二十 友情の金剛石
扉の先には青と黒のマーブル模様がグニャグニャと揺らめいてる空間が広がっていた。
「ここは分岐し続けてる時間の狭間にある空間。通常は認知することも干渉することもできない。つまり、ここで何をしても僕らの世界には影響しないよ」
何をしても世界には影響しない……
「こんなところで何をするつもりなんですか?」
「妹の友人たちがどの程度のものなのか力試しをするだけだよ。そしてカズヤ君、君は英雄が僕にどのような意思を託した知りたがってたね。僕に刀を抜かせることができたら教えてあげよう」
「マルスさんに剣を抜かせることが条件……」
あれだけ剣を抜くことを嫌がっていたのに自分から条件にすのはなぜだろうか。
「君達が人間と魔族の新しい可能性を見せてくれるなら、血塗られた剣を抜いてもいいと思っている。で、やるのかい?」
「……俺はやりますよ。レイ、ケブ、スカーレット! お前たちはどうする?」
「もちろん、尊敬するマルス様と戦えるのは願ったかなったりだ!」
「レイ様と共に戦えるなんて感激です!」
ケブとスカーレットはそれぞれ臨戦体制に入る。
「――僕は、戦えない……」
レイはうつむき弱々しい声で答える。
「どうしてだよ?」
「マルス兄さんと戦うなら僕は本気を出さないといけない。でもケブとスカーレットに僕の力は見せられない……」
「レイ。僕がカズヤくんと君だけではなく二人も呼んだ意味は分かるよね? 母さんもそれを承知してこの空間に二人を入れることを認めた」
「兄さんこそ分かってるだろ……この力を極めるためには一人で戦い抜かないといけない。前の持ち主もそうだったように……」
左手の黒のリングを見つめながら反論する。
「なるほど……レイは力のために友人たちを見捨てるわけか。それならそこで見ていろ」
「それは……」
「大丈夫だレイ。お前はお前のやるべきことをやればいい。俺たちは決して振り向かない」
レイの肩に手を置く。
「カズヤだけ格好をつけてズルいですわ! 私も前を向いてレイ様のために戦います」
「レイ様のことだから何か事情があるんですよね? 俺たちを信じてください!」
「みんな……」
左手を胸に当てて白のリングと赤のサブリングを発動させる。
小細工でどうにかなる相手ではないし、おそらくマルスさんはそんなものは望んでいない。
光炎を剣に纒わせて、斬りかかるが片手で受け止められる。
「僅か二ヶ月でここまで使いこなすとは驚いたよ。でもこの程度では……」
炎でできた巨大な龍がマルスさんを縛りつける。
「これでも学園ナンバーツーの炎使いですのよ。この程度はできて当然ですわ!」
「へぇ…… 二年生でここまで炎を使いこなすとはやるじゃないか。でも所詮は学生レベル……」
マルスさんが炎の龍がかき消そうとすると、足元から高い岩の壁が四方に出てくる。
「カズヤ! 行け!」
足止めをできたことを確信し、白のリングの力を赤のサブリングに集中させて、剣から光炎のビームを放つ。
収束された高出力の光炎だ。
これなら多少のダメージはあるだろう……
前方の岩の壁を貫通したビームはそのまま後方の壁も貫通して一直線に突き進む。
岩の壁が堕れる。
中から汚れ一つないマルスさんが出てきた。
出力に全力特化してさらに収束した光炎のビームすら効かないのかよ……
「さて……これが君達の全力かい? 怪我をさせたら申し訳ないけど少し攻撃をさせてもらうよ?」
指をカズヤの前に向けると、空中に魔法陣が浮かび上がり、光が集まってくる。
これはヤバい!
ペアリングを通じてレイから壁を作る地魔法を借り、最大出力で発動させる。
マルスさん指先に集まる光はどんどん大きくなる。
だめだ……この程度の壁では突き破られる!
「そろそろいくよ?」
魔法陣から光の砲撃が放たれる。
やられたと思った瞬間、地魔法で硬化したケブが俺の前で仁王立ちしていた。
ケブ肩がえぐり取られていて、俺の壁も貫通している。
俺への直撃はなんとか回避できた。
「馬鹿野郎! なんでこんな無茶を……」
「こうでもしないと攻撃は防げなかったろ? お前がやられたら俺たちは終わりだ。後は任せた」
ケブは気丈に振る舞う。
「スカーレット! あとはケブを頼む……」
「でもあなた一人じゃ……」
「一人じゃないさ。ケブが信じて託してくれた……」
「わかったわ。ケブさんは任せなさい」
「マルスさん、これでおそらく俺の最後の攻撃になります」
「勝算はあるのかい?」
「仲間たちが信じた自分を信じるだけですよ」
「なるほど……それじゃあ、きなよ」
左手を胸に当てて、自分を信じてくれた三人の仲間たちをイメージして想いを練り、心音とシンクロさせる。
リングよ、信じてくれる友を守る力を!
白のリングが強く光る。
光は手のひらに魔法陣を描き、親指に黄色のリング模様を浮かび上がらせる。
すぐに赤と黄のサブリングの力を白のリングに上乗せして身体能力を強化する。
さらに飛び上がり縦に一回転をし、その勢いで斬りかかる。
しかし、それも余裕で受け止められてしまう。
「これで君は最後の攻撃と言ったよね。ではこれで終わらせてもらおう」
再び光の砲撃を放たれる。
もう一か八か、新しいサブリング固有の能力に賭けるしかない。
左手を前に突き出し黄のサブリングに全ての力を集中させる。
すると目の前にダイヤモンドの盾が現れ、光は盾の内部で反射し合い、外に跳ね返される。
「レイ!」
前を向いてただ名前を叫ぶ。
すると後ろから紫色の砲撃がダイヤモンドの壁を貫き、マルスさんに向かい物凄い飛んでいく。
マルスさんは剣を抜き、黒い砲撃を弾き返す。
「やればできるじゃないか、レイ……」
ニッコリと微笑み妹を褒める。
俺はレイの姿を見るために振り向いたりはしない。
おそらく後ろの二人も同じだろう。
「――みんな、もう振り向いていいよ」
そこには恥ずかしそうに微笑むいつものレイがいた。
「カズヤくん、こうなることが分かっててレイの名を叫んだのかい?」
「いいえ。俺が信じるレイの名をただ叫んだだけです。レイはレイのやるべきことがあって攻撃しただけでしょう」
「なるほどね……僕の完敗だよ――――」
マルスさんが手をかざすと三人は光に包まれ、傷がみるみると癒えていく。
「君達ならこれから起きる困難も乗り越えていけるだろう。英雄が、僕が目ざした未来は君達が紡いでいってくれると信じている」
こうして俺たちは大戦終結後、初めて島の守護神マルスさんに剣を抜かせることができた。