルスさん相手に毎日必死で剣を振っているのだ。
「遅れるとマルスさんに連絡するよ。可愛い妹のためなら喜んで待っててくれるはずだ」
早速マルスさんに稽古が遅れることをデバイスで連絡をすると、『レイのためならもちろん大丈夫だよ』と返ってきた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
放課後になり俺たち三人はフォーン通りに来ていた。
一・二キロメートルも続く商店街には多くの店が立ち並び、どこで何を買えばいいのか見当もつかない。
「スカーレット、こういうときってどういうものがいいんだろうな」
「そうですわね……レイ様なら好き嫌いはないでしょうし、常温で保存できて個包装のものがいいかと……」
「とはいえクッキーとかだとありきたり過ぎるし、疲れているときに口の中の水分がとられるようなものはやめておいた方がいいかもな……」
俺たち三人はああでもないこうでもないと悩みながら歩いていると、今日オープンした店が目にとまった。
「チョコレート専門店・クオーヌ」と看板には書かれており、せっかくなので中に入ることにした。
中に入るとたくさんのチョコレートが並んでおり、甘い香りが漂っていた。
木製の台には普通のチョコレートだけではなく、ホワイトチョコレートや甘酸っぱいイチゴのチョコレート、ドライフルーツやナッツなどが入っているチョコレートが並べられている。
「今の時期ならすぐには溶けないだろうし、チョコレートなら疲れているときにいいんじゃないか?」
「甘酸っぱいイチゴのチョコレートとかいいですわね。見た目もオシャレですし」
「じゃあここで買おうか?」
アッサリと決まってしまった。
あのレイがいることを考えてとりあえず全種類を十五個ずつ買うことにしよう。
店員はとても驚いていたが、レイだけでも全て食べてしまう量なのでむしろ足りないんじゃないかと不安である。まぁ流石にレイもそこまで食い意地を張らないだろうが……
会計を済ませて、店の外に出ると知らない老人に声をかけられる。
老人はフード付きの黒いローブを着て、銀色の髑髏のグリップがついた杖をついていたが腰は曲がっておらずしっかりと立っていた。
顔はフードを深く被っていてよく見えないが、迂闊に顔を除くのは危険だという気配を感じる。
「ほぅ……チョコレートかい。一時期ワシの助手をしてくれていた娘もチョコレートが大好きだったな」
「へぇ……そうなんですか」
「あぁ……メーティスは甘いものと学問と研究が大好きでね。本当にいい子だった……」
メーティス?
メーティスといえば魔法学園の学園名であり、マルスさんとフェイ先生、そして俺の前世である英雄と旅をしていた発明少女の名前だ。
「あの? メーティスってもしかして……」
「――カズヤくん。君とはまた会うことになるだろう。マルスとフェイの坊やによろしくな」
少し哀しそうな目をしてそういうと、老人は背を向け去っていった。
「カズヤ、今の方はお知り合い? マルス様とフェイ先生のことをご存知みたいでしたけど」
「いや会ったことはない……だけど……」
「けど?」
「――とりあえずレイに差し入れを持って行こうぜ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
学園に戻り生徒会室に行くとちょうど生徒会メンバーが全員揃っていた。
クォーツ副会長が死にそうな顔で机に突っ伏していたが、セイレーン先輩に怒られていやいや仕事を再開していた。
本当にこの人があの化け物みたいな雄々しい殺気を放っていたのかと疑いたくなるが、仕事そのスピードは尋常ではなく早いのでやる気があればできる人なんだろう。
そんな光景に圧倒されていると、少し髪が乱れたレイが笑顔で俺たちを迎えてくれた。
「やぁ、みんな生徒会室に来るなんて珍しいね?」
「実はレイ様たちに差し入れをと思いまして、お口に合えばいいのですが……」
スカーレットが紙袋からチョコレートの箱を出してレイに手渡す。
「これは今日オープンした『チョコレート専門店・クオーヌ』のチョコレートだね! しかもこんなにたくさんありがとう!」
レイは箱を開けると色とりどりの様々なチョコレートを見てとても喜んでいた。
「スカーレットさんにケブくん、カズヤくん、わざわざ差し入れをありがとう。皆で美味しくいただくよ」
涼しい顔をして超スピードで仕事をこなしながらヴェヌス会長がお礼を言った。
「ところでレイ。さっきクオーヌの前で黒いローブを着て髑髏の杖を持った老人に話しかけられたんだ。メーティスさんがその人の助手をしてたいらしくて、『マルスとフェイの坊やによろしく』とも言われた」
「黒いローブ、髑髏の杖、メーティスさんを助手にして、兄さんとフェイ先生の知り合い……もしかして……」
「レイ! そいつのことはマルスに聞いてもらうのがいい。お前は説明している暇はねぇだろ」
クオーツ副会長が鋭い目つきをしてレイの言葉を遮る。
「セイレーン先輩に怒られてた副会長に言われたくないけどね……まぁ、あの人のことは兄さん聞くのが手っ取り早いのは確かだ。僕も直接会ったことはないしね」
「じゃあ今日、マルスさんにあったら聞いてみるよ。邪魔して悪かったな」
チョコレート専門店の前で出会った謎の老人。
メーティスさんとマルスとフェイ先生とは関わりがあるみたいだけれど、一体誰なのだろうか。
ここで考えていても仕方がないので、生徒会室を出て、全力でマルスさんとの待ち合わせ場所に向かって走りだした。




