四十九 パートナーリング
八月の最終日、俺とレイは理事長に呼ばれた。
ノックをすると理事長のフレイアさんが出迎えてくれ、中に入るとレイ以外の三人の生徒会メンバーがソファーに座って待っている。
会長と副会長は一人掛けのソファーに座っており、俺とレイはテーブルを挟んだ向い側にあるセイレーン先輩が座っているソファーに案内された。
フレイアさんは俺達を案内し終えると空いていた一人掛けのソファーに腰を掛けた。
テーブルの上には小箱が置かれている。
おそらく今回呼び出されたのは、先月に会長たちと話をしていたレイに俺の光の魔力を供給する装置が届いたからだろう。
「さてカズヤさん、合宿後に疲れているときに急に呼び出してしまって申し訳ありません。レイもごめんなさいね」
「とんでもないです。フレイアさんや生徒会の方々に比べたら大したことないですよ」
理事長兼学園長のフレイアさんはともかく、生徒会のメンバーは夏休みなのに何でそんなに忙しいのかとは思うが、島の権力者とも繋がりのある「永遠の生徒会」は普通の生徒会と同じように考えてはいけないのだろう。
「マルスからの報告によると、カズヤくんは白創の剣を発動させたようだな。あとレイも今回は暴走せずに力をコントロールできた聞いている」
ヴェヌス会長がいつもと変わらぬ美しい顔で話を始める。
「ところで会長は神樹の門については何かご存知ではありませんか? それについてもお聞きになっているとは思うんですけど……」
「あれについてはレイからも聞いているとは思うがアドルが一番詳しいと思うので彼に相談しよう」
まぁ会長が知ってるものならとっくの昔にレイが聞いているよな……
「あの門についてアドルがどこまで知っているかは知らねぇけど、あれが本当に神樹の門なら、二人の魂が完全覚醒するまでは中にはいるのは止めた方がいいと思うぜ」
クォーツ副会長の言うことに俺も賛成だ。
もしマルスさんの言ってた伝説が本当なら「選ばれし戦士」でないと門をくぐれないし、迂闊に近づくのは危険だろう。
「僕も副会長の言うとおりだと思うね。なんにせよ父さんに相談してからだ。ところで僕らを呼んだのは例の装置についてでしょ?」
「あぁ……そうだな。クレセントのアスに頼んでいた装置が昨日ようやく届いた。これが新しい魔力の供給装置だ」
ヴェヌス会長が小箱を開けると中には銀色のリングが二つあった。
一見、ペアリングと見た目は同じように見えるが、古代言語のようなものが小さく掘ってある。
「これは『パートナーリング』。契約者同士が常に一定量の魔力を互いに供給し続けることができる装置だ」
今はめているペアリングに比べると随分シンプルな機能だ。
ペアリングは魔法を借りるための装置で代償は二つある。
一つ目は相手から魔法を借りたときにその分の魔力を供給すること。
二つ目は術者として格上の相手にはその差に応じた魔力を常時供給することだ。
レイに俺の特別な光の魔力を供給する装置として考えると二つ目の代償が重要となってくる。
魔力を常時供給することでレイの悪魔の魂の覚醒を抑えること、いや遅らせることができる。
だけど、このペアリングの欠点は術者との差がなくなれば魔力の常時供給が行われなくなることだ。
「この装置はだめだ……互いに一定の魔力を常に供給し続けるだって? そんなのカズヤは僕に薬を渡しながら毒を飲み続けるようなもんじゃないか!」
レイは立ち上がってヴェヌス会長に抗議をする。
確かにレイにしてみたら俺にメリットはないかもしれない。
「レイ、君が言うこともわからなくはない。しかし、どんな装置を使うにせよ契約上は等価交換になるようにしなければいけない。その条件を複雑にすればするほど想定外のことが起きて備えができなくなる」
魔力を定量で交換するシンプルな条件なら現状を把握するのも楽になる。
しかし、俺が魔力を供給して、レイが代わりの何かを供給するとなると管理が難しくなるのは会長の言う通りだよな……
「それに闇の魔力をカズヤに供給することはデメリットだけじゃないだろ。闇の魔力は確かに毒かもしれねぇけど魔力として使用はできる。そして毒であっても耐性がつけばいいだけだ」
闇の魔力であっても変換すれば使えないこともない。
まぁ耐性に関して言うなら、レイもいつかは俺の光の魔力に耐性がついて、悪魔の魂の覚醒を抑えられなくなるわけか……
「うぅ……会長と副会長の言うことも分かるけど、それだとあまりにもカズヤにとって……」
これが俺にとって理不尽な契約かもしれない。
だけど……
「レイ! お前は俺が闇の魔力に屈すると思ってるのか? 俺を信じられるように、お前は合宿で自分をコントロールできるようにしたんだろ」
「カズヤ……」
「それにお前は俺と出会ったときに『僕と君が楽しい時間を過ごす』と言ったよな? 俺もお前とはもっと楽しい時間を過ごしたい。そのためならこの程度のリスクなんて喜んで受け入れるさ」
せっかく本気で向き合いたいと思える人と一緒にいられるチャンスをもらったんだ。
ここで覚悟を決められないほど簡単な気持ちでこの世界に来たわけではない。
「ごめん……また君を信じきれてなかった」
「レイさん、あなたは信じる人のためにやれることをやりましょう。真面目なカズヤさんが覚悟を決めたらあなたが何を言っても無駄でしょうし」
セイレーン先輩がレイをフォローしながら、優しく俺に微笑みかける。
レイは大きく息を吐き、ソファーに座った。
でもセイレーン先輩、俺が融通が利きないクソ真面目な奴みたいな言い方は……
いや、間違いではないしそれを卑下するのはもう止めたんだからプラスに考えよう。
「カズヤくんとレイが納得できたようだから互いにリングをはめてもらう。契約方法はわかるね?」
俺とレイは魔法陣の上でパートナーリングをはめた。
俺は左手の薬指、レイは右手の薬指だ。
そして、互いのリングに血を垂らし契約を結ぶ。
すると闇の魔力がこちらに流れてきて急に寒気がしてきた。
「カズヤ!」
レイが心配そうに俺を支える。
「――大丈夫だってこの程度」
深くして呼吸を息を整える。
レイへの想いを練り、丹田あたりに手を当てる。
闇の魔力よ、俺を舐めるな!
すると闇の魔力は浄化され楽になった。
「な? 大丈夫だったろ?」
レイに向かって余裕の笑みを向ける。
「カズヤ……お前のことは気に入ったぜ。早く強くなってこい」
「もちろん強くなりますよ。クォーツ副会長」
副会長が戦いたくてウズウズしてるような顔をしている。
俺もこの人と早く戦えるようになりたい。
「ところで話が変わるんですが、先日、一年生のセレーネ・ルーナという少女が光の魔法について教えてほしいと接触してきました。彼女は祖国である地の大国グランノセルに対する愛国心が強くて少し危うい気がしたのですが……」
「もちろん、セレーネのことは私が把握してます。彼女のことを知ってて入学させました」
これまで黙っていたフレイアさんが口ひらく。
「知ってて入学って地の大国に光の魔法の情報を流していいんですか? それに神具のことだって……」
「カズヤさん、この学園では島で魔法のノウハウを独占するためにあるのではないんですよ。それは光の魔法も同じことです」
「魔法学園メーティスは世界の夢でもある。だからこそ他国の者であって政治的理由があろうと簡単に拒めない。実力があって学びたいものは可能な限り受け入れる」
「何かあったら、理事長と俺達生徒会メンバーが責任を取る。それに光の魔法はともかく神具の情報が漏れたところで奴らにどうこうできる代物じゃねぇよ」
フレイアさんと会長と副会長にここまで言うなら、俺が余計な心配をしても無駄だろう。
しかし一応確認はしなければいけない。
「もし彼女と戦うことになったときには神具を発動させてもいいんですよね?」
「構いません。あなたなら彼女を導くことができると信じていますし」
「カズヤ。もう一度言っておくけどよ。神具は原理が分かっても完全に再現できるもんじゃない。本物はこの世の理を超えてるんだからな。それに安易に神の領域に踏み込めば相応のリスクはある」
「わかりました。やるだけやってみます」
フレイアさんが信じてくれて、クォーツ副会長がここまで言うのなら遠慮はいらないだろう。
「さて、他に質問がないならこれで終わりにする。カズヤくんとレイは夏休みの最終日を有意義に過ごしてくれ」
「おい、ヴェヌス。レイはここに置いていけよ。もう合宿は終わっただろう」
「クォーツ……君はセイレーンに面倒な仕事を投げて自分は楽な仕事ばかりしていたのにそんなことが言えるのか?」
「うっ……俺だって忙しいし……」
クォーツ副会長がヴェヌス会長の容赦のない言葉にたじろぐ。
「会長、私は事務仕事は得意なので大丈夫ですよ! それに副会長には副会長の仕事もありますし……」
この生徒会にセイレーン先輩がいて本当によかったな。
さすがは次期学園長候補だ。
「とりあえず、カズヤさんとレイは今日はもう帰っていいですよ。しっかりと休んで明日からまた元気に学園に来てくださいね」
俺とレイはフレイアさん達に礼をいって、理事長室を後にした。
「――カズヤ……今日はありがとう」
「この世界にきてお前にたくさん助けられたんだ気にすんな。それに俺達はパートナーだろ?」
「そうだね!」
レイが右手のリングを嬉しそうに眺める。
これからは踏み込んでいくのは神の領域。
これまで以上の試練があるだろう。
そしてその先にはこのパートナーと共に生きるための極限の殺し合いが待っている。
共に生きたいのに殺し合う。
この矛盾の中から希望ある未来をつかむために、これからもっと強くならないといけない。
八月は今日で終わる。
明日から九月に入り学園生活が再開すれば、成長した仲間達の姿も見られるだろう。




