五十 二学期開始
九月になったとはいえ、まだまだ真夏のような暑さが続いていた。ギラギラと輝く太陽を恨めしく思わない日はこの世界だといつ来るのだろうか……
そんなことを考えながら教室に入るとすでにスカーレットとケブがいた。
二人とも机に突っ伏しており、周りにはどんよりとした空気が漂っている。
いつもは何があろうと完璧に整えられているスカーレットの髪が僅かだが乱れており、グリットさんはどこまで厳しく鍛えたんだろうと怖くなってきた。
「――二人ともおはよう、大丈夫か?」
「ごきげんよう……カズヤ……レイ様は?」
「うぅ……」
話しかけても微妙な返事しか返ってこない……
「ええっとスカーレット、レイならフレイアさんに話があるから少し遅れるって。あとケブは挨拶すら返せてないけど医務室に行くか?」
そのとき教室の扉が勢いよく開いた。
「おはよう三人とも! 二学期も頑張ろうね!」
レイが艶つやとした顔で元気よく入ってきた。
「レイさまぁ! 私、とてもとても辛かったですわ……グリットさんは絶対に人間じゃないですわ……」
「本当ですよ! あれに比べたらレイ様との特訓なんて天国でした……」
二人ともいきなりレイに泣きついて、あやされていた。
スカーレットなんて鼻水まで出していつもの令嬢らしさが全く感じられない。
「二人ともとても辛そうだけど、何があったんだい?」
「何がって……八月は一日も休みもなく地獄のような日々でしたわ……『一ヶ月も休業するんだから絶対に強くなってもらうぞ』とグリットさんは鬼の形相で私達をしごきまくりましたの……」
「一ヶ月、家にも帰れず、グリットさんの事務所で寝泊まりをして常に化け物みたいな殺気に晒されてたんですよ……」
まぁ休業の補償はフレイアさんから出ているだろうが、一ヶ月も休業するとなるとグリットさんもそりゃあ気合が入るだろう。
しかし、二人の話を聞いているとグリットさんが張り切った理由はそれだけではなかった。
ケブが『グリットさんってあのアドルさんの相棒だったんですよね? 俺もカズヤの相棒になれるくらい強くなりたいんです!』と目を輝かせて訴えたところ……
『相棒? 生温いこと言ってんじゃねぇぞ! あいつを越えるくらいの気概を見せろ!』とグリットさんのスイッチが入ってしまったらしい。
七月末にクォーツ副会長が『アドルの相棒グリットねぇ……』と言っていたけれどその言葉の意味がようやくわかった。
ああいう血の気が多くてプライドが高い人に安易に相棒なんて言葉を使ってはいけなかったんだろう。
「それで、スカーレットとケブは得るものはあったのか?」
「もちろんですわ。今ならレイ様とだって戦える自信がありますわ」
泣き過ぎてパンパン腫れた目には揺るぎない自信が宿っている。
「そりゃ当然よ。これからはお前を守るだけではなく、お前に勝つことも目指すぞ!」
同じく泣きすぎて目を腫らしたケブが堂々と宣言をする。
確かに二人とも夏休み前よりも一回りも二回りもたくましくなっており頼もしく感じる。
特にケブは全身の筋肉の量がかなり増えており、ただでさえ大きな体がさらに大きくなり、机と椅子を変えた方がいいんじゃないかと思った。
「ところでレイ様とカズヤはマルス様との合宿はどうだったんですか? とても元気そうですけど……」
二人に比べたら楽だったのかもしれないが、こちらも地獄を超えた地獄だったんだけどな……
「そうだね。それなりに成果はあったよ」
合宿での出来事をレイがスカーレットとケブに説明してくれた。
レイが悪魔の魂を以前より安定してコントロールできるようになったこと。
俺が光の魔法を習得、さらに白創の剣の具現化と発動に成功し、「物質の創造」の力を使用したこと。
そして、俺たちが神樹の門を出したことと、それにまつわる伝説があること。
二人ともどの説明にも驚いてはいたが、特に神樹の門については本当にそんなものが存在するのかととても驚いていた。
「――そんなことがあったんですね。レイ様たちにはいつも驚かされます……」
「まぁカズヤは光の魔法を習得して、神具を発動できるようになったんだから目標を達成できてよかったな」
そういえば光の魔法といえば……
「実は夏休み中に一年生のセレーネ・ルーナという少女が俺たちに接触してきたんだ」
「セレーネ・ルーナってあの地の大国グランノセル出身で学年トップの子ですわよね? 確かあの子も光の魔法を使えるとかで話題になってましたわ」
やっぱり光の魔法を使えるのは特別だし話題になるんだな。
「そのセレーネが俺に光の魔法を教えてほしいと言ってきたんだよ」
「へぇ、学年トップの子に教えてほしいと言われるなんてカズヤはモテるようになったじゃないか」
「ケブ、彼女は愛国心が強すぎてちょっと危ういところがあるんだよ。それに選抜チームで同郷のティタンが活躍したことを良く思ってないんだ」
レイが少し不機嫌そうに話に割り込んでくる。
「そ、それでカズヤ、カズヤはその子に光の魔法について教えてあげるつもりなんですの?」
「その機会があれば教えるつもりだけど、教えるほど光の魔法について詳しくはないよ。でも彼女は戦ってでも俺から学びたいみたいだけど……」
「――その機会、もしかしたらすぐにくるかもしれませんわ……」
スカーレットが顎に手をやり考え込む。
ここでチャイムが鳴り、担任のフェイ先生が入ってくる。
「みんな、夏休みは有意義に過ごせたか? とりあえず出席をとるぞ」
出席をとり、諸々の連絡を伝え終えると、フェイ先生は来週月曜の放課後に一・二年生の合同魔法演習を行うことを発表した。
合同魔法演習は二年生が一年生に魔法指導をして、最後に二年生のトップニ名と一年生のトップ二名が模擬戦を行うものだ。
二年生は選抜された生徒が、一年生は任意の生徒が参加するらしい。
一年生にしてみたらトップクラスの二年生に指導してもらえるというのだから、とても貴重な機会だろう。
「うちのクラスから参加するのは、以前選抜メンバーに選ばれたスカーレットとカズヤ。そして学年トップで生徒会メンバーのレイだ。三人は放課後に二階の空き教室に集まってくれ」
ちょっと待て、模擬戦に二年生トップ二人が出るんだからそうなると、レイが出ることになるぞ。
「先生! 模擬戦にレイを出していいんですか?」
「安心しろカズヤ。レイは模擬戦には出さない。出るのはお前とスカーレットだ」
「模擬戦に出るのは二年生のトップ二人ですよね? 期末試験の成績でいうならトップのスカーレットと二位のアネモイじゃないかと……」
「魔法演習の成績が良かった二人を選んでいる。自信を持って頑張れ」
そういえば魔法演習の実技試験で満点を取っていたんだ。
それにしてもなんでレイが参加するんだ……
レイの方を見ると意味深な笑顔をこちらに向けた。
朝フレイアさんと話をしていたのはこのことだったのか……
こうして俺とレイとスカーレットは、一・二年生の合同魔法演習に参加することになった。




