四十五 喜悦の創物
八月も下旬に差し掛かり、地獄を超えるようなこの夏合宿も終わりを迎えようとしていた。
この合宿がどれだけ辛かったかというと、例えば以下のような特訓があった。
朝は基礎体力の向上と実践訓練。
一つ十キログラムくらいの重りを両手両足に着け、さらに腰に剣を下げてる状態で、無人島の周りを延々と走らされる。
ただ走るだけならまだいい。
マルスさんが近くに隠れていて、殺気の種類を変えながら木剣で襲ってくるという実践訓練も兼ねているのだ。
全く殺気がないときもあれば、殺気を全開にしてくるときもあるので、その対応で体力だけでなく精神も大きくすり減った。
昼は光魔法の扱い方。
ドーム状の防壁の中で、攻撃、防御、回復、身体能力の向上、これら四種の光魔法の扱いを学ぶ。
理屈を教えてくれるだけではなく、マルスさんがこれらの魔法を使って襲ってくる。
もちろん両手両足に重りは着けたままだ。
おかげで頭と身体で光の魔力の扱い方を身に付けられた。
夜は勉学。
夏休みの課題はもちろんのこと、島の歴史についても叩き込まれた。
眠ろうとすれば木剣で容赦なく叩かれる。
これらは基本的なメニューではあり、他にも色々あったが、どれだけ辛い表情をしてもマルスさんは常に笑顔でしごいてくる。
やっぱりこの人の笑顔は怖いと改めて思った。
そして、夏合宿最終日、朝食を終えると俺とレイはマルスさんに呼びされた。
「カズヤくん。よくここまで耐えたね。これで君は実践で光の魔法を扱えるはずだ」
「ありがとうございます」
「そしてレイ、お前も一人でサバイバル生活をしながら相当鍛えていたようだけどその成果を見せてもらうよ」
「望むところだ」
レイが自信満々に答える。
「最終試験の前にカズヤくんに白創の剣を具現化してもらう。今の君ならできるよね?」
「はい、やれます」
白創の剣は英雄の魂の第二階層にあり、そこにアクセスキーとなるのが『創造の光』だ。
その『創造の光』の発動をされるためにどうすればいいか合宿中に色々と考えた。
まず、光の魔力の高め方については、全てのサブリングの魔力を白のリングに集めることが、現段階で最も効率がいいという結論に至った。
そして、「創造」の本質を理解し想いを高めるという点についてだが……
「マルスさん、まず俺には少しでも多くの人と魔族を助けたいという想いがあります。それはどんな感情からくるものか。今のところは『喜び』であると考えました」
「『喜び』か……一応、聞いておくけど人を助けるということは喜ばしいことばかりではないよ? 辛い選択も迫られるときもあるし、助けることが相手を苦しめることもある」
「そうですね……だから悩みました。それでも誰かを助けたいという想いは喜びたいからという答えになりました。自分本位かもしれませんが……」
「そうか……それで今君は『創造』について何を想う?」
「この合宿で鍛えられて、より多くの人や魔族を助けられる力を身に付けました。その『喜びの力』を形にしたい。それが今の僕の『創造』です」
左手を胸に当てる。
光の魔力を発動させ、左手にある四つのサブリングを経由させ増幅させたあとに、薬指の白のリングに集める。
そして創造に対する喜びの想いを高める。
すると白のリングが強く光り、左手が胸の中に入っていく。
そして、胸の中にある剣の柄をつかみ、引きずりだす。
純白の剣が姿を現した。
でも、初めて発動したときと形状が異なる。
以前に具現化したときは、レイの黒壊の剣と瓜二つだったような気がするが……
「カズヤくん、白創の剣は君を認めてくれたようだね。でもレイと対決したときと違って無理矢理出した訳ではないからまだ一部の力しか引き出せていないな」
だからこんなシンプルな普通の剣みたいな形なのか。
「この剣の力を発動させるにはどうしたらいいんですか?」
「君が何を創りたいか願えばいいだけさ」
「やってみます」
この喜びの力を形にしたい。
応えろ! 白創の剣!
純白の剣は強い光を放ち、俺を包み込む。
すると、頭の中に「記憶」が映像として流れ込んできた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
これは英雄の旅立ちの記憶。
俺と同じように日本で平凡な暮らしをしていた彼は、突然現れた純白の剣に導かれて異世界に行くことになった。
たどり着いた場所は戦場。
ガーゴイルがいきなり襲いかかってくる。
剣の扱い方なんて分からない彼は必死に逃げ回る。
とうとう追い詰められ鋭い爪が彼を襲う。
そこに銀色の剣を持った青年が現れ、ガーゴイルを一刀両断した。
今より少し若く見えるけど、この人は間違いなくマルスさんだ。
マルスさんが何か言っているようだけど、彼は聞き取れていない。
俺と違ってこちらの世界での前世の記憶を持ってないからか、言葉を理解できてないようだ。
手を引かれ戦場を離れる。
ようやく安全な場所に着くと、そこにはマルスさんの仲間と思われる眼鏡をかけた銀色の髪の女性がいた。
藍色のローブを着て、変わった杖を持っている。
彼女はマルスさんと何やら話をしていると、道具袋から首飾りを出し、彼の首にかけた。
「――これで聞こえるかしら? 私の名前はメーティス・ドクトゥスよ」
メーティス?
俺が通っている学園名も「魔法学園メーティス」だったよな……
彼が言葉が理解できると伝えると、メーティスさんはとても喜んだ。
「流石、天才である私の発明ね! この戦いが終わったら『夢』の実現に役に立ちそうね!」
「喜ぶのはいいけど彼の手当が先だ。僕の名前はマルス・クレスター、君には聞きたいことがあるけどまずは手当をしてからだね」
マルスさんが光の魔法で手当をして、水を飲ませる。
彼は何がなんだか分からないけど、生き残れたことを心から喜んだ。
そして、純白の剣は淡い光を発し弾けて消えた。
このあと彼はマルスさんに純白の剣に導かれて日本という国からここに来たことを話した。
マルスさんはとても困惑していたが、メーティスさんは目を輝かせて彼の言葉を聞いていた。
そして、「記憶」の映像はここで途切れた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
白創の剣の形状が少し変わっていた。
シンプルだった鍔に模様が入っている。
想いが剣の形を変えたのだ。
「マルスさん、英雄が異世界に来て初めて出会ったのはあなただったんですね……」
「カズヤくん、英雄の記憶を見たんだね。そう、彼とは火の大国ボルカノの戦場で出会った。その後は君が見た通りさ」
「一つ気になることがあります。英雄は俺と違い白創の剣にこの世界に導かれていました」
そう、俺はレイにこの世界に導かれたんだ。
「僕と父さんは当初、英雄もこちらに転生しているか、白創の剣に導かれてこちらに来ているものだと思っていた。でも世界のどこにも英雄はいなかった」
「そこでアドルさんが次元移動装置を使ってレイに迎えに行かせたわけですね」
「その通り。君を見つけるのは本当に苦労したよ。レイが失敗したらどうしようかとヒヤヒヤしけど」
「なんだよ兄さん! 僕はちゃんとカズヤをこの世界に連れてきたじゃないか」
レイが頬を膨らませて怒っている。
まぁ、冬月怜佳に振られたあの日のあのタイミングにレイが迎えに来てくれたのは良かったとは思う。
「ところでカズヤくん。新しい力を試してみなよ」
試すと言われても……
いや、「記憶」が流れてきたせいか力の使い方がわかるぞ。
新しい力は「物質の創造」。
これは光の魔力を使ってあらたな物質を創造する能力。
発動条件は二つ。
一つ目は喜びの感情が元にあること。
例えば、誰かを助けられるとか役に立てるとかだ。
これは一例であって喜びを起点にすれば他の考え方でも条件は満たせそうだ。
二つ目は自分がイメージできるものであること。
つまりそこまで複雑なものは創れない。
とりあえず、こんなところで二人を立ち話をさせるのも申し訳ないからなぁ……
「まず、椅子でも創ってみます」
「椅子?」
レイがキョトンとした顔をする。
白創の剣に想いを込めると、白い光が剣身を包み込む。
椅子の形をイメージする。
「出てこい!」
剣身の白い光は、三つに分かれて白い椅子が出てくる。
「どうぞ、続きは座りながら話しましょう」
「カズヤ……これ本当に座っても大丈夫なのかい?」
白い椅子を訝しそうに見ている。
「心配することはないよ。僕も英雄が似たようなものを創ってたのは見ている」
マルスさんが椅子に腰掛けると、レイも恐る恐る腰掛ける。
「さて、カズヤくんが白創の剣を具現化させて、その力も発動させた。これで最終試験の準備が整ったわけだ」
「それで最終試験は何をするんですか?」
「僕に銀守の剣の力を発動させてみろ。それも二人で協力してだ。力と信頼関係を確認したい。やれるかい?」
「やります」
「今の僕とカズヤなら大丈夫さ」
ついに白創の剣を具現化し、その力も発動させた。
合宿最後の試練は、マルスさんにこの島を魔王から守った神具・銀守の剣の力を、レイと二人で発動させることだ。
夏休みを返上して頑張った成果を見せるときがきた。