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英雄の箱庭〜君と共に生きるための物語〜  作者: 松野ユキ
第五章 八月 ここにあることの喜び
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四十八 機械仕掛けの後輩

 夏合宿の翌日、夏休みも残りわずかなのでベッドの上でゴロゴロとしているのは勿体ないと思い、レイを誘って以前から行きたいと思っていたお店に行くことにした。


「レイ、今大丈夫か?」


 返事がない。

 まだ寝ているのだろうか。


「寝ているのなら一人で出掛けてくるぞ?」


 夏合宿の翌日だ。

 レイは疲れているだろうし休ませてあげよう。


「――お腹痛い……」


「ん?」


 予想外の言葉がレイから返ってきて驚く。


 あの底知れぬ胃袋を持つレイが腹痛とか何か大きな病気ではないだろうか。


「おいおい、大丈夫か? 病院に連れていくぞ?」


「薬を飲んだから少し寝てれば大丈夫……昨日は少し食べすぎた……」


 まぁ昨日は兄のマルスさんの奢りということもあってレイは遠慮なく色んなお店を回って食べまくった。


 というか合宿で飢餓状態になっているときにいきなりあんなに食べるのがおかしい。


「これに()りたら腹八分目という言葉を胸に刻み込むんだな。お前を置いて出かけるのも心配だから今日は自室にいるよ」


「お昼までには必ず治す……僕の胃腸を舐めないでほしい」


 ――こいつ全く反省してないな……


「あんまり無茶するなよ。出かけたくなったら呼びにこい」


「わかった……」


 

 自室に戻りベッドの上に座る。


 神の魔法と神樹の門については気になるけれど、レイがアドルさんに相談しなければ話は進まない。


 とりあえずはクォーツ副会長を十一月までには倒せるまでには強くならないといけない。


 そのためには英雄の魂の第二階層にある力と記憶を開放しなければいけないわけだが、サブリングのときと同様に試練を乗り越えなければいけないのだろうか。


 まぁ今は自分ではどうにもならないことよりも、新しく得た力をどう使いこなすことと心身の強化を地道にやるしかない。


 俺も少し休むか……



 ドンドンドン!


「カズヤ、治ったよ。早く出掛けよう!」


 目をこすり部屋の時計を見るとまだ一時間しか経っていなかった。

 

 ドアを開けると、出かける準備万端のレイが立っていた。


「本当に大丈夫なんだろうな?」


「大丈夫だから呼びにきたんだろ? 早く準備しなよ」 

 

「すぐに準備をするから玄関で待ってろ」


 玄関に行くとレイが待っていた。


「それでどこに行くのかい?」


「この前から気になっていたハーブティーのお店だ」


 実は今ハーブティーにはまっている。


 というのも、精神的に色々と追い詰められることがあったとき、使用人のアイビーがメイドにハーブティーの淹れ方を習ったらしく、俺に淹れてくれたのだ。


 小学生の頃にも母が淹れてくれたことがあったけれどその時は美味しさがわからなかった。


 でも今はその美味しさがわかるようになった。

 人間は成長すると味覚が変わるもんだ。


 それでこの島にハーブティーを出してる良さそうな喫茶店を探していたのだが、メイド長が山の中に有名なお店があると教えてくれたので是非行きたいと思っていた。


「ハーブティーのお店か……色々あるけど喫茶アウルだろ? あそこは山の中にあって結構有名だからね」


「なんだ知ってたのか」


「そりゃあ、この島の飲食店については何でも知っているさ。でも胃腸が弱ってるときにハーブティーのお店を選ぶ気が利いてるじゃないか」


「たまたま俺が行きたかっただけだけどな」


 こういうときに「そうだ」言えば格好もつくかもしれないがレイに見透かされるだろうし正直に言っておこう。


「馬鹿正直なところが君らしいね」


「馬鹿は余計だ」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 クレスター低を出て二十分ほど山の中を歩くと喫茶アウルに着いた。


 山の中にある喫茶店の建物は手作りのロッジで窓や扉は開けられておりとても開放感があった。


 またロッジは植物に覆われており、近くにはハーブの庭園もありとても幻想的な空間だった。


 人気店ということもあり、そこそこの客が来ており、とりあえずテラス席に座ることにした。


「さてレイ、お前は何を頼む? 俺はオススメのハーブティーにするけど」


「僕は店員に聞いてからにするよ」


 店員を呼ぶと女性の店員が駆けつけてきた。


「ご注文はいかがいたしますか?」


「俺はオススメのハーブティーで」


「僕は胃腸の調子が良くないんで適当にブレンドしてくれるかい?」


 そういやオリジナルブレンドティーというのもあるのか。


「かしこまりました。オリジナルブレンドのハーブティーを淹れますね。あと当店ではハーブティーをご注文された方にはクッキーをお付けているのですが、胃腸がよろしくないということでいかがなさいますか?」


「食べられるのでおかまいなく」


 店員に注文を告げ、待っているとレイがお手洗いに行きたいと席を外した。


 それにしても客はたくさんいるけど自然の中にある喫茶店はのどかでいいなぁ。


 つい先日まで戦いばかりしていたこの一ヶ月が遠い過去のように感じる。


「あの……カズヤ・ヴァンさんですよね?」


 セミロングの銀髪の少女が話しかけてくる。

 白色のロングワンピースにロンググローブを付けており、どこか儚げな雰囲気を感じる。


「ええっと……どちらさまですか?」


「私はセレーネ・ルーナ、魔法学生の一年生です。少しお時間よろしいですか?」


 魔法学園の生徒だったのか。

 後輩と話をする機会ってあんまりなかったしレイが来るまではいいか。


「いいけど用件は何?」


「実は以前行われた三年生と二年生の選抜チームの試合の映像を見て、一度カズヤ先輩にお話をしてみたいなと思ってたんです」


 あの試合は映像として残されていたのか。

 別にやましいことはないからいいけれど……


「あの試合はクラウン先輩が本気を出してこなかったからたまたま勝てただけだよ。特に誇れるような内容ではないし……」


「光炎に、ダイヤモンド、光の風翼。光の魔法をあんな風に使われるのはとても驚きました。同じ光魔法の使い手(・・・・・・・・・)としては大変勉強になる内容でしたよ」


 同じ光魔法の使い手?


 光魔法の使い手は別に俺とアドルさんとマルスさんの専売特許ではないとはいえ一年生にもいたのか。


「ガッカリさせるかもしれないけれど、あの試合は意識をして光魔法なんて使ってないんだ)


「まぁ神具(しんぐ)のおかげですよね?」


 光魔法の使い手が過去の歴史を調べれば神具(しんぐ)にたどり着く可能性はなくはないが、この子は何だか嫌な予感がしてきた。


「そういうものもあるんだね。とても勉強してて凄いな」


「とぼけなくていいですよ先輩。私の祖国である地の大国グランノセルは、あなたが第三の光の神具(しんぐ)の使い手であることは把握してるんですよ」


 地の大国の光魔法の使い手が何の用だ?

 あまり余計なことは話さない方がいいな。


「とりあえず俺からは君に話すことはない。連れがそろそろ戻ってくるしもういいかな?」


「駄目です。先輩にどうしても光の魔法について教えてもらわないといけなんです」


 セレーネが両腕のロンググローブを外すと鋼の義手が露わになった。


「その腕は……」


「私の身体は祖国守るために改造してもらいました。今は七割以上が機械に置き換わっています」


 祖国を守るために自分を改造……

 しかも改造してもらいましたって自分の意思なのか?


 祖国愛でそこまでできるというのか。


「君が祖国を思う気持ちはよくわかった……でも俺は人に光魔法を教えるほど知ってはいない」


「手とり足取り教えてくれとはいいません。戦ってくれればいいんですよ?」


 なるほどデータを取るのが目的か。

 それにしてもこんなにも堂々と挑んでくるとはな。


「申し訳ないけど今は無意味な戦いをしてるほどの余裕はないんだ。俺にはやらなければいけないことがある」


「そうですか……まぁ先輩がどう思っても必ず戦ってもらいますよ。あっ、それと私はあのティタン先輩と違って出来損ないではないから舐めないでくださいね?」


 ティタンが出来損ない?

 というかなんでティタンの名前が出てくるんだよ。


「別に舐めてるつもりはないよ。それにティタンは関係ないだろ」


「そうでもないんですよ。ティタン先輩はグランノセルを裏切ってこちらに移住してきました。光の魔法も使えない土人形がカズヤ先輩達のおかげで学園内で名を上げてるのがムカつくんです!」


 セレーネの語気がどんどん荒くなる。

 そろそろ止めないと面倒なことになるな……


「――僕が席を外している間に可愛い後輩とイチャイチャしているってどういうことだい」


 戻ってきたレイは笑顔ではあるが表情が堅い。

 

 どう見てもイチャイチャなんてしてないだろ……

 頼むから話をややこしくするな。


「これはこれは生徒会書紀で二年生トップのレイ様。今日はカズヤ先輩とデートですか?」


「まぁそんなところだね。で、一年生トップのセレーネちゃんはカズヤに何の用かな?」


「光魔法の使い手として、カズヤ先輩に光の魔法について教えてもらいたかっただけですよ? 別にレイ様のお邪魔をするつもりはありません」


 飄々(ひょうひょう)とした表情で答える。


「そう思うなら、さっさと引き下がってくれないかな? 店員も困ってるだろ?」


 レイが後ろを指差すと、ハーブティーを持ってきた店員が困惑した表情で俺たちを見ている。


「これは失礼しました。今日のところはこれで帰ります。でも私は諦めませんからね。カズヤ先輩」


 セレーネはペコリと一礼をして帰っていった。


「まったく、せっかくの休日に失礼な後輩だよ」


「とりあえずハーブティーを飲んで落ち着こうか? すみませんお待たせしてしまって……」


 店員からハーブティーのボットやカップを受け取り、レイの分を注ぐ。


「一応言っておくけど僕は冷静だからね。カズヤは安い挑発に乗ったら駄目だよ」


 お前本当に冷静だったか?


 もうこのことに考えても無駄だし、ハーブティーを楽しもう。


「わかったよ。お前が介入してこなかったらせっかくのハーブティーも冷めてしまってたしな」


 実際セレーネはレイが間に入ってこなかったらずっと粘っていただろう。


「それにしてもこのハーブティーは絶妙なブレンドがしてあるね。人気になるわけだ。クッキーも美味しい」


 レイの機嫌が良くなってよかった。


 その後、色んな店を巡ったがレイの食欲はいつも通りに戻っていた。


 クレスター邸に帰ると、着替えてベッドに寝転がる。


 祖国のために身を捧げられる光の少女。

 彼女の心の奥には何があるのだろうか。


 色々と考えているうちに眠ってしまっていた。


 そして、夏休みの最終日、俺とレイは理事長室に呼び出された。

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