三十二 英雄の箱庭
放課後、待ちあわせ場所として通知されていた学園の正門前にいくとローレライが先に来ていた。
「みんなこっちだよ!」
ローレライが手を振りながら俺たちを呼ぶ。
「みんな揃ってるね。じゃあ私の風魔法で家まで送るわ」
風の球体が五人を包み込み上昇し、テイルロード島の前にあるテイル水道を越えていく。
「ローレライの家って結構遠くにあるのか?」
「テイル水道の向こう側にあるフロント島にあって、家から歩いてテイルロード島に来るとしたら渡船に乗るか、迂回して橋を渡らないといけないから大変ね」
下を見ると渡船がテイルロード島に向かっていた。
船は結構な大きさで魔法が使えない人たちにとっては必要不可欠なんだろう。
「そろそろ家に着くわ。あそこに建っている屋敷よ」
結構大きなお屋敷だ。
ワルツ邸に着くとセイレーン先輩が玄関の前で待っていた。
「ようこそワルツ邸へ。みなさまお忙しいところ、お越しくださりありがとうございます」
「こちらこそお招きいただきありがとうございます」
俺が一礼すると、みんなもそれに続く。
その後、屋敷の応接間に案内された。
そして、セイレーン先輩は自ら紅茶を淹れてくれた。
「さて、改めて本日は私達の屋敷にお越しいただき、誠ありがとうございます。カズヤさんとスカーレットさんには妹が選抜チームで大変お世話になりました。まずはこちらの紅茶をお飲みください」
「すみません、いただきます」
あれ? この紅茶の味はフレイアさんに淹れてもらったものと似ている。
でも、少し甘いな……
「カズヤさん、私の紅茶はいかがですか?」
「フレイアさんの紅茶の味に似ています。でも少し甘いような……」
「そうです。その紅茶は私が敬愛するフレイア様に初めて淹れていだたいたときの味を再現したものです。少しだけ昔話をさせていただいてもよろしいですか?」
セイレーン先輩が愛おしいそうにティーカップを見つめる。
「はい、よろしくお願いします」
「私達はこの島にくる前に四大国の一つである水の国『ティアリス』に住んでいました。ティアリスでは人と魔族が争ったあの大戦終結後、魔族の迫害が始まりました……」
世界で人と魔族の共存が模索されてるとはいえ、魔族を迫害する国もやはりあったのか。
「戦争とはいえ父も母も多くの人を殺めました。ゆえに、償いをすることすら許されず、私達一家は迫害に耐えるしかありませんでした。そのような中で妹のローレライが産まれた後、母は病でこの世を去り、父は世界で共存の象徴となっていてるこのテイルロード島に移住をすることを決意しました」
「共存の象徴……」
「そうです。この島は大戦の英雄たちが集まって抑止力となり、四大国に属さず、人と魔族の共存を実現させました。結果、小さくとも世界の希望が詰まった『英雄の箱庭』と他国から呼ばれているのです」
なるほど、この島にはマルスさん、フレイアさん、グリットさん、そしてまだ会ったことのない世界最強の英雄アドルさんといった強者が集まっているのは抑止力のためでもあったのか。
でもあの人たちはそれだけのためにこの島にいるわけではないだろう。
「幼い私と妹を連れて遥か遠くのこの島を目指す旅は過酷で、母国を旅立ってから三年後にようやくこの島にたどり着きました」
「三年もかかったんですね……」
魔法が使えるこの世界ならもっと早く着いてもおかしくないはずだ。
「どこにいっても迫害される可能性はありましたから目立つことはできませんしね……そしてこの島にたどり着いたとき、入管収容施設に送られ在留資格がなく身元保証人もいない私達一家は強制送還される寸前まで追い込まれました」
「いくらこの島が共存の象徴といっても、そんな簡単に定住させるわけにはいかないからね……」
レイは少し悲しそうな顔で補足をする。
「レイさんがおっしゃる通りです。しかし、私達一家にはこの島にくるまでに定住の準備をする余裕なんてありませんでした。それでも父は私達のために定住を認めくれと交渉を続け、それを知ったフレイア様が身元保証人となってくださり定住が認められたのです」
可哀想な一家とは思うけれど俺は見知らぬ魔族のためにここまでできないかもしれない……
「定住を許可されてすぐにフレイア様は私達一家をお屋敷にお招きくださりました。応接間に案内されると父はすぐに深々と頭を下げ、感謝の気持ちを伝えました。そのときフレイア様がされたことにはとても驚きました」
「何をされたのですか?」
「フレイア様は『私達クレスター家が目指した平和があなた方一家を追い詰めてしまった。本当に申し訳ございません……』と涙を流しながら謝罪されたのです。そして『ようこそ、テイルロード島へ。クレスター家はあなた方を心から歓迎いたします』と偽りのない笑顔で私達一家を温かく迎えいれてくださりました」
魔王を倒し、人間側を勝利に導いてもフレイア様の心に本当の平和は訪れていないのかもしれない……
「その後フレイア様は私達一家のために一杯の紅茶を淹れてくださりました。過酷な旅で甘味はほとんど口にしていなかったこともありますが、とてもその紅茶は甘く感じました。実際フレイア様は少し甘めにされてたそうです。幼い私達姉妹が少しでも辛い状況でも安心できるようにと……」
ティーカップの紅茶を少しすする。
「定住したあとは父は一生懸命働きました。父に遊んでもらった記憶はありません。しかしフレイア様は私達姉妹のことを常に気にかけ、水魔法や紅茶の淹れ方などを教えてくださったので寂しくはありませんでした。しかし、不幸は突然やってきました。父が過労でこの世を去ったのです……」
「ローレライのお父様は本当に賢く優しく働きものだったとお父様から聞いたことがありますわ。こんな早く死ぬべき男ではなかったとも……」
スカーレットはローレライの方を見て語る。
「スカーレットちゃん……」
「父がなくなり、屋敷や多少の財産は残されたものの、魔法学園に入園できたのはフレイア様とフロント重工社長のエカルラート様のご支援があったからこそです。スカーレットさん、本当にありがとうございます」
スカーレットに深く頭を下げる。
「そ、そんな……私は何もしておりませんわ……」
「魔法学園に入学後は少しでもフレイア様のお役に立つために永遠の生徒会に入ることを決意し、死ぬ気で頑張りました。結果、三年生になってようやく当時の会計に勝ち、生徒会メンバーとなったのです。まぁ入学したその月に生徒会メンバーになった方もいらっしゃいますけど……」
レイをチラリと見る。
「この流れでそんな嫌みを言わないでくださいよ先輩……」
レイが少し困惑する。
「これで私の昔話はおしまいです。私は英雄たちが愛したこの島を、敬愛するフレイア様を守るためならなんでもいたします。そして最近不安なことがあるのです。それはカズヤさんとレイさん、あなた方の存在です」
「どういう意味です?」
「レイさんから私は音を操る能力を持つと聞いているとは思います。実は操るだけではなく、魂の音を聞くこともできるのですが、二人の魂から不吉な音が聞こえるのです。まるで相反するものが共鳴しあいとてつもないエネルギーを生み出しそうな……」
音だけでそこまで分かるのか?
「そんなことを言われても俺にはさっぱりわかりませんよ……」
「では別の質問をいたします。カズヤさん、あなたはどこから来たのですか? レイさんはともかく、あなたの魂からこの世界の住民とは全く異なる音も聞こえるのですが」
嘘だろ?
レイがまたなんか企んでいるはずだよな?
チラリとレイを見ると少し焦りの表情が見える。
「なるほど、レイさんは何かご存知のようですね。二人が何をしようとしてるのかわかりませんが、私はあなた方を疑わざるを得ないようですね……」
「どうしたら信じてもらえますか?」
「そうですね……本当のことを言ってもらってもいいのですが、おそらくそれは難しいことなんでしょうね。それならカズヤさんとレイさんが私と戦っていただいて信用できるか判断します。戦いは本音が漏れやすいですからね。ただし、レイさんは能力を使うのはなしですよ?」
セイレーン先輩はレイの方を見て意思を確認する。
「その条件は飲めませんね。戦うのは僕とカズヤとスカーレットとケブの四人でお願いします。人数が増える分、僕は能力だけではなく魔法も一切使いません。剣もそちらで用意してくださるものを使います」
「まぁそこまでいうなら、二人くらい増えても問題ないでしょう。でもスカーレットさんとケブさんはいいのですか? あなた方の命は保証できないかもしれませんよ?」
「その覚悟はすでにできておりますわ」
「指名されなくてもこちらから申し出るつもりでしたしね」
二人はセイレーン先輩の脅しに微塵も引かずに同意する。
「それで、ローレライ。あなたはどうしたいの? もし迷いがあるのならここに残っていなさい」
「―――私はお姉ちゃんともスカーレットちゃんたちとも戦いたくない。でもここで一人で待っているだけなのも……」
「全く……覚悟を決めていないものが戦場にいても邪魔なのがわからないのかしら……まぁいいわ。この際だからその身を持って分からせてあげる。あなたもついてきて戦いを見守りなさい」
やはりセイレーン先輩と戦うことになったか。
レイは剣だけでどこまで戦えるのかわからないが、これまでにない死闘になる覚悟はすでに決めている。
必ずこの戦いでセイレーン先輩に認めてもらい、水のサブリングを発動させてやる。




