四十六 最果てへの一歩
カロカイ島北西部の野営地から森に入って北東方向にしばらく歩くと、海岸沿いの平野に着いた。
「学園の屋外訓練場くらいの広さはあるし戦うには十分な広さだね。あとは防壁を構築して……」
マルスさんが魔法で平野にドーム状の防壁を展開する。
「さて、準備はできたけど、戦う前に二人とも何か質問はないかい?」
レイが手を挙げる。
「兄さん、確認しておくけど、黒壊の剣の力を発動してもいいんだね?」
「お前に任せる。でもまた悪魔の魂が暴走するようならわかってるよな?」
マルスさんから笑顔が消え厳しい顔つきになる。
一瞬で場の空気が張り詰め、殺気で頬がピリピリとする。
もしまた暴走したら本気でレイを殺すつもりだ……
「わかってるさ。そうならないためにこの合宿で一人になって精神面を徹底的に鍛えてきた。必ずカズヤと戦い抜いてみせる」
「覚悟が決まってるならいい。他に質問がないなら始めるぞ。二人の好きなタイミングでかかってきなよ」
「じゃあ、まず僕が力を解放させるね」
レイが右手を胸に当てると黒のリングが紫色に光り、髪と瞳が赤く染まる。
そのまま胸の中から黒壊の剣を取り出す。
そして、地面に突き刺し柄頭に両手を重ねると、紫の光が全身を包み込み、漆黒の二本の角と羽が生える。
包み込む光は以前に感じた禍々しさはなく、とても落ち着いている。
「どうやら前よりコントロールできているようだな。まぁ実際戦ってみないとわからないけどね」
それはマルスさんの言うとおりではあるけれど、今回は暴走しないと思う。
以前と異なりペアリングから俺の光の魔力を供給していることもあるが、レイはこれまで見たこともない穏やかな表情をしているからだ。
「――カズヤ、君も力を発動しなよ」
俺を見つめるレイの赤い瞳はとても優しくて美しい。
こいつの期待に応えてやりたい。
俺の心に火がついた。
「今のお前となら何でもできそうだ」
左手を胸に当てて、白創の剣を取り出す。
そして、剣を想いを込めると白い光が剣身を包み込む。
「レイ、まずはマルスさんの足を止めてくれ!」
「わかった。『万障の狂嵐』!」
マルスさんの目の前に雷、岩、氷などあらゆる障害物を含んだ巨大な竜巻が現れる。
「俺が先陣を切る。そして二人のコンビネーションで追い詰める。作戦はこれだけだ。いけるか?」
「まかせて!」
緑光の風翼を発動させると、以前より翼が大きくなっている。
白創の剣を発動させたことによりサブリングの効果も増しているのだろう。
今から通る道にあるのは以前は逃げていた死の竜巻だ。
しかし、これからはこの竜巻を突破してレイを先導する。
「行くぞ!」
翼をブレード状に変化させ、身体全体を四角錐状のバリアで包む。
姿勢を低くして地面を強く蹴ると、翼から竜巻が噴射されてどんどん加速する。
加速スピードがこれまでの限界を超えると、あらゆるものを阻むはずの死の竜巻に大きな穴が空いていた。
そして、そのままマルスさんに突撃をする。
「なるほど、まずは僕とレイに成長した姿を見せることを優先したか。でもこれは始まりに過ぎないんだろ?」
目の前に光の壁を作り、初撃は受け止められる。
だがこれは想定通り。
「カズヤ、前より大きいやついくよ! 『離別の星石』!」
レイが俺の後ろからやってきて黒壊の剣を天にかざす。
上空に巨大な魔法陣が浮かび上がり、炎を纒った巨石が落ちてくる。
以前にレイと戦ったときのものよりも大きい。
これが地面に直撃したらこの無人島ごと消し飛ぶだろう。
でも……
「こんなものを躊躇なく落とせるとは……以前のレイならカズヤくんが心配でできなかっただろうな……まぁ、僕が落とさせないのも計算してるだろうけど」
両手を上げると巨石と同じくらいの魔法陣が広がる。
そして極太の光の柱が出てきて、巨石は消し去られてしまうが……
巨石から身を守るために両手を上げるこのときを待っていた!
瞬時に剣に光炎を纏わせ、横から斬りかかる。
レイも反対側から剣に黒炎を纏わせ同時に斬りかかる。
情熱の光炎と冷厳の黒炎で挟み撃ちだ。
「――危ない、危ない。普通ならこれで勝負は決まってるね」
ドーム状の光壁が二人を阻む。
わずかではあるが隙を作って二人がかりで瞬時に斬りかかったはずだ。
しかも防御されることも想定して、強化した光炎で斬りかかったのに防がれるのか。
「どうやらこれで終わりのようだね、一度出直しておいで」
防壁から光が二本伸びて、二人を軽々と遠く投げる。
「剣くらいは抜いてくれると思ったけど、流石に今回はサービスなしか」
「でもカズヤ、なんだか楽しそうだね?」
確かに目の前の敵は絶望的に強い。
放たれる殺気も段違いで怖さもある。
ただ、今はそれ以上にレイと息を合わせて戦えることがとても楽しい。
「そうだな……それより生半可な攻撃ではあの光の壁は突破できないぞ? お前の破壊の力でなんとかならないか?」
「兄さんはその気になれば僕くらいすぐに殺せるんだよ? あの程度では突破できないさ」
魔王から島を守った守護神だもんな。
悪魔の破壊の力くらい防いでもおかしくはない。
あの人は普通ではないんだ。
ならばこちらも普通ではない一撃を放つ必要がある。
「レイ、たしか英雄の魂と悪魔の魂がぶつかって拮抗したらとんでもないエネルギーを生み出すんだよな?」
「まぁ最終的には転生システムを破壊するくらいのエネルギーを生み出したいんだけど……」
俺たちの魂に仕組まれている転生システムという神の領域に踏み込むものを破壊するほどの膨大なエネルギーだ。
もし、そんなものを人間に直撃させたらどうなるのか。
「まぁ、今はそこまでできないけど、俺の『物質の創造』の力とお前の『物質の破壊』の力を拮抗させてマルスさんにぶつけてみないか?」
「物質の創造」は英雄の魂の力、「物質の破壊」は悪魔の魂の力。
これらの相反する力を拮抗させれば、マルスさんに銀守の剣の力を使わせるくらいはできるかもしれない。
「兄さんに神具の力を使わせるにはこちらも神具の力を使うか……やる価値はあるね」
「まずは俺が出せるだけの『物質の創造』の力を出力する。そうしたらお前は拮抗するだけの『物質の破壊』の力を合わせて出力してくれ。あとはこちらでコントロールする」
「わかった」
目を瞑り、白創の剣を強く握る。
剣身にを包む白い光がどんどん強くなっていく。
限界まで物質の創造の力を高め、剣先に集中させ球状にする。
「カズヤ、いくよ!」
レイも黒壊の剣の剣先に物質の破壊の力を集中させ、こちらの力に合わせていく。
二つの力が拮抗したとき、俺の脳裏に謎の巨大な門の姿が浮かぶ。
英雄の魂はこれを創れというのか?
やってみるか。
すると白と紫の光が混ざりあい、巨大な門が現れる。
門の柱や鋳物門扉はまるで木のようなデザインをしている。
また上部に付いているレリーフは、大きな鷲の頭の上に小さな鷹が留まっているようなデザインが目を引いた。
「――カズヤ、これどうするの?」
どうすると言われても……
マルスさんの方を見ると、なんと銀守の剣を抜いて、両手で握り構えている。
「レイあれを見ろよ。マルスさんが剣を抜いた。これは相当やばいものということだ」
そのとき、白創の剣と黒壊の剣が門と共鳴するように光だす。
「どうやら、俺たちの神具で何かをだせるようだな。もう一度力を合わせてみるぞ」
「そうするしかないよね」
二人で門に向かって物質の創造の力と物質の破壊の力を放出してみる。
すると門扉が開き、中から灰色の巨大な柱が出てきた。
柱には木目模様がついており巨木のようにも見える。
「レイ、最大限の力を出すからまた合わせろよ?」
「わかってる」
力を放出すると、柱はマルスさん目がけてドンドン門から伸びていった。
柱は何重にも作られた光の壁をどんどん貫通していく。
「これならいける!」
「さぁ兄さん、どうする!」
そのとき銀守の剣がついに光を放ち、発動を始める。
「『安寧の神盾』!」
マルスさんの目の前に巨大な銀の盾が現れ柱を受け止めた。
「まだだ! もうひと踏ん張りするぞ!」
「うん!」
右足を踏み出し、もう一度門に力を放出する。
柱は勢いを取り戻し、マルスさんを盾ごと後退させる。
俺たちがついに優位に立ったんだ!
「まだだよ……神の盾を舐めるな!」
銀守の剣がさらに強く光りだす。
すると柱にヒビが入りドンドン砕け散っていく。
柱が全て砕け散ると門は消失していった。
「はぁはぁ……久しぶりに力を使うと疲れるね……カズヤくん、レイ、合格だ!」
俺とレイは互いの顔を見合わせる。
「レイ!」
「カズヤ! 僕、悪魔の力を暴走させずに兄さんの力を発動させたよ!」
「あぁ……コントロールできたてたな。よく頑張った」
「カズヤが僕を導いてくれたから……さぁ、兄さんのところへ行こう!」
レイは照れくさそうな顔をして、俺の手を引きマルスさんのところへ連れていく。
二人の力でなんとかマルスさんに銀守の剣の力を発動させた。
しかし、あの謎の巨大な門とそこから出てきた巨大な柱はなんだったのか。
「創造の力」と「破壊の力」、この二つについて俺の知らないことがまだまだあるのだろう。




