五 もし持っていなかったら
拘束された男は俺とレイのやり取りに唖然としていたが、我に返って口を開いた。
「おい、早く俺を治安維持隊に突き出せ!」
放せではなく、自分を突き出せ?
何か事情がありそうだ。
しかし、まずはオークの少女に謝らせてからだ。
「事情次第ではお望み通りに突き出してやるけど、とりあえずこの少女に謝れ」
「罪が軽くなるから謝らねぇ……」
「じゃあ突き出さない。謝ったら突き出してやるよ」
「謝らなかったらどうするつもりだよ!」
「それは……」
自分でも意味が分からなくなってきたやり取りをしていると、オークの少女が恐る恐る話しかけてきた。
「あの……私のことは構わないので、とりあえずこの方の事情を聞きませんか?」
「君がそういうなら……おい、なぜこんなことをした?」
男は暫く沈黙する。
睨みつける俺、無表情のレイ、オロオロしているオークの少女を見て、観念したのか、ため息をついてこう言った、
「もうこの島が嫌になったから治安維持隊に捕まえてもらって牢屋に入れてもらいたかったんだよ」
「なぜ、島が嫌なんだよ?」
「そこにいる魔法学園の超エリート様と違って俺は魔法を使えないから普通の学校しか出てない。それに両親もいないし、仕事もクビになったし、この島で生きるのが嫌になったんだよ!」
男はレイを睨みつける。
「逆恨みはよしてくれよ。魔法を使えなくて普通の学校を出ても立派に働いている奴らはたくさんいる。それにこの島で親がいない子どもたちは簡単に犯罪に手を染めない。君は現実から逃げてるだけだろ」
レイは冷たく言い返す。
レイの言ってることは正論だ。
でも俺はこの男を憎めない。
自分には最低限の生活補償はされるべきかもしれないけれど、今の実力に対してあまりにも恵まれ過ぎていてどこか居場所がなく感じてしまう。
とはいえ、もし何の生活補償もない状態では孤独に絶望して、この男のように居場所がなくなっていたかもしれない……
とても贅沢な悩みかもしれないが、今はこの男を放ってはおけない。
「居場所がないんだな……」
「お前に同情される筋合いなんてねぇよ……」
男は顔をそむける。
本来ならばこの男を治安維持隊とやらに突き出すべきだろう。
でも、それでこいつは本当に孤独から解放されるのか?
「オークのお嬢ちゃんとレイには申し訳ないけど、俺はこいつを治安維持隊に突き出せない。こいつを独りにしたらあとで後悔してしまう……」
レイとオークの少女を見る、
「私は紙袋が無事に戻ってきましたし、この方の事情もよくわかりましたのでこれ以上罰したいとは思いません。あとはレイ様たちにお任せします」
「被害者の彼女がこう言ってるんだ。僕もこれ以上罰する気はないね。で、君はこいつをどうしたいんだい?」
「俺は一緒に新しい仕事を探してやりたい。こいつを独りにしてはだめだ」
レイはやっぱりなという表情をする。
「真面目で優しい君だ。そういうと思ってたよ……でもこいつの仕事探しに時間を奪われるのは馬鹿げてるし許せない。だからこいつを母さんに雇ってもらうことにする」
「でも居候のワガママで理事長が犯罪者を雇うのは……」
「被害者であるオークの子が許したんだ彼の罪はここまでだ。まぁ決めるのは母さんだから約束はできないけど……」
「ありがとうレイ……おい! よかったな!」
男に語りかける。
「よかったなじゃねぇよ! 何勝手に人の再就職先を決めてるんだ!」
「でも行く当てはないんだろ? 今捕まって牢屋に入れられてもおそらくそんな長くはいられないぞ?」
「そうですよ! フレイア様やレイ様のお側で働けるなんて私も羨ましいです!」
オークの少女もなぜか味方をしてくれている……
「僕は確かに君のいうエリート様かもしれない。でも孤独から抜け出そうと、もがく奴を見捨てるほど冷酷ではないよ」
男はレイの真剣な顔を見て苦虫を噛み潰したような顔をしながらこう言った。
「クソ! どいつもこいつも『持ってる奴ら』は見下しやがって……」
持ってる奴らか……
確かに俺もそちら側なんだうな。
「俺はお前と一緒なら友達になれて強くなれるメリットがあると勝手に考えている。でも最後に選ぶのはお前だ」
そう言って、男に手を差し伸べる。
すると男は少し涙を目に浮かべて答える。
「駄目だ! まだ筋が通ってねぇ!」
男はオークの少女の方を向き、地面に膝と手を付き頭を下げた。
「迷惑をかけて本当に悪かった! もう二度とこんなことはしない」
「実は私の兄は英雄を目指しているんです。英雄の妹ならばそれに相応しい立ち振る舞いをしなければいけません。だから、孤独に立ち向かう勇敢なあなたを応援したいです」
オークの少女はニッコリと微笑んで男に語りかける。
「決まりだね」
「レイ様! この度はご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした! そしてえっと……」
「カズヤ・ヴァンだ」
「カズヤ。この恩は一生忘れねぇ……これからは真面目に働いてみんなの役に立てる男になる」
男は涙で腫らした目でこちらをじっと見つめる。
「お前の覚悟はわかった。でも俺たちは友達だ。一緒に頑張ろう。ところで、名前は?」
「アイビー・メランポスだ」
「アイビー、よろしくな」
今回はたまたま「もし持っていなかったら」という立場ではあるが、これからは「もし持っていたら」と思う立場になることもあるだろう。
そのような時に感じる劣等感という孤独に自分はどこまで立ち向かえるのだろうか。
そしてどこまでオークの少女のように孤独を持つ者に寄り添うことができるのか。
強くなりたいのならば、これらの疑問について自分の答えをだせるようにならなければいけないと思った。