三十六 決戦前の夕凪
セイレーン先輩との決戦の翌日、フレイアさんは、俺とレイとケブとスカーレット、そしてマルスさんとセイレーン先輩を学園長室に集めた。
目的は俺とレイの直接対決について打ち合わせを行うためである。
決定事項は以下の通りだ。
決戦日は七月の最終日、場所は時の狭間。
ケブとスカーレットには仲間としてこの戦いを見届けてもらう。
フレイアさんには二人を防壁で守ってもらう。
マルスさんには万が一のときにレイを止めるために待機してもらう。
セイレーン先輩は時の狭間からの帰還承認を行うため理事長で待っていてもらう。
以上である。
ちなみに会長と副会長は別件で動いているらしく、今回の件には関与しないらしい。
この打ち合わせの後で、レイから俺とケブとスカーレットに夏休みに海に行こうという提案があった。
これから戦う相手と海で遊ぶなんてどうかと思ったが、この戦いの後は俺もレイもどうなるかはわからないので、思い出作りはしておくべきだと思い提案にのった。
予想外だったのはフレイアさんも海水浴に同伴すると申し出たことだ。
夏休みとはいえ、学園長は忙しいのに大丈夫かと思ったが、何かあったとしてもフレイアさんならすぐに学園に戻れるだろう。
それに少しくらい休んでほしいとみんな思っていたのでちょうどいいと思う。
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そして、七月の下旬の某日、俺たちはテイルロード島から二十キロメートルほど離れたイクシー島にあるセイントファーストビーチという海水浴場にきていた。
ここは美しい夕日を見られることで有名で若いカップルで溢れかえっていた。
なお、セイントセカンドビーチはこの島の東側にあるらしい。
また、ここでは海を眺めながらバーベキューができるエリアがあるらしく、食べることが好きなレイは、特にこのことについて熱弁していた。
「人でいっぱいだなぁ」
全長八百メートルほどあるらしい砂浜は、人で溢れ返っていた。
「まぁシーズンだからね」
この光景だけみたらここが異世界だと思えないだろう。
「レイ様! いい天気でよかったです。今日はいっばい楽しみましょうね!」
「俺はここにきてみたかったからワクワクしている!」
まぁスカーレットとケブもここ最近は色々とあったので、はしゃぎたいのだろう。
そういう俺も高校時代は野球と受験勉強漬けだったので久しぶりの海水浴をとても楽しみにしていた。
「楽しみなのはわかりますが、あまり無茶をしてはいけませんよ」
日傘に帽子、サングラス、ビーチガウンと日焼け対策をバッチリしたフレイアさんが俺たちに注意をする。
前々から思っていたのだが、フレイアさんって見た目が若過ぎないか?
二十年前に終結した大戦では、息子のマルスさんといっしょに戦っていたわけだから、おそらく年齢は……
「カズヤ、なんで母さんをジロジロ見てるんだい?」
レイがジト目でこちらを見てくる。
「フレイアさんって若々しいなぁ……と」
「うちは母さんにしかり兄さんにしかり、そして父さんにしかり異常なんだよ。ぜひ僕もクレスターの血にあやかりたいもんだね」
どうせレイだってそうなるであろうとなんとなく思った。
「さて、みなさん着替えたらここに戻ってきてくださいね。私はここで待っていますから」
「フレイアさんは泳がないんですか?」
「私は学園になにかあったらすぐに戻らないといけませんからね。夏休みとはいえ学園長が水着で学園内をうろつくのはまずいでしょう」
やっぱりフレイアさんの頭の中は常に仕事でいっぱいなのだろうか。学園長って大変だな……
俺とケブはすぐに着替え終わり、フレイアさんのところに戻る。
そのあとレイとスカーレットが戻ってきた。
レイは上はビキニで、下にショートパンツと性格通りの活発な感じだ。
スカーレットは胸元が隠れたハイネックの白い水着で、お嬢様らしく上品な感じがする。
「カズヤ、僕の水着はどうだい?」
「性格通り、活発な感じがするよ」
「なるほど、カズヤらしい感想だ。あまり期待はしていなかったけど次は頑張るよ」
何か間違えたか?
「レイ様、とても似合ってて素敵ですわ。さぁ、泳ぎに行きましょう」
スカーレットがレイの手を引っ張り連れていく。
「――俺たちも行こうかケブ……」
「そうだな」
その後、俺たちはフレイアさんに荷物を預け夏の海を満喫した。
レイやスカーレットが泳ぎが上手いのは分かっていたが、巨体のケブも上手いとは予想外だった。
俺は久しぶりの海水浴だから仕方がないはず……
そして、お昼には浜辺のすぐそばにある芝生でバーベキューを行った。
とんでもない大きさの肉塊をレイが用意していることまでは予想をしてたいた。
その他にも見たこともない巨大な魚介類などが用意されており、誰がこんなに食うんだと思っていると……
ケブが焼き、レイが食べるという息のあったコンビネーションで、すぐに食材はなくなった。
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その後、もうひと泳ぎしていると夕方になっていた。
「そろそろ日が落ちてきたので帰りましょうか」
「母さん、僕はカズヤと話したいことがあるからスカーレットとケブを連れて先に帰っててくれないか?」
話とはなんだろうか?
「分かりました……スカーレットさん、ケブさん、私の風魔法でお家へ送ります。いいですよね?」
「ありがとうございます。今日はとても楽しかったですレイ様」
「じゃあ、お先に失礼しますレイ様。カズヤ、またな」
二人はフレイアさんの風魔法であっという間に飛び去っていった。
「さて、少し歩こうか」
レイが笑顔でこちらを振り向く。
あんなに沢山いた人もこの時間になるとほとんどいなくなっていた。
「いよいよ僕と君が戦えるときがきたね」
「戦いすらならないかもしれないけどな……」
今回の目的はあくまで二人の実力差が実際どれだけあるのか実感することだ。
「それでも君は約束通り最後の水のサブリングを発動させ、ここまできた。次に進むためにはどのみち避けられない戦いだと思う」
「お前は今の俺ならどこまでやれると思う?」
レイは少し沈黙して答える。
「正直、まだ相手にならないと思う。でも、第二階層にアクセスし白創の剣を引き出せば話は違うけどね」
神具・白創の剣、レイが持つ黒壊の剣と対をなす剣だ。
かつて英雄はこの剣を使いこなし、悪魔と死闘を繰り広げた。
「さて、ここに座ろうか」
レイと砂浜に座る。
向こうあるオレンジ色の太陽は、黒い山に少し隠れている。
空は茜色と青色のグラデーションに染まり、海は夕日でキラキラと輝いている。
風は吹いておらず静かな時間が流れる。
「怖いくらい綺麗だな。まるで世界が終わりそうだ」
「朝焼けを見たら感想は変わるさ。今度また一緒に来よう」
レイは穏やかに微笑む。
「来年、俺たちが生き残っていたらな」
「生き残るさ。そのために今度戦うんだろ?」
「そうだな」
また一つ約束が増えたな。
これからレイと一緒にいて、いくつの約束をしていくのだろう。
「ねぇカズヤ、以前に僕は外国のスラムで彷徨っていたと言ったよね」
「アドルさんがお前を見つけて今の生活をできるようにしてくれたんたよな」
「そうだね。父さんが来るまでは名前もなく、自分が何者かすらわからなかった。でも誰かはわからないけど会いたい人がいるという夢だけはあった。そこが前世の悪魔との違いだ」
前世の悪魔の夢。
英雄と普通の生活がしたい――――
「俺は前世ではお前にそっくりな女性にずっと憧れていた。まぁ振られてしまったけどな。そこに彼女にそっくりなお前がやってきて、どうしてもお前のことを心から知りたいと思いこっちに来た」
「今でもその人のことは好きかい?」
不安そうな目でこちらを見てくる。
「彼女はお前と違っておしとやかで、大食いでなくて、無茶苦茶なことはしない……と思う。好きかと言われたら憧れと区別がつかない。ただ、向き合って一緒に生きていきたいのはお前だ」
「僕はときどき君と一緒にいたいと思うのは、前世の記憶のせいなのかと感じてそれが後ろめたくなるときがあるんだ……」
レイは俯きながら俯き砂をいじる。
「もしそうだとしても、俺は『お前が信じる俺』で在れるように向き合い続けるだけだ。これは好きでやってることだし、そうさせてくれていることに感謝している。だから、余計なことを考える暇ががあるなら、お前が最初に言った『楽しい時間』を過ごせるようにしてくれ」
「わかった……カズヤ、僕は最初の決戦で今持ってる力を見せる。この力で死ぬことはなくても必ず絶望するだろう。それでも必ず戻ってきてね」
真剣な表情で俺を見つめる。
「当然だ。夏休みをずっと絶望したままで過ごしてたまるか」
「ありがとう。じゃあ帰ろうか……」
「そうだな」
レイが俺に『必ず絶望する』というからには確証があって言っているのだろう。
そもそも実力差を知りたいと言ったのはこちらだし、一粒でも希望を掴みとれば俺の勝ちだ。
それでも最初から負けるつもりはない。
希望はもがかないと見えてこないのだから……




