五十五 憤怒の合力
闇の中でもがくセレーネのために力を創造したいと願ったとき、左手の白のリングが強く光りだした。
両膝を地につけて顔を背けていたセレーネも異変に気がつき、不思議そうな顔をしている。
「――カズヤ先輩……次は何をするつもりなんですか? 私はもう……」
セレーネの赤く輝いていた瞳は黒色に戻り、戦意は完全に消失している。
「俺はまだ君に全てを教えてないぞ。これからは希望を教える」
左手を胸に当てると胸から光が溢れ、ドーム型の防壁内は白い光で満たされる。
そして、俺の頭の中に英雄の記憶が映像として流れ込んできた。
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これは英雄の誓いの記憶。
戦闘中に崖から落ちて、森の中で彼は目を覚ました。
木の枝がクッションになったおかげでなんとか助かったがマルスさん達とはぐれてしまったようだ。
「人と戦いたくない? 何寝ぼけたこと言ってんだこいつは?」
「魔王様は俺たち魔族を存続させるために立ち上がってくださるのに裏切るのか?」
「こんな奴は同胞じゃねぇ……やっちまえ!」
三匹のオークが一匹のオークを袋叩きにしている。
その光景を見た彼は一度はその場を去ろうとしたが踏みり戻っていく。
そして、三匹のオークを気絶させて袋叩きにされているオークを助けた。
「お前人間だろ? それにその剣は神具……なぜ魔族の俺なんかを助けた?」
彼は上手く説明できなかった。
ただ「ここで逃げたら後悔するということは確かだ」ということだけは断言できた。
「――とりあえずこの場から離れよう。お前になら頼めるかもしれない……」
オークは彼を連れて仲間の意識が戻る前に逃げた。
隠れられそうな洞穴に着くとオークは話があると彼を座るように促す。
「助けてくれてありがとうな。でもこれで俺はますます同胞から裏切り者だと思われるわけだ……」
膝を抱えて座っているオークはうなだれる。
そんな姿を見た彼は助けたことを後悔し謝った。
「気にすんな。どうせ魔族と人との大戦が始まれば遅かれ早かれ人と戦えない俺は裏切り者として扱われる。そして同胞に殺されちまうだろうな……」
オークは自嘲気味に笑った。
彼はオークになんでそこまで人と戦いたくないのかと問う。
「俺は一度だけ仲間と人間の村を襲った。人間達が俺達一族を討伐すると聞いて先手を打つためにな……でもそこは地獄だった――」
オークは彼に村の襲撃について次のように語った。
まず戦士達を皆殺しにして、それを見て命乞いをする女や子供も容赦なく殺した。
そして金品を奪い、最後に村に火を放った。
オーク自身は自分達を討伐しようとする戦士達だけ殺せばいいと思っていた。
しかし仲間を止めることはできなかった。
人間と戦うとはこういうことなのか。
勝っても奪って滅ぼすしかないのか。
燃える村を前に血にまみれた両手を見てオークは絶望した。
「俺は一族を守って英雄になるために戦うつもりだった。でも現実はこんなもんだ……人間も魔族に同じようなことをしているから仲間の気持ちも分からないでもないが……」
オークの話に彼は絶句した。
「まぁお互い様って奴だ。でも今日お前を見て少し希望を持てた。魔王を倒すための神具を持つ人間がこんな俺を助けてくれたんだ」
彼に向かってオークは微笑む。
彼もオークに向かって微笑もうとしたとき、足音が聞こえてきた。こちらの方に向かってきている。
「この足音だと。オークではない。人間の足音のようだな……」
足音はどんどんこちらに近づいてくる。
オークと彼は身構えていると、マルスさんとメーティスさん、そしてどこかで見たことのある少年が洞穴に入ってきた。
「こんなところにいたのかい? 急に崖から落ちて心配したんだよ」
「まぁ、この人ならそんな簡単にくたばらないでしょう」
まだあどけなさが残った少年が無邪気に笑う。
「まぁ今回はフェイに同意ね。マルスは光魔法で感知できるくせに動揺していたけど」
メーティスさんがマルスさんを茶化す。
というかこのフェイって少年は……
雰囲気は違えどフェイ先生に似ているな。
「――とにかく君が無事で何よりだ。ところでとなりのオークは?」
マルスさんに尋ねられると彼は事情を話した。
そしてなんとかオークを助けてあげられないか訴えた。
「君の言うことはよくわかった。でもそこのオークは助けてもらいたいようには見えないけどね……」
マルスさんの言葉を聞いて彼はオークの方を見る。
「――勇者マルスの言うとおりだ。俺は人と戦いたくないが同胞とも戦えねぇ……もしお前が俺のことを想ってくれるなら頼みを二つ聞いてほしい」
オークの一つは目の願いは大戦が終結したら人と魔族が共存する世界を作ってほしいこと。
そして二つ目は彼に自分を殺してくれということだ。
一つ目はともかく二つ目の願いについては彼は断り、一緒に理想の世界を作ろうと説得する。
しかし、オークの心は変わらなかった。
拉致があかないと思ったのかマルスさんが話に割り込んできた。
「君がオークの願いを聞いてあげられないなら僕がやる。でもオークよ。本当にそれでいいんだな?」
「流石、優しき勇者マルスは話がわかるな……俺の理想と、それに賛同したこいつをお前に託していいのか?」
オークはマルスさんの目を見つめる。
「――希望ある未来のための覚悟、僕は絶対に無駄にはしない。僕が君の理想をそして彼を導く。地獄で先に待ってろ」
「お前も地獄行くつもりかよ……まぁこれでももう手を血で汚さなくて済む。ありがとな」
そして、マルスさんは銀色の剣でオークの首を跳ねた。
その光景を目の当たりした彼はむせび泣いた。
そして「ごめん……」と一言呟く……
彼はやさしいオークが自ら死を選ぶこの世界に憤った。
同時に、やさしいオークの最後の頼みを聞いてあげられなかった自分の弱さを悔やんだ。
その後、メーティスさんが魔法でオークの墓を作ってくれた。
フェイ少年も花を墓に添えてくれた。
彼はマルスさんに迷惑をかけたことを謝り、メーティスさんとフェイ少年にお礼をする。
そしてオークの墓前で誓った。
大戦が終結したら人と魔族が共存できる世界を作る。
そんな世界が実現したら、少しでも多くの人と魔族を助けられるように強くなると。
記憶の映像はここで終わった。
――――英雄も俺と同じ想いを掲げてたのか。
まぁ前世がなんであれ俺の在りたい姿は変わらないが……
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意識が戻ると、防壁を満たす白い光は白創の剣に集まり、剣は形を変える。
また剣身の中央にいくつかのルーン文字が刻まれる。
そして新しい力の使い方が頭に流れ込んできた。
新しい力は「力の創造」
光の魔力を使って、二つの魔力を合成し、新たな魔力を生み出す自助と共助の能力。
条件は二つ。
一つ目は怒りの感情が元にあること。
二つ目は二つ以上の力が必要ということ。
以前からも四属性に光の魔力を付与して光炎を放ったり、その光炎と風翼をかけ合わせて炎翼を発動させたりはしていた。
それら違うのは力の合成を通じて相手に自分の魔力を付与して強化できることだ。
だが、今回はそれだけではない。
「待たせたな。約束通り希望を教える」
「希望を教えるって私はもうカズヤ先輩に勝てないことは明らかで絶望しかありませんよね……」
セレーネは片膝をつき起き上がる。
「今から君の力を創る。とにかく俺を信じろ」
「力を創るって神様じゃあるまいし……まぁ私は敗者ですし好きにしていいですよ」
投げやりな態度を取るセレーネに手をかざし、俺の光の魔力とセレーネの光の魔力を合成する。
するとセレーネの胸が白く輝きだす。
「何これ……胸が温かい……いいえ魂がこれまでにない光の魔力で満ちている。今なら何でもできそう」
「これで少しは信用してくれたか? でも俺が創る力はこんなもんじゃない。君の怒りと願いが必要だ。二人で理不尽な現実を少しでも変えよう」
セレーネは胸に手を当て与えられた力をもう一度感じ取る。
そして目を開くと覚悟を決めた顔になった。
「――力が手に入るなら……この無力さへの怒りから解放されるなら何でもやります。お願いします、カズヤ先輩!」
「わかった。じゃあこれから何が起きても力を望み続けろ」
「わかりました」
両膝をつき顔を前で手を組み祈るようにセレーネは力を望む。
さて、本物を作れるかは分からないがやれるだけのことはやってみるか。
セレーネは光の魔力を持ってるならできるはずだ。
白創の剣に「物質の創造」の力と「力の創造」の力を込める。
剣身には、今までにない強い光が帯びている。
「じゃあ行くぞ!」
俺はセレーネの胸に白創の剣を突き刺した。
「せ、先輩、何を……って痛くない」
胸に突き刺さる剣を見てセレーネが困惑する。
「いいから君は力を望み続けろ」
まずはセレーネの魂と俺の魂をシンクロさせる。
すると彼女の魂を通じて怒りと望みが伝わってくる。
『理不尽な現実、そしてそれをどうにもできない自分に腹がたつ!』
なるほどやはり理不尽な現実への怒りとそれをどうにもできない自分への怒りがあるのか。
これらの怒りを元に力を合成してみるか。
俺とセレーネの光の魔力を限界まで均衡するように力を合成すれば、とんでもない光の力が生じるはず。
でもこれで終わっては駄目だ。
セレーネがこれからずっと闇を照らしていけるように形に残る力でないといけない。
彼女の魂を感じろ。
そして二人の光の魔力を合わせて作った力で魂の奥にアクセスできるようにしろ。
セレーネの魂を解放して形にするんだ!
セレーネの胸に輝く魔力は形を変えて剣の柄のような形状になる。
「セレーネ、胸にある剣の柄を握れ! そしてこれまでの怒りと新たな力への喜びを解放して引き抜け!」
「はい!」
俺はありったけの「物質の創造」の力を注ぐ。
そのときパートナーリングを通じてレイから供給されている闇の魔力が抑えられなくなってきて、俺を蝕んできた。
「クソ! こんなときに……」
周囲に闇の魔力が帯びてくる。
「カズヤ先輩、その禍々しい魔力は一体……」
「君はやるべきことをやれ。これは俺の戦いだ」
「いいえ、カズヤ先輩に頼りっぱなしで得た力なんて意味がありません。闇を受入れて私も戦います!」
セレーネは苦しみながらも俺を蝕む闇の魔力すらも受け入れ、一気に柄を胸から引き抜いた。
すると、淡い黄色、まるで月のような色の剣が目の前に現れた。
「これが私の力? とても綺麗……」
光だけではなく闇も力として受け入れたとき、セレーネは彼女自身の新たな力を手に入れた。
セレーネは優秀な後輩だ。
俺が希望を教えてやるなんて少し傲慢だったのかもしれない。




