四十ニ 二人の証明
夏合宿の初日、俺とレイはいきなり今後を左右される試練をマルスさんから与えられていた。
俺は格上の殺気に立ち向かえる「闘争心」を、レイは絶望的な状況下でも悪魔の魂を制御できる「自制心」を証明しなければいけない。
特にレイは自制心を証明できなければ来月から学園に通うことができなくなる。
「さて、今回僕はこの木剣を使わせてもらうよ。間違えて君を切り捨てたら回復どころではないからね」
マルスさんがそんな間違えをするわけがない。
明らかにハンデをくれている。
「じゃあ、始めるけどレイは約束を覚えているか?」
「カズヤがどれだけピンチになろうと一切助けないし、アドバイスもしない。そしてカズヤから目を逸らさないだろ?」
「そうだ。お前の自制心を見せてもらうぞ。ではカズヤくん、始めるよ」
マルスさんが木剣を構える。
全く隙はないがまだ殺気を出していない。
いつもなら相手の出方を見るが、今回は闘争心を試されている。
だから積極的にこちらから仕掛ける。
腰に下げてある聖流の剣を抜き、白のリングで身体強化をして突撃する。
そのときマルスさんが目を見開き、これまで感じたことのない殺気をこちらに向ける。
身体が動かない?
「どれだけ強がっても身体は正直なんだ。頭では殺されないだろうと分かっていても動くことはできない。本能なんだよ」
そう言い終えると、俺の左脚を木剣で殴打すると嫌な音がする。
「痛ってぇ……」
思わず膝をつくと次は回し蹴りで吹き飛ばされ、木に激突して気絶する。
「カズヤくん。回復が終ったよ。誰が休んでいいと言った?」
横腹を木剣で殴られる。
内蔵は大丈夫だろうけど苦しい。
「苦しんで止まってたらまた蹴るよ?」
何とか立ち上がり、間合いを取る。
普通にやっては絶対に勝てない。
何か奇策を考えなければ……
「まさか僕に不意打ちしようなんてセコいこと考えてないよね? もしそうなら思考する時間も奪わないと」
間髪入れずに木剣で殴ってくる。
あまりにも速くて受けるので精一杯だ。
受けているうちに追い込まれて、気絶させられる。
気絶したら回復して目を覚ます。
このループが続き日が暮れようとしてた。
このまま永遠にマルスさんにいたぶられるんじゃないか。
そう考えると隙かできて重い一撃を入れられる。
もう駄目だ……
距離を取って立て直そう。
マルスさんに背を向けて一旦逃げようとしたとき、レイの姿が目に入った。
レイはただ俺の方を見て微笑んでいた。
口から血を流し、拳は強く握り過ぎて骨が折れ腫れている。
そして顔には自分で殴った痣がいくつもあった……
「レイ、お前……」
そのときマルスさんの木剣が後方から右肩を襲う。
「カズヤくん、レイはずっと君を見て微笑んでいるよ。それなのに君はもう終わりかい?」
レイは苦しみながらもちゃんと自制心を証明している。
そして、逃げようとした俺を見てもまだ微笑んでいる。
「お前はやることが極端なんだよ……でもおかげで目が覚めた」
俺たち二人はマルスさんだけではなく互いに信頼できることをこの場で証明しなければいけないんだ。
ここで逃げたらレイの隣にはいられない。
だから俺も証明しなければいけない。
「マルスさん、逃げようとしてすみませんでした」
「別に逃げるかどうかは君の自由さ。それより君の雰囲気が随分変わったね。覚悟を決めたか?」
「そう思うなら本気の殺気を見せてくださいよ」
マルスさんを挑発する。
「いいだろう。でも殺気で受けた恐怖は回復魔法でどうにかできないからね」
「上等です!」
波動のような殺気が広がっていき草木が揺れる。
あまりの恐ろしさに意識が飛びそうになる。
そこで、聖流の剣を足に突き刺して痛みで意識を保つ。
「へぇ……やるじゃないか」
「ここからが本当の勝負ですよ」
肩で息をしながらも笑みを崩さず宣言をする。
「でも次の殺気には耐えられるかな?」
再び殺気の波動が襲いかかる。
でももう恐れない。
「――カズヤくん。なぜ今のを耐えられる? 僕は手加減はしていなかった」
「レイがあんな姿になってまでマルスさんと俺に自分の自制心を証明してるんです。ここで倒れたらあいつの隣に立つ資格なんてなくなってしまうからですよ!」
そう言って斬りかかるが避けられて、背中を蹴られ倒れ込み、木剣を突きつけられる。
「これが現実だ。人はそんな簡単に変われないよ。特に君みたいに真面目で優しい奴はね……」
冷たい眼差しで俺を見てくる。
『春日くんは真面目で優しいから、私よりもっといい人がいると思うよ……』
憧れであった冬月怜佳に振られたときの光景が突然フラッシュバックする。
このときは真面目で優しい自分が嫌で仕方がなかった。
そして冬月に瓜二つのレイに出会い、彼女のことを知りたくてこの世界にきた。
多くの人々と出会い、もがいたが、結局は自分は真面目で優しいだけの人間でしかないということを痛感した。
それでも、こんな自分を信じてくれた人々がいたことを知った。
特にレイはいつも俺のために側にいて、本気で向き合ってくれる。
だから……
「島の守護神だか知らねぇが、クソ真面目でお人好しなだけの男が生き様を貫くのを阻むんじゃねえよ!」
変われなくてもいい。
今は信頼されるために戦うんだ。
自分の存在意義を証明するために――――
再びマルスさんに斬りかかる。
「闇雲に攻撃しても無駄だよ」
剣が彈かれそうになったとき、俺はあえて剣を手放した。
「なに!」
マルスさんに一瞬の隙ができる。
「ここだ!」
斬りかかった勢いで体当たりをして地面に押し倒す。
そして馬乗りになってマルスの顔面に拳を突きつける。
「――まさか剣を捨てるとはね……実践なら赤点だが、僕に一撃を入れようとする闘争心は見事だ」
「体当たりで倒れてくれたのはワザとですよね?」
この程度で簡単に倒れるほどヤワな鍛え方はしていないだろう。
「僕もクソ真面目でお人好しな男だから、つい甘くなってしまっただけさ……まぁ今回は君の闘争心を見たかっただけだしね。それと……」
マルスさんがレイの方を見る。
「レイ! お前の自制心も見せてもらった。カズヤくんがいたぶられてるのを我慢して見守るのは辛かっただろう。合格だ。母さんには問題ないと報告しておくよ」
「兄さん……そしてカズヤ。信じてくれてありがとう……」
緊張が解けたのか、レイの目から涙が零れる。
「とりあえず俺とレイがボロボロだから回復するぞ」
青のサブリングを発動させて、癒やしの雨を降らせ回復する。
「カズヤくんとレイ、二人ともよく理不尽な試練を乗り切ったね。今日はゆっくり休んで明日から光の魔法や神具について教えよう」
そういえばクォーツ副会長はマルスさんは光の魔法と神具について教えられると言ってたな……
「カズヤ! 空を見てご覧。星が奇麗だ」
レイが無邪気に笑う。
この世界でも星空は変わらず奇麗だ。
俺にも世界は変わっても、変えられないものがある。
レイだってたとえ前世の記憶があっても、レイ自身の変えられないものはあるはずだ。
だからこそ、自分の存在意義を行動で証明し続けるのだろう。




