三十三 絶望のステージ
セイレーン先輩と戦うことになった俺たちは、ワルツ邸からニキロメートルほど離れたセンス島という無人の島に来ていた。
無人島といっても人が住んでいた形跡があり、小高い丘を上るとそこには、野外音楽広場があった。
昔はここで海を背に演奏会などが行われていたのであろうが、今では使用された形跡はなく廃れている。
「音楽を愛するセイレーン先輩がここを戦いの場に選ぶのは意外ですね」
レイが周囲を見渡しながら語りかける。
「レイさんたちの訪問が昨日決まりましたので、このような場所を選ぶしかなかったのは大変申し訳ないです。『時の狭間』も私では簡単に使用できませんからね」
「まぁ僕らの戦いが終わったらちゃんと元に戻しましょう。それで、僕はどの剣を使えばいいんですか?」
「ローレライ、レイさんに剣を」
「はい、お姉ちゃん……」
ローレライがレイに剣を渡す。
「これは父が使っていた剣です」
父の形見を渡すなんて何を考えているんだ?
「これは僕を試しているんですね?」
レイは鞘から剣を抜き剣身を見つめる。
「流石はレイさんですね。多くの人間を斬り殺し、私達家族を守ってきたこの剣であなたが何をするのか見届けたいのです」
レイもこの戦いで試されているんだ。
「申しわけないですけど、僕はどんな剣でも仲間を守るだけですよ。そのためにこの剣をあなたの血で染める覚悟はできている」
剣先をローレライ先輩に向ける。
「それは戦いの中で確かめるとしましょう。さて、ここは無人島とはいえ、無暗に周囲を破壊するのはよろしくないので防壁を張らしてもらいますがよろしいですか?」
「戦いに参加しないローレライが危険なのでそうするべきでしょうね」
「ローレライ、防壁を張るのであなたは広場の外に出ていきなさい」
「お姉ちゃん! なんでもない……」
ローレライは何か、言いたそうにしていたが駆け足で広場の外に出る。
そして、広場にドーム状の防壁が展開される。
セイレーン先輩は円形のステージの上に立ち、三又の槍を召喚し、構える。
「さぁ、始めましょうか!」
「僕がメインで先輩の動きを止める。スカーレットとケブは斬撃の合間を見て全力の攻撃を仕掛けてほしい」
「分かりましたわ!」
「了解です!」
「カズヤは距離をとって光炎のビームで先輩が歌で音を操るのを阻止しつつ、水のサブリングの発動を試みてくれ」
「わかった」
「じゃあ、みんないくよ!」
レイはセイレーン先輩に突っ込み、魔法を使う余裕を与えないためにあらゆる角度から高速の斬撃を続ける。
スカーレットは杖の仕込み刀に圧縮した炎を込め、レイの斬撃の合間に燃える一閃を仕掛ける。
ケブはスカーレットが次の一撃を準備している間に、地魔法で足元をふらつかせ、大剣で重い一撃を食らわせる。
それぞれ性質の異なる攻撃を絶え間なく繰り返しすことでセイレーン先輩の動きと思考を奪う。
そして俺は口を開きそうになれば光炎のビームを放ち阻止をする。
これでとりあえず時間を稼ぐことができる。
さて、セイレーン先輩を信用させるために何を示せばいい?
危惧されていることは二点、俺とレイの魂がぶつかることで膨大なエネルギー生じること、この世界の住民ではない俺の存在についてだ。
異世界からきた俺の存在についてはともかく、英雄の魂と悪魔の魂が極限までぶつかればどれだけの被害が島に生じるかは未知だ。
それに対しする具体的な対策を今はここで示すことは難しい……
ならばせめて自分が何者であり島のために最善を尽くせる存在であるかを示すしかない。
「きゃあっ!」
「うわぁ!」
セイレーン先輩が魔力を込めた三又槍の柄で地面を突くと衝撃波が放たれスカーレットとケブを吹き飛ばす。
レイは事前に察知して高く跳躍し空中に退避していた。
「しまった!」
俺は慌てて光炎ビームを撃つがセイレーン先輩にかわされる。
レイが空中から斬りかかるがそれも槍で止められてしまい、ついにセイレーン先輩から絶望の歌が奏でられる。
「不味い。三人とも耳を塞ぐんだ!」
レイが忠告した時、とても悲しく魂を揺さぶられるような歌声が広場を包む。
――――なんだ。この歌は?
身体の内側から不安、怒り、悲しみとあらゆる負の感情が湧き出てくる。
もう駄目だ……
戦えない……
「みんな、これは先輩の能力だ。気をしっかり持つんだ!」
レイの言葉でなんとか我に返る。
しかし、心音が乱れて魔力が練れない。
「レイさん。一つ言っておきますけど、あなたがこれまで知っていのは普通の歌ですよ。これは魂に直接響く歌。耳を塞いでも無駄なんですよ! しかしあなたには聞いてないみたいですね……」
「僕の魂は絶望の塊だからね。そんなもんに揺さぶられるわけはないだろ。それに本当の絶望なら遠い昔から知っている」
「そうですか……でもカズヤさんはともかく、他のお二方はもう戦えそうにありませんねぇ」
スカーレットとケブは膝をつきながら耳を塞いでいる。
「ごめんなさいレイ様……ごめんなさいみんな……」
涙を流し震えている。
「もう駄目だ。戦えねぇ……」
うなだれて戦意を失っている。
「カズヤ! 二人を頼んだよ。僕はまだ戦える」
レイは再び斬撃を繰り返す。
「このまま剣を振り続けても三人はまともに戦えませんよ? あなたはもう一人なのです」
「うるさい! 三人は必ず帰ってくる」
「そうですか……ならばあなたに相応しい絶望を与えましょう」
三又槍で衝撃波を出しレイを吹き飛ばす。
そして指から血を出し、水魔法で血のリングを作りレイを拘束する。
「こんなものすぐに……」
レイは血のリングから抜け出そうとするが更に締め付けられる。
「この血のリングはローレライのものとは違い強力ですよ? いくらあなたでもそう簡単には抜け出せない。さて、レイさんにとっ最も大切なものを傷つければ絶望してくれますかね?」
「やめろ! カズヤに手を出すな!」
絶望がどんどん迫ってくる。
身体まだが思うように動かない……
「さてカズヤさん、覚悟はいいですか?」
「待ってください! 俺はまだ答えをあなたに伝えていない!」
とうとう絶望のステージに上げられてしまった。
この戦いにハッピーエンドをもたらす筋書きを見出すことができるのだろうか。




