五十三 一・二年生合同魔法演習
九月の最初の週が明け月曜日になった。
今日の放課後に一・ニ年生の合同魔法演習をこの屋外訓練場で行うわけだが、フェイ先生の予想通り一年生は四十五人全員が参加していた。
また、見学スペースに四十人くらい、つまりニ・三年生の半数弱が見学に来ており、今回の合同魔法演習への関心の高さが伺える。
「カズヤ、お前の雄姿を見に来たぞ!」
見学スペースからオークのケブが手を振り声をかけてくる。
大勢の生徒がいても緑色の肌とその大きな身体はとても目立っていた。
「ケブ、見に来てたのか!」
「そりゃ当然よ。カズヤはもちろん。レイ様とスカーレットも参加するしな」
「なんかお前だけ仲間ハズレみたいで申し訳ないな……」
「気にするなよ。それより見学席の面子をみろよ。クラウン先輩とヴェヌス会長とクオーツ副会長がいるぞ」
選抜試合で戦った現役三年生トップのクラウン先輩、その先輩よりさらに強い永遠の生徒会ツートップのヴェヌス会長とクオーツ副会長。
合同魔法演習にこの三人がいると知ったら一年生もさぞ緊張するだろう。
「とりあえず三人に挨拶しにいこうぜカズヤ。忙しい中見に来てくれてるんだし」
「そうだな」
俺とケブは三人の元に駆け寄る。
「ヴェヌス会長、クオーツ副会長、それにクラウン先輩。お忙しい中、お越しくださりありがとうございます」
俺とケブが三人に礼をする。
「今回の一・ニ生合同魔法演習はとても注目されている。それに君とセレーネの模擬戦は気になっていたからな」
「俺はヴェヌスと同様に気になって来たわけだが、前にも言ったけど遠慮はしなくていいぜ。お前がセレーネを導いてやれ」
「導くって俺は彼女と比べて……」
「あいつの過去を知った上での助言だ。お前ならできるさ」
――クォーツ副会長はみなまで言わなくてもお見通しというわけか。
俺はセレーネと比べて闇の世界を生きてきたわけではない。
しかし、同じ光魔法の使い手として彼女にしてあげられることは何かあるはずだ。
そのためにはまず彼女が本当に望んでいるものが何かを知らないといけないわけだが……
「それにしてもクラウン先輩は会長と副会長と仲が良かったんですね」
「仲が良いというか、俺も会長と副会長に挨拶をしに来ただけさ。それにしても君はとても強くなったね。もう俺では相手にならないだろうな」
「そんなことは……」
クラウン先輩は少し寂しそうな表情していた。
「まぁ、君の成長速度ならこうなることはわかっていたさ。さぁ、そろそろ合同魔法演習も始まるし戻った方がいいぞ」
訓練場の時計を見ると開始十五分前になっていた。
「すみません。じゃあ言ってきます!」
クラウン先輩に礼をして、フェイ先生の元に駆け寄る。
「フェイ先生、事前の確認はもう終わっちゃいました?」
「いやぁ、それが見ての通りだ。まぁ班分けは伝えてあるし、特に確認することもないんだが、凄い人気だな」
一年生の方を見るとニ年生のメンバーが一年生に取り囲まれていた。
まずレイとスカーレットだが、沢山の一年生に囲まれていた。ニ年生のツートップなんだからそりゃあ人気だろう。
まぁレイに近づき過ぎる一年生に対して、笑顔のスカーレットから僅かに殺気が漏れ出しているけれど……
次は風の大国ウィンディアの王子アネモイ。優秀でイケメンの王子様ということもあり、こちらは沢山の女子に囲まれていた。そういうことには慣れているのか、笑顔はないものの丁寧に対応している。人生経験の差というものを思い知らされる……
そして青髪の美少女歌姫ローレライ。夏休みには島の各地で歌っていたそうだが、彼女の光の歌声は多くの人々を癒やし魅力した。その結果、一年生の男子達に囲まれて顔を真っ赤にしているという状況になっている。
「みんな大人気ですね……この状況でちゃんと演習はできるんですかね?」
「今年は特に凄いメンバーが揃っているからな……まぁ班の振分はちゃんとしてるし、演習が始まればみんな真面目にやるだろう
」
そういえばティタンはどこだ?
ティタンは訓練場の隅に座っていた。
そこに二人の女子生徒が近づいてくる。
一人は小柄で茶髪の女の子、もう一人はセミロングの銀髪の少女セレーネ・ルーナだ。
セレーネがティタンに何か強く言っていて雰囲気が良くない……止めに行くか。
「よぉセレーネ!」
「あっ、カズヤ先輩。こんにちは。今日はよろしくお願いします」
いきなり満面の笑顔で挨拶される。
「ティタンにキツくあたってるように見えたけど、どうした?」
セレーネはティタンを蔑むような目で見たあと、こちらに向き直し笑顔が戻った。
「先輩には関係のないことですよ……それより今日は沢山学ばせてくださいね」
「お望み通り教えられることは教えてやるよ」
「まぁ楽しみにしてますよ。もう戻ろ、アポロちゃん」
「う、うん。では先輩方、失礼します!」
セレーネたちは一年生の待機場所に戻っていった。
「大丈夫か、ティタン?」
表情には現れていないがどこか落ち込んでいるように見えるティタンに手を差し伸べる。
「大丈夫だ。予想通り嫌われてたよ……さぁ、演習が始まるし俺達も戻ろう」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
演習が始り学園長のフレイアさんの挨拶が終えると、フェイ先生からスケジュールと注意事項の確認が行われた。
いよいよ、魔法演習が始まる。
班分けは一年生四十五人が各属性ごとに分けられた。
火属性の班が八人と七人で、受け持つのはスカーレットと俺。
風属性の班が九人で、受け持つのはアネモイ。
水属性の班が八人で、受け持つのはローレライ。
土属性の班が六人と七人で、受け持つのはティタンとレイ。
アネモイが多少多くの受け持つことになったがあいつなら大丈夫だろう。
班ごとに分かれて演習は始まった。
「えーっと……俺の名前はカズヤ・ヴァン。今日はみんなにとって少しでも有意義な時間になるよう頑張るのでよろしく」
まぁ演習といっても炎魔法の出力とコントロールの確認。
あとは質問に答えながら指導していけばいいだろう。
「まずはみんなはどれくらい炎魔法の出力をできているのか確認させてほしい」
まだ一年生といういうこともあって出力はできるけれどコントロールがイマイチという子が多かった。
「無理に炎を操ろうしては駄目という基本はわかってるんですけど、どうしても上手くいかないんです……」
男の子が炎を全くコントロールできなくて困っており相談してきた。
「まぁコントロールは難しいよね。まず炎の揺らめきのリズムと自分の心音がシンクロする感覚を身につけるんだ。利き手ではない方の手を胸に当ててごらん」
「こ、こうですか?」
胸に手を当てる。
「そう。まずは心音を意識する。次に利き手で炎を出力して、それを観察しながら炎の揺らめきのリズムを掴むんだ。あとは二つのリズムが重なるところを探りながら、自分が炎になるイメージをしよう」
「はい!」
炎の揺らめきはだんだん安定していく。
「よし。炎の揺らめきが安定してきたら、徐々に意識を出力している利き手に移す。利き手と炎が一体化している感覚があれば炎とのシンクロは成功だ」
「あ、炎が自分の手の一部のように感じます」
「最後は簡単な形の変化からイメージする」
炎が少し渦を巻き始めた。
「僅かにですけど形を変えられました!」
「ここからは何度も訓練して、自由に形を変えられるようにするだけだね」
「分かりました。ありがとうございます」
炎魔法はスカーレットと死ぬほど練習したからこの程度なら一応は教えられる。
偉そうに教えているけど、俺も一年生と同じく四月から魔法を習い始めたばかりだから、難易度の高い技術は口では教えられない。
向こうのスカーレットの班なんて派手な炎魔法をどんどん出して盛り上がってるし……
「カ、ズ、ヤ先輩!」
背後からいきなり甘い声で俺の名前が呼ばれる。
「うわぁ、セレーネ! 君は出力もコントロールも完璧だろ。俺から教えられることなんてねぇよ」
振り向くとセレーネが上目遣いでニコニコとしていた。
「光る炎、見せてくださいよ。みんなも三年生との試合でカズヤ先輩が使ってた光り輝く炎を見たいよね?」
セレーネが他の一年生に問いかけると、見たい見たいとの声が上がる。
「――隠すつもりはないけど、君たちの参考なるか分からないぞ?」
「私なら再現できます。お願いします!」
今度は真面目な顔でお願いをしてくる。
身体の七割が機械といいながらもコロコロと表情が変わるな……
「じゃあ危ないからみんな少し離れてて」
左手の赤のサブリングを発動させて、光炎の火柱を出す。
キラキラと輝く炎に一年生は心を奪われていた。
セレーネ一人を除いては……
「なるほど……こうですか?」
セレーネの手から光炎が出てくる。
嘘だろ?
サブリングもないのにどうやって出したんだ?
「先輩は左手にある神具の力を使ってるようですけど、私も見た魔法を学習して瞬時に再現できるように改造されてるんですよ。まぁ光の魔力の持ってないとこんなことはできないですけどね!」
自分の力を誇示するかのように嬉しそうに説明をしてくる。
他の一年生は「セレーネちゃん凄い!」、「流石は学年トップ!」と盛り上がる。
「今は炎の魔法の演習ですから、他のものは見せてとは言いませんが模擬戦では楽しみしてますよ」
「わかってるよ。どうせ全力を出さないと君とは本音で話せないだろうしな……」
「――どうやら私の過去のことを聞いたみたいですけど、ティタン先輩の知ってる頃の私はもうどこにもいませんよ……カズヤ先輩から学んでもっと強くなるだけです」
この後は特にトラブルもなく一年生との合同演習は終わった。
そしてこの後は一年生とのペアチームでの模擬戦が始まる。
模擬戦と言いながらも、戦いは苛烈なものになるだろう。
互いの目的のために全てを出し切ることは避けられないのだから……




