三十九 一握りの白い希望
レイと呼ばれる少女が纏う禍々しい紫の色の光がさらに大きくなっていく。
「カッ……カズヤ……」
レイが涙を流しながらこちらに手を伸ばす。
しかし身体に力が入らずその手を握れない。
「マルス、これ以上レイの悪魔の力が覚醒するようならば私があの子の命を絶ちます。カズヤさんたちのことを頼みます」
「母さん……わかった。僕が付いていながらレイがこんなことになってしまって……何が島の守護神だ……」
ちょっと待てよ。
命を絶つってなんだよ。
レイはまだもがいて俺を呼んでいるだろ。
「フレイア様、マルス様! お待ちください! あなた方なら封印して時間を稼げるはずです。戻って対策を考えましょう!」
「スカーレットの言うとおりです。予想外なことが起きた原因が分かれば対処のしようもあるはずです」
スカーレットと呼ばれる少女とオークが必死に訴えかける。
「スカーレットさん、ケブさん、二人の気持ちはよくわかります。しかしこれ以上覚醒が進めば封印などすぐに解かれて、いつ島が危機になるかわからなくなるのです」
「二人とも本当に申し訳ない。父さんの聖なる血で抑えられないなら、僕が手を施しても……」
なんでそんな簡単に諦めるんだよ。
大切な人なんだろ?
そしてなんで俺だけが地面に這いつくばっているんだ……
「なぁ、お前ケブ……でいいか? 頼みがある」
「何だカズヤ?」
ケブが振り向き答える。
「俺をレイのところに連れて行ってくれ。あいつと話がしたい」
誰かは知らないが俺を呼ぶ者を見殺しにできない。
「わかった。お前に全てを賭ける」
「フレイア様、マルス様、カズヤにレイ様と話をさせてあげる時間をいただけないでしょうか」
ケブが二人にお願いする。
「――分かりました。ただしカズヤさんを連れて行くのはマルスです。あなたではレイに近づくのは危険です」
「――そうですか……俺じゃあ……いえ、マルス様、お願いします……」
ケブが悔しいそうな表情を浮べている。
「ケブくん、君の想いは受け取った……カズヤくんがレイと話をできるようにギリギリまで待つ」
そして俺は背負われてレイの側に降ろされる。
「ハァハァ……カズヤ……ごめんね。君に悪魔の力を見せて絶望させるつもりが、自分が絶望することになっちゃった……でも僕は不完全だったから君の力と記憶はすぐに戻るだろう」
「事情はよく分からないが俺のためにやってたことなんだろ? 謝るな。それよりお前を救う方法はまだ何かないのか?」
「母さんと兄さんがお手上げだ。もう僕はこのまま殺されるだけさ……」
レイが覚悟を決めたのか仰向けになる。
「それでいいのか? まだやりたいこともあるんだろ?」
「そうだね……でも僕はみんなに生かされてきた。ワガママを言う権利なんて……あれっ?」
レイの目から涙が流れてくる。
「――強がってんじゃねぇぞ……お前の仲間はまだ諦らめていない。それに俺も助けを呼ぶものが目の前で殺されるのは御免だ」
「そうか……じゃあカズヤ、僕は君がもつ英雄の力に賭けてみたい。黒壊の剣で君の英雄の魂の第二階層に無理矢理アクセスできるようにする……」
英雄の力……
「よく分からないがそれでお前が助かるんだな?」
「それはわからない。でも奇跡を起こせるとしたら君が秘めている英雄の力、そして英雄の宿命しかないと思う。でも第一階層と違って失敗したら君の魂は破壊されてしまう……」
「後で記憶が戻ってから後悔したくない。それに心の奥で何かが開こうとしているのを感じるんだ。やろう!」
レイが苦しんでいる姿を見ると心の奥で何かが開きそうなのだが、自分ではどうにもできない。
「――マルス兄さん、カズヤを仰向けにしてくれないか」
「わかった」
仰向けにされた俺は覚悟を決める。
レイは肩で息をしながらなんとか立ち上がり、俺の顔の側でしゃがみ込み、膝枕をする。
「カズヤ、一つだけワガママを許してくれないか? 少し目をつむっていてほしい……」
「わかった」
言われた通りに目をつむる。
すると、唇に柔らかい感触を伝わる。
「ありがとう、カズヤ。出会ってからこれで二回目だね。どちらも君は僕のことを知らないときだけれど……」
「――俺たちがどういう関係だったのか知らない。でもこれで終わりではない。なぜだかそう思えるんだ」
何も知らないまま終わるのだけは嫌だ。
心の奥で何かが叫ぶ。
「じゃあ、行くよ」
レイは立ち上がり、漆黒の剣を振り上げ、俺の胸を貫いた――――
胸から白い光が漏れ出し、光は収束して純白の剣となる。
「カズヤ、これが『白創の剣』の剣だ」
純白の剣はゆっくりと降りてきて、俺の左手に柄が触れる。
そのとき左薬指の白いリング模様が光り、光は身体全体を包み込む。
温かい。
力が戻ってくる。
そして、頭の中に色とりどりの記憶が流れ込んでくる。
純白の剣の柄を強く握り、立ち上がる。
レイを助けなれければ……
なぜ、レイが急に悪魔の力をコントロールできなくなったのか一つだけ心当たりがある。
「レイ……ありがとう。戻ってこれた。マルスさん、対決前に渡した『ペアリング』を返してもらえますか?」
「わ、わかった」
マルスさんが二つの銀色のリングを俺に手渡す。
「カズヤ? 何をする気だい?」
「このリングはこれまでレイから魔法を借りるために利用してきた。そしてその代償のために、魔力を常時に加えて魔法使用時にも供給してきた。その供給してた魔力がお前の悪魔の魂を抑えこんでいたんだよ」
「そうか! カズヤは白のリング、つまり光の魔力の使い手。
しかも、父さんとも兄さんとも異なる世界の住民。だからクレスター家の血に耐性があっても抑えつけれる!」
サブリングから繰り出される魔法を見れば、どれも光魔力の性質を付与されていると考えられる。
それならばメインである白のリングは光の魔力を司っておかしくない。
でも、他の四属性の魔法と違って意識して光の魔力を練ったことはないから、詳しくはわからないが……
「カズヤくんが僕と同じ光の魔力を有していたからこそ聖流の剣を渡した。でもまさか異世界から来た君の光の魔力がそんな特別なものとは……」
とにかく、悪魔の魔力の暴走を止めなければ、より強く光の魔力を供給するために、白のリングがある左薬指にペアリングをはめる。
「レイ、右手を貸せ」
「う、うん……」
レイの右薬指にある黒のリングの上にもペアリングをはめる。
少しだけレイを纏う紫色の光は小さくなる。
「よし、あとはお前から最も強力な魔力を借りるだけだ。お前が貸し出せる一番魔力を消費できそうなのはなんだ?」
「炎魔法だ。天に向けて放出し続けるんだ」
「わかった」
白創の剣を掲げ、ペアリングを通じて炎魔法を借りる。
そして、使用できる最大出力で天に射出する。
剣を通じて射出される炎は、赤のサブリングを使っていないのに光炎となり増幅され天高く燃え上がる。
限界まで燃えろ!
レイに纏わりつく禍々しい紫の光はどんどん小さくなっていく。
そして、レイがコントロールしていたサイズまで戻る。
「カズヤ、もう大丈夫だよ。自分でなんとかできる。ありがとう」
レイがゆっくりと立ち上がる。
「レイ様、カズヤ! よくぞご無事で!」
「カズヤ! お前ならやれると信じてたよ!」
ケブとスカーレットが駆け寄ってくる。
「カズヤさん、この度は本当にありがとうございました……おかげで娘をこの手で……」
フレイアさんは目に涙を浮かべお礼を言う。
「フレイアさん、今回の対決はそもそも俺がレイに頼んだのがきっかけです。そんな俺がこんなお願いをするのは厚かましいのですが、一撃だけレイと勝負させてくれませんか?」
「母さん、僕からも頼む。このまま終われば、僕はカズヤに迷惑を賭けただけだ。最後に一撃だけ二人で全力でぶつからせてほしい」
神具を手に入れたとはいえ、レイのほうが上なのはわかる。
でも、実際にぶつからないと分からないこともある。
「なるほど、これも双子の神具を持つものたちの宿命……一撃だけ認めましょう」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
距離をとって俺とレイが対峙する。
「レイ、本当に大丈夫か?」
「あぁ、ペアリングから供給される君の光の魔力のおかげでね」
「本当に危ないと感じたら止めに入るからね」
マルスさんが忠告する。
「わかりました。じゃあ、行くぞ!」
レイは剣を低く構え、魔力を高める。
今度はコントロールできているようだ。
俺は腰を左側に捻り、下半身に力を込め、魔力を高める。
「じゃあカズヤ! 行くよ!」
「おぅ! レイ!」
二人は同時に飛び出した。
俺の白創の剣と、レイの黒壊の剣が激しくぶつかる。
「カズヤ? その程度かい?」
「まだだ! まだ踏み出せる!」
左足で地面を蹴り、剣を押し込む。
「これが俺の本気だ!」
そのとき白と紫の光が空間を満たす。
その刹那――――
「俺の次の転生者になるやつなら、この白創の剣に秘められた『記憶と想い』を辿り、新しい未来を創りだしてくれるはずだ」
レイのような女性を抱きかかえながら、男性が語っている光景が脳裏に浮かぶ。
空間を満たす光は弾け、俺とレイは吹き飛ぶ。
「カズヤ……大丈夫?」
元の姿に戻ったレイが顔をのぞき込む。
「ようやく俺にも『見えた』。英雄はこの白創の剣に秘められた『記憶と想い』を見つけてほしいと思っている。つまり、次にやるべきことはこの剣の覚醒だ」
そのとき、白創の剣が淡く光り、光となって離散する。
「今回は無理に発動させたからね……でも第二階層に進めたじゃないか」
「そうだな……あと、俺の無茶に付き合ってくれてありがとうな」
「僕こそ君に命を助けられた。本当にありがとう。まぁ、お互いにまだまだ未熟だったというわけだね」
レイはいつもの明るさを取り戻し、ニコリと笑う。
予想外な展開になったレイとの初対決、レイとの差は実際に戦ってみて予想以上にあった。
でも、今回の対決で得た一握りの希望はこれからの俺をきっと導いてくれるだろう。




