三十四 突破口
セイレーン先輩が俺の目の前で三又槍を振りかぶる。
そのときレイのいる方からこれまで感じたことのないおぞましい殺気を感じる。
「レイさん……とうとう本性を出しましたね。これがあなたの答えですか?」
「カズヤを殺させない……その前にお前を……」
血のリングから抜け出したレイがセイレーン先輩を睨みつける。
まずい。
レイが力を開放しようとしている。
「駄目だレイ! 約束を忘れたのか? その力は今は使っては駄目だ。俺は大丈夫だから」
「でも、カズヤが……」
「俺がここで死ぬわけないだろ。フレイアさんを敬愛するセイレーン先輩ならそんなことはできるわけないし」
「――カズヤさん。自分が殺されるかもしれなかったのによく冷静でいられましたね……」
セイレーン先輩は振りかぶった三又槍を戻す。
「フレイアさんなら対話を望む者を危険だからといって話も聞かず殺すことは絶対にしない。それに先輩は対話のない地獄を見てきたはずだ」
「なるほど……昔話をしたかいがあったというわけですか。あなたがこの戦いでどのような答えを出すのか楽しみになってきましたよ」
セイレーン先輩が三又槍を構える。
「レイ! ケブとスカーレットの回復を頼む。俺がなんとか時間を稼ぐ。わかったな!」
レイを真っ直ぐ見つめる。
「――わかったよ。すぐに二人連れて戻ってくる!」
殺気を解き、二人の元に向かう。
「これでよかったのですか? カズヤさん。今のあなたでは時間稼ぎどころか次の一撃で終わりですよ?」
「対話をしたいと言ったでしょう。だからこそ一対一でなければ意味がない」
剣を強く握り構える。
「面白い。では聞きましょう。カズヤさんとレイさんの魂が引き起こす危険性にあなたはどう対応するのですか?」
三又槍が振り下ろされ、それを剣で受け止める。
「申しわけないですけど、具体的な対応はまだわかりません。でも被害を最小限に食い止めるために全力を尽くします」
剣で三又槍を弾く。
「そんなあなたを信じろと? そもそもあなたはどこから来た誰ですか?」
高速の突きが顔をかすめる。
当てる気がないのはわかるので避けない。
「以前はこちらとは異なる世界にいた春日一矢でした。でも今は……その生活を捨てでもレイを選んだ『カズヤ・ヴァン』です!」
「ほぉ、異なる世界から……なぜそこまでしてレイさんを選んだのですか?」
三又槍から衝撃波が放たれるが、剣を地面突き刺して耐える。
「レイのことを知りたかったから、いや知らなければいけないと感じたからです……」
「でもレイさんはきっとあなたにまだ色々と隠していますよ? そんな者を信じきれるのですか? 信じていた者が実は自分だけに真実を隠していたとき許せますか!」
セイレーン先輩の語気が荒くなってくる。
「俺はレイと向き合うことを自分に誓った。あいつが何を隠してようが自分の誓いを守るだけですよ。許すとかではなく、自分が勝手に信じたあいつと向き合い続けるだけです!」
セイレーン先輩の胸に剣を突きつける。
「話が逸れてしまいましたね……では問います。あなたはカズヤ・ヴァンとしてこの世界でどう在りたいのですか?」
「少しでも多くの人と魔族を助けられる自分で在りたい。もちろん助けたいのはレイも含めてです。そのために最善を尽くします!」
「――フレイア様が信用するわけですね……でもカズヤさん、その理想は力がなければ叶わないんですよ? 理想を掲げたいならそれに相応しい力を見せなさい!」
巨大な水の龍が襲いかかってくる。
ローレライが一度俺に見せたものより遥かに大きい。
今度は本気だ。
避けられない!
そのとき大きな影が俺の前に立ちはだかり、巨大な水龍を一刀両断する。
「はぁはぁ……カズヤ、無事か?」
「ケブ! お前どこでそんな力を……」
「俺だってこれまでレイ様と期末テスト前日まで死ぬほど特訓してたんだ。さっきまでは時間稼ぎで力をセーブしていたが本気を出せばこれくらいできる」
ケブは振り向き、息を切らしながらもニコリと笑う。
「私の水龍を両断するとは……どういう鍛え方をしたらそんなことができるんですかね……」
セイレーン先輩が呆れている。
「僕の愛弟子はいかがでしたか、先輩?」
「やっぱり私が絞り込むようにレイ様に頼んでよかったですわね……」
「レイ! スカーレット! 無事だったのか」
レイとスカーレットも現れる。
スカーレットはまだ回復しきれておらずレイの肩を借りている。
「カズヤ、この戦いを終わらせるためにはローレライの力が必要だ。戦いを望めなかった歌姫こそ全ての鍵を握っている」
「ローレライが……?」
「そうだ。そしてこの剣を持っていけ。ワルツ姉妹の父の形見がローレライへの道を切り開いてくれるはずだ。後は頼んだよ」
レイが俺に剣を手渡す。
「でもお前……素手だけでどうやってセイレーン先輩を足止めするんだよ?」
「僕には優秀な弟子がいるさ。まだ踏ん張れるよねケブ?」
「レイ様との特訓に比べたら余裕ですよ!」
スカーレットと一緒にセイレーン先輩の攻撃をなんとか食い止めながらケブが答える。
「スカーレット! 君もカズヤとローレライの元に行ってくれ。彼女と親友の君も力も必要だ」
「分かりました。レイ様、お気をつけて……」
スカーレットと一緒に防壁の前で待つローレライの元に行く。
レイは何を考えている。
俺が示すべきは少しでも多くの人と魔族を助けるための力。
それには新たな水のサブリングの発動が必要。
そして戦いを望めなかった水魔法使いの歌姫ローレライ。
歌姫……
ワルツ姉妹……
魂に響く歌……
そういうことか。
確かにローレライの力が必要だ。
絶望の中で見つけたハッピーエンドへの突破口。
それは壁の向こうにいる中立の歌姫。
まずはレイから託された剣で壁の向こう側にいかなければいけない。




