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英雄の箱庭〜君と共に生きるための物語〜  作者: 松野ユキ
第六章 九月 力なき者の怒り
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五十九 開放される原始の精神

「すみません。お待たせしました」


 俺とレイが魔法学園の屋外訓練場に着くとヴェヌス会長とクォーツ副会長がすでに待っていた。


「さて一応確認しておくが、今回はお前を焦らせたり絶望させたりするために戦ってやるわけじゃない」


「俺が勝つためのヒントをいただけるんですよね?」


「そうだ。お前の成長速度なら今の俺とまともにやり合えるくらいにはなれる。でも勝つことはできない」


 どれだけだけの力差を見せつけられるのかと思ったが副会長は俺の力をそんなに認めてくれていたのか。


 でも…… 


「俺に致命的な欠点があるということですよね……」


「そう悲観すんな。さっきも言ったけどお前の成長速度は俺から見ても驚異的だ。でも成長が速いがゆえにお前の精神が追いつけていねぇんだ」


 四月に魔法学園に入学する前は剣のことも魔法のことも全く知らなかった。


 それから鍛え始めて約五ヶ月が経った。


 そんな俺が十一月には学園のナンバーツーに挑めるほどに成長した。


 しかもナンバーツーといえども、実質はナンバーワンとほぼ同格と言える相手だ。


 この成長は英雄の魂の覚醒と神具(しんぐ)のおかげではあるが、俺自身もそれなりには強くなっている自負はある。


 それでも時々不安になるのは確かだ。


「――副会長がおっしゃる通りです。色んな立場の人と戦ってきてその人たちの過去を知るほど、俺の力は自分の力ではないんじゃないかと不安になります……」


「まぁ普通なら使える力があればそれを駆使して勝つのは当然だし、気にするやつもそんないないだろう。でもお前は劣等感と真面目さからそれを認められないのか」

 

 俺は幼少期から冬月怜佳(とうげつれいか)という本物の天才を追いかけていた。


 どれだけ努力しても彼女には追いつけず、何をしても自分を認められず満たされることはなかった。


 それに加え、絶対にレイを救うために(ことわり)を越えた力を身に着けなければいけないという途方もない目標と責任感がある。


 そのせいか、英雄の魂を覚醒させるだけいいのか確信を持てないでいる。


「これ以上ウダウダ言ったところでお前は自分に言い聞かせて取り繕うだけだ。戦いの中でお前が見ようとしていないお前を引っ張り出してやるよ。構えな」


 クォーツ副会長は剣を抜き、剣先を俺に向ける。


「――俺も今回だけは神具(しんぐ)に頼るのはやめます。自分自身の力を確かめたい!」


 剣を抜き構える。


「いい顔になったじゃねぇか。じゃあかかってこい!」


 雄々しい殺気がクォーツ副会長の周りの空気を歪ませる。


 これはマルスさんのように相手を威嚇するための殺気ではない。


 ただただ強さを追求した者から漏れ出す殺気だ。


 どう攻めても瞬殺される。


 でも逃げたら何もつかめない。


 戦え……戦うんだ!


「うおおおおおお!」


 まずは剣を振り上げ左肩をめがけて振り下ろす。


 当然こんな雑な一撃はカウンターされ……ない?


 クォーツ副会長は俺の初撃を受け取めるだけでカウンターをしてこない。


「何を驚いている? 今のお前が相手ならカウンターなんてつまんねぇことはしねーよ。で、こんなものか?」


「まだだ!」


 受け止められた剣身を外し、右側に回り込んで真横に薙ぎ払うがそれも簡単に受け止められる。


「お前の連撃はそんなもんか? 本気でこいよ」


 それならばと再び正面に回り込み、高速の斬撃と突きを何度も繰り返す。


「もっとだ! その程度のスピードか?」


 軽く呼吸をして……


 目の前の敵を斬り殺すことだけを考えて無心に斬る。


 俺はこんなもんじゃない。


 もっと速く、もっと重い一撃を繰り返すんだ!


 斬る、斬る、斬る、斬る、斬る!


 無心に剣を振り続け、クォーツ副会長が、自分が、周りの風景が全てが一つになるように感じる。


「それだ。ようやくこっちも力を見せられそうだな!」


 クォーツ副会長から漏れ出す雄々しい殺気がさらに強くなり、まるで炎のように赤く揺らめく。


 派手な見た目になっただけではなく、繰り出される一撃一撃がどんどん重く、速くなっていく。


 だからどうした?


 俺は敵も世界も全てを一つするだけだ。


 それだけではない。


 全てを加速させるんだ!


 どんどん身体が熱くなり、呼吸が荒くなるが、脳から熱いものが湧き出てくる。


 とても楽しい。


 全てが永遠に感じる。


「喰らえ!」


 大きく飛び上がると、縦に高速で回転し、斬りかかる。


 その一撃は受け止められるが、これで終われば何も進歩はない。


 もう一撃、もう一撃だけお見舞いしてやる!


 しゃがみ込み、全ての力を込めて左下から右上に薙ぎ払うが避けられてしまう。


 その斬撃は空気を切り裂き、地面をえぐり訓練場の壁も破壊していった。


「――ふぅ……神具(しんぐ)なんかに頼らなくてもお前はもうここまでできるんだよ。わかったか」


 クォーツ副会長が満足そうに微笑む。


「はい、こんな楽しい戦いは初めて、で、した……」


 急に力が抜けて倒れ込みそうになるがクォーツ副会長が支える。


「今日の感覚を忘れるな。もっともっと自分を解き放って過去も未来も全てを無にするくらいの気持ちで剣を振れ。そうすればお前は今の俺を越えられる。そして(ことわり)すら越えていける」

 

「ご指導ありがとうございました……」


 戦いというものに関して劣等感とか責任感とか余計なもので飾りすぎて、原始的な喜びというものを見ようとしていなかったことに気がつかされる。


 クォーツ副会長と戦い続ければもっと楽しい世界が見れるのだろうか?


「カズヤ! 大丈夫かい?」


「凄く疲れた……」


「おいレイ! カズヤに肩を貸してやれ」


 レイの首に手を回し、体重を預ける。


「悪いなレイ……」


「いいよ。次は僕がおぶってもらうから」


「はは……そんな機会があったらな」


 俺が元気でレイが弱ってる状況なんてこの先ありそうにもないけどな……


「さてクォーツ、そろそろ帰るか。明日から学園祭の打合せやらで忙しくなるぞ」


「そういやそうだったな」


 学園祭?

  

 そういえば十月にあったよな。


「カズヤは魔法学園の学園祭は初めてだったね。島の一大イベントだからきっと楽しいよ」


「へぇ……そりゃいいや。でもとりあえず今日は休みたい」


 前の世界にいたときは高校の園祭ってそんな派手ではなかったけど、この世界の学園祭はどんなものなのだろうか。


 

 永遠の生徒会ナンバーツーのクォーツ・リンドウ副会長。

 

 この戦いで副会長の力の一端を見ることができた。


 でもそれより、戦いにおける原始の精神を開放することが自分が信じられる力への道だとわかったことが一番の収穫であった。

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