二十八 晴れの休日
二年生選抜チームと三年生選抜チームの試合翌日の朝、窓の外を見ると久しぶりに晴れていた。
今日は休日だし、早朝の屋外訓練場には誰もいないだろう。
でも、レイに話したいこともあるし、今日は二人で出かけよう。
レイの部屋のドアをノックすると「――ふぁい……なんだい?」と眠そうな声が返ってくる。
「久しぶりに晴れてるからお前と出かけたいと思ったんだけど、眠いならやめておこうか?」
生徒会の仕事に加え、ケブの特訓と忙しくて睡眠時間をとれてなかったのかもしれない。
「いや? 行くけど、準備をしたいから玄関の外で待っててくれないか?」
しばらく玄関の外で待ってるとレイが出てきた。
大きなバスケットを片手に眠そうな顔をしている。
「大丈夫か? 無理しなくてもいいんだぞ?」
「君から誘われるなんて珍しいし、それを断って気持ちよく二度寝なんてできないよ……」
「悪いことしたな……」
欠伸をしているレイを見て謝る。
「そんなことより話したいことがあるんだろ? どこに行く?」
「以前にお前に教えてもらった岩場だ。今日は晴れてるけど早朝ならまだ人はいないだろう。それより見せたいものがあるんだ」
左手をレイに向けて風魔法の球体でレイを包む。
「へぇ……できるようになったんだ。緑のサブリングのおかげかな?」
「もちろんそれもある。けど昨日の試合でアネモイやクラウン先輩の動きを見てコツを掴んだ」
「今回はノーヒントでやれたわけだ。成長したね」
風の球体の中で寝転びながらレイは言う。
「まぁな、お前よりは上手く動かせないけどこれで送っていくよ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
休日で晴れてはいたが、朝早くだったのでやはり人はいなかった。
適当な場所に腰掛ける。
岩場からは島を一望できた。
この島にきてクレスター邸で初めてみた景色も素晴らしかったけど、ここから見る景色も素晴らしい。
山の青葉は瑞々しく輝き、空はどこまでも青色が広がる。
朝の空気は澄んでいてとても気持ちがいい。
「コーヒーでも持ってくればよかったな……」
「だから僕が持ってきたんじゃないか。女の子を朝から誘うならこれくらい気を使ってほしいもんだ」
バスケットにはコーヒーのボトルと沢山のサンドイッチが入っていた。
レイが用意しただけあってサンドイッチは一つ一つがボリュームがある。
「ごめん……」
二人でコーヒーをすすりながら、サンドイッチを食べる。
「――で、話したいことはなんだい?」
「昨日、現役三年生トップのクラウン先輩と戦ってみて、実力の差が明確になった……」
「それで? 弱音を聞いてもらいたいのかい?」
コーヒーが入ったカップを脇に置いて問う。
「そうじゃねぇよ。クラウン先輩とでこれだけ差があるなら、お前とならどれだけ差があるか戦って体感したくなったんだ」
「そんなことを今やる意味がある? 僕がクラウン先輩よりも圧倒的に強いのは言うまでもなく知ってるだろ? それに術者としてどれだけ差があるかなんて、ペアリングに常時吸収される魔力の量でわかるじゃないか」
レイは首をかしげる。
「確かにお前の言うとおりだ。でも、クラウン先輩との差を体感してしまったがゆえに、それより格上のお前が本当はどのくらい強いのか知ってても、想像ができなくなってきた……」
「今の君では力を出した僕と戦ったら死ぬよ?」
サンドイッチをかじりながら問いかける。
「ここで死ぬ程度なら、秋に会長と勝てないだろ。そしてそれができなければ、会長を倒すであろうお前と互角にはなれない。一瞬でもいい。今、お前との差を体感して夏に徹底的に鍛えたいんだ」
「君の成長速度は僕からみても異常だし、このままいけば夏が終わる頃には会計くらいまでに届き得ると思うけど……それでも無茶をしたいの?」
レイはこちらをジッと見つめる。
「そのペースでは秋に会長に届かないだろ? それとも俺では無理だと言いたいのか?」
「正直、今の君なら無理だね。でも安心したよ。会計に届き得ると言われて喜んでたら、僕とはいつまでも互角になれないからね。ただし、君が戦うのは会長ではない、副会長だ」
副会長って、いつもどこかに出歩いてて事務仕事しないとかレイに言われてた人か?
「なんでこの流れで目標を下げるんだよ?」
「今の副会長は強さだけなら会長と互角だ。それどころか条件が整えば会長よりも強い。目標は下げてないよ」
条件が整えば会長よりも強い――――
「それなら文句はない。お前はあくまで会長を倒したいわけか?」
「それもあるけど副会長とはあまりやりたくない。理由は後々わかるだろう」
なんだその勿体ぶった言い方は……
「とりあえず俺が副会長で、お前が会長だな。で、お前はいつ俺と戦ってくれる?」
「そうだな……水のサブリングを発動させたらかな?」
四つあるうちの最後のサブリングか……
「でも水のサブリングの発動なんて自分の意志でどうこうできないだろ?」
「君はこの三ヶ月で三つのサブリングを発動させてきたけど、偶然その機会があったと思っていたのかい? これらはおそらく英雄宿命に導かれている。そして今のペースなら七月中には水のサブリングを発動させるための試練が訪れるだろう」
英雄の宿命――――
自分で口に出してはいたけれど、俺にも本当に宿命はあるんだな……
「最後の試練で何が発動トリガーになるかわからないけど、これまでで一番辛いものになるだろう。そして、それを乗り越えたら僕に挑む意味が出てくる」
「挑む意味か……とりあえず今は試練が来るの待つしかないわけだな?」
「そうだね。まぁその前に君には期末テストという大きな試練があるだろ?」
期末テスト?
そういえば七月上旬にあったの忘れた……
「二年生選抜チームにいた君が赤点なんてとったら、笑い者だぞ? 今からマンツーマンで教えようか?」
レイが教えれば無理にでも上位の成績を取れるだろう。
でも、これから挑む相手に教えてもらうのはどうなんだ?
「いや、自力でなんとかする…… 魔法関係の科目は必死にやってたおかげで問題はない。残りの科目で赤点を回避すればいいだけだ……」
「――期末テストだけハードルを下げるのはどうかと思うよ?」
「俺にとってはハードルが高いから問題ないんだよ。それより、フォーン通りで買い物でもしてこようぜ。夏服をもってないから買いに行かないといきたいし」
「はいはい。でも僕も新しい夏服がほしいから付き合ってね」
「わかったよ」
その後、フォーン通りで互いの夏服を買いに行った。
途中でフラフラと歩いているケブを見かけ、心配になって声をかけた。
どうやらレイとの特訓で限界を超えて絞られたらしい。
スカーレットが余計なことを言ったから……
レイは「やるからには手加減したら失礼だろう」と言い、何事もなかったような顔をしている。
さて、まだ六月だし、期末テストまで時間はある。
七月には試練は沢山あるが、なんとか乗り越えなければいけない……
今日は久しぶりに晴れた休日ではあったが、俺の心の中には嵐が吹き荒れていた。




