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英雄の箱庭〜君と共に生きるための物語〜  作者: 松野ユキ
第六章 九月 力なき者の怒り
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五十四 理不尽

 一・二年生合同演習が終わり、続いてペアチームによる模擬戦が行われる。

 

 試合まであと十分、盛り上がる屋外訓練場の見学席の方に目をやる。


 先程まで演習に參加していた一年生も含めると九十人程の生徒がおり、こんなに大勢の生徒に見られていると思うと緊張してきた。


「カズヤ、いよいよだね」


「そうだな……ってお前その大量のお菓子はなんだよ……」


 レイが持っている袋には様々なお菓子が所狭しと詰め込まれていた。


「何って一年生の女の子達からの差し入れさ。心込めて作ってくれたのだから全部模擬戦中に美味しくいただくよ」


 早速、袋からクッキーを取り出して食べている……


 まぁ差し入れしたものを本人がちゃんと食べてる姿を見せた方が一年生の女子達も喜ぶだろう。


 これもレイなりの誠意というやつなのか。


「――はぁ……いつも通りのお前を見てたら緊張がほぐれた」


「緊張? これは一年生に胸を貸す模擬戦だろ? 君はセレーネたちのためにやるべきことをやるだけさ」


 レイは腰に手を当てて穏やかに微笑む。


 その表情からは「君なら大丈夫」と信じてくれていることが伝わってくる。


「そうだな。この模擬戦があいつらに得る物があるようにしないとな。じゃあ行ってくる!」


 レイに手を振り、模擬戦の集合場所へ向かった。


 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「さて、みなさん集まりましたね。これより一年生とニ年生のペアチームによる模擬戦を行います。準備はよろしいですか?」


 審判のフレイアさんを挟んで、ニ年生の俺とティタン、一年生のセレーネとアポロが相まみえる。


 ティタンの方を見ると、軽く頷く。


「フレイアさん、俺達はいつでも大丈夫です」


「アポロちゃんは大丈夫?」


「う、うん。だ、大丈夫だよ。セレーネちゃん……」


 演習前に会った小柄で茶髪の女の子がセレーネのペアだったのか。


 それにしてもかなり緊張してセレーネより機械仕掛けみたいになってるけど大丈夫なのか?


「私達も大丈夫です」


「見学している生徒達を守るために防壁を構築します」


 手をかざすとドーム型の防壁が構築される。


「それでは私がこの場を去ったら試合開始です。行きますよ?」


 フレイアさんが結界の外に脱出をする。

 試合開始だ。


「さて、カズヤ先輩。先程言ってた通り、光炎以外の魔法も見せてくださいね」


 セレーネは余裕の笑みを浮かべる。


「わかった。ただ全力でやるから、お前も本気でこいよ?」


 白のリングを発動させ、胸の奥から白創の剣(はくそうのけん)を取り出し構える。

 力を発動させると剣身に白い光が帯びる。


「これが神具(しんぐ)……純白の剣なんて初めてみました」


 セレーネの表情から笑みが消える。 


「まずは風翼を見せてやるよ」


 白創の剣(はくそうのけん)を通じて緑のサブリンクの力を発動させる。


 巨大な緑光の翼が背中から生える。

 さらにそれをブレード状にして、前方に四角錐状のバリアを貼る。


「三年生との試合で出していたものまるで別物……あれはまだ本気ではなかったんですか?」


「いや、あのときはあれが本気だ。今からこの状態で君に突撃する。準備はいいか?」


「――カズヤ先輩を舐めてました。ちょっと待ってください」


 セレーネはアポロの方を向き、手をかざして球体状の光の膜を張る。


「セレーネちゃん、何をするの? 私も一緒に戦うよ!」

 

「ごめんねアポロちゃん……」


 セレーネはアポロを乗せた光の球体を防壁の隅へと移動させる。

 アポロがセレーネを呼んでいるが彼女にはもう聞こえていない。


「これでよかったのか?」


「彼女を守りながらではカズヤ先輩とまともに戦えないので……」


「優しいんだな」


 祖国祖国と言いながらも目の前の大切な人もちゃんと守ろうとしている。

 根はいい子なんだろう。


「自分が弱いせいで大切な人が傷付くのが嫌なだけです……お喋りはもういいでしょう。早く始めてください」


 セレーネは苛立ちながら両手の白いロンググローブを脱ぎ捨てると、機械の腕が露わになる。


 さらに両手を前に出すと、腕から掌まで光の筋が走る。

 掌にある赤色の宝石のようなものが輝くと、四枚の光の盾が目の前に並んだ。


「これでカズヤ先輩を止めます!」


 セレーネが剣を抜き構えると、両目が赤色に鈍く光る。

 どうやら本気になってくれたようだ。


「ティタン、悪いけどお前も安全な所で待っててくれ。後で必ずセレーネと話す機会を作る」


「――わかった。今の俺では足でまといにしかならないようだしな」


 ティタンが巻き添えにならない場所に避難したことを確認する。


「じゃあ、行くぞセレーネ!」

 

 地面を蹴るとブレード状の翼から竜巻が生じて加速する。


 セレーネの前にある四枚の光の盾は飴細工のように簡単に粉々に砕け散っていく。


 再び防壁を張ろうと手を前に突き出すががもう間に合わない。


 これが限界か。

 なんとかセレーネに直撃する前で急上昇をする。


 ゆっくりと降下すると、セレーネは尻もちをついて驚いていた。


「大丈夫か?」


「私の光の盾がこんな簡単に破壊されるなんて……でも、風翼については学べた……私も出せる!」


 セレーネは丹田の辺りに手を当てると魔法陣が浮かび上がり背中に風翼が生える。

 

「本当に凄い学習能力だな……それで次はどうする?」


「次は……私の攻撃を受けてください」


 セレーネが地面に手をつけると魔法陣が展開され、五つの球体が召喚される。


「これが私の武器『ルナティック』。回避不能な集光された高出力のレーザーで敵を発狂させる! 行け!」


 球体は五つのうち、四つは俺の足元を囲み、残り一つは頭上に浮かぶ。

 そしてピラミッドのようなバリアを張り閉じめる。


「これでもう逃げられませんよ?」


 球体はレーザーの射出口を開き、目玉のようにギョロギョロと動いている。


 なるほど一つ一つの射出口か自由に向きを変えられるのか。

 これは回避するのは厳しそうだな。


 ならば……


「くらえ!」


 五つの射出口が光り、左右前後及び、上空からレーザーが射出されようとしている。


 今だ!


 黄のサブリングを発動させて左右前後に巨大で分厚いダイヤモンドの壁を作る。

 今回はレーザーに対応できるように特殊な鏡面にした。


 これなら左右前後どの方向から撃たれても対応できるはずだ。


 左右前後の球体から射出されたレーザーは鏡面の壁に跳ね返された後、ピラミッド状のバリアに当たり消失する。


 そして壁を作ることができなかった上空から放たれたレーザーは、白創の剣(はくそうのけん)を介して強化された光の防壁で受け止める。


「そんな……集光された五方向のレーザーが全て防がれるなんて……」


「ダイヤモンドの防壁も見せたぞ。次は風翼と光炎のかけ合わせも見せてやるよ」


 緑と赤のサブリンクを発動させると、六枚の光炎の翼が背中に生える。

 このかけ合わせほ魔法演習の実技試験でやってはいたが、白創の剣(はくそうのけん)を通じて発動したことにより、より大きな翼になっている。


「とりあえずここから出してもらうぞ」


 光炎の翼から炎を出し五つの球体を破壊する。

 するとピラミッド状のバリアは消失し、外に出ることができた。


「私のルナティックが……」


 燃え尽きる球体を目にしたセレーネは膝から崩れ落ちて呆然としている。


 やり過ぎてしまったかもしれない。しかし、本気で学びに来ているセレーネへの俺なりの誠意だ。 


「次はどうする? 辛いならやめてもいいぞ?」


 やめたいと望むならこれ以上は続ける意味がない。

 

 セレーネは唇を強く噛み震えだす。

 そして僅かな沈黙のあと口を開いた。


「――理不尽……理不尽! 理不尽! 同じ光の魔力の使い手で私はこんなに苦労もしてきたのに……どうして平和な島で裕福に暮らしているカズヤ先輩だけ神具(しんぐ)が与えられるの? ねぇどうして?」


 地面に手をつき顔をこちらに向けて俺に問いかける。


 セレーネの言うとおりだ。

 俺はセレーネに比べたら恵まれ過ぎている。


 返す言葉が見つからない……


 神様がいるならなぜ闇の中でこんなに頑張っているセレーネにも力を与えないのか。


 苦しんで生きることが光の魔力を持つ彼女の宿命だと言うのか?

 そんなの理不尽だ。


「――セレーネ……何もしてやれなくてごめん」


「何で謝るんですか……これは私が望んでやった結果なんですから……私の無力さが全部悪いんですよ!」


 両手両膝を地に着け、顔を背ける。

 銀色の髪に顔が覆われ表情は伺えないが、強く握られた拳からセレーネの悔しさが伝わってくる。


 光の少女として祖国の期待を背負い、力のために多くのものを犠牲にしてきてこの結果だ。

 悔しいのは当然だろう。


 でもセレーネを憐れんでどうなる?

 今の彼女に俺がどんな言葉をかけても無意味だ。


 結局は俺ができることをやるしかないだろ。


 白創の剣(はくそうのけん)よ。

 お前はこの無力さに憤る少女を見てどう思う?


 少しでも多くの人と魔族を助けたいという願いを持ってお前の力を発動させた。


 そんな俺はセレーネを助けられない無力さに憤っている。


 もし神が彼女に力を与えないというのなら、俺が力を創造してやりたい!


 そう願うと、左手の白のリングが強く光りだした――――

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