ニ ようこそテイルロード島へ
目を覚ますと、見たことのない部屋にいた。
派手さはないが高そうなアンティークの家具が多数置かれていてそこそこのお金持ちが住んでそうな部屋だ。
ドアが開き誰かが入ってくる。
金髪で物腰の柔らかそうな女性だ。
少なくとも日本人には見えない。
「ようやく目覚められたようですね」
「あの……ここはどこですか? そしてあなたは?」
「ここ私の屋敷の一室。私はフレイア・クレスターと申します。このテイルロード島の魔法学園メーティスの理事長と学園長を兼任しております」
「島? 俺は自分の部屋でレイという少女に漆黒の剣で胸を貫かれたあと全身が光に包まれて……」
左手を見ると、薬指に白いリング状の模様がある。
いつもと見慣れない部屋と日本人離れした女性。
聞いたことのない地名。
そして謎のリング跡。
本当に異世界に来たんだなという実感が湧くと同時にこれからのことが不安になる。
「左薬指に白いリング……やはり、あなたは英雄の転生者のようですね……」
「英雄?」
「かつてこの島である悪魔と戦い亡くなった英雄です。彼もまたあなたと同じように異世界からきて薬指に白いリング模様がありました」
「ある悪魔ってもしかして……」
「あなたをこの世界に連れてきた少女の前世です。十六年前に転生して、今は私が育てています」
「彼女は今どこに?」
「自分の部屋で待っています。今呼んできますね」
ドアが開き、フレイアさんと黒髪の少女が入ってくる。
そしていきなり飛びついてきた。
「また会えたね! ようこそ僕の世界へ!」
「紹介します。娘のレイ・クレスターです」
「よろしくね!」
「冬月の顔で抱きつくな! 離れろって……髪と瞳が?」
レイの髪も瞳の色も黒くなっていた。
これでは本当に冬月怜佳に瓜二つである。
そんな彼女に抱きつかれたら、どう対応すればいいのか困ってしまう……
「あのときは力を使ってたからね。普段はこんな感じだよ。それより君の名前を教えてよ」
「春日一矢だ」
「カスガ! 改めてよろしくね!」
レイがニコリと微笑みかける。
「早速聞きたいことがあるんだけど、お前はここが『楽しい時間を過ごし、最後に殺し合う場所』といったな。殺し合うことはどうにか回避できないのか?」
できればせっかく出会えたレイとは殺し合いなんてしたくない。
「無理だね。僕の中の悪魔の魂は何もしなくても来年には完全覚醒するだろう。そうなれば最悪殺されても仕方がないと覚悟はできている。ただ殺されたらそれで終わりというわけでもないんだ……」
「どういうことだ?」
「厄介なことに殺してもまた転生する可能性があるんだ。実際に僕らは転生している」
「それなら悪魔の魂を封印してしまえばいいんじゃないか?」
「先延ばしにするならそれもありかもね。でもそんなに長くは封印できないから長期的には殺すしかなくる。結局は英雄と悪魔の宿命を維持をするために転生させるというシステムになっているんだ」
「他にお前が生き残る方法はないのか?」
殺されるしかないなら、なぜ俺をこの世界に連れてきて殺し合いなんてさせようとするんだ?
「ないことないんだ……でもそれが成功する可能性は一パーセントもないかもしれない……」
「その方法とは?」
「相反する二人の魂が極限までぶつかり合うことで生じるエネルギーを使って、互いの魂に仕組まれたこの転生システムを破壊する。それが『極限の殺し合い』だ。転生システムを破壊し宿命を終わらせたとき、僕らは英雄でも悪魔でもなくなり共に生き残れる」
正直あまり理解できないが、俺はレイのことを知るためにここに来たのだから、このままレイを失うのはごめんだ。
これからのことは不安ではあるが、俺を信じて涙まで流してくれた奴を見捨てれば、きっと後悔するだろう。
傍から見たらこんな提案に乗るのはお人好し過ぎると呆れられるかもしれないけど、お人好し馬鹿と言われるのはどこの世界でも一緒だ。
「何を根拠にそんなことができるか分からないが、希望はあるということだな。でも、お前の母親であるフレイアさんは許すのか?」
「母さんは……」
レイがフレイアさんの方はを見る。
「私は娘の想いは最大限尊重したいと思いますし、もしものときは島のために娘を殺す覚悟もあります。ただ……」
「ただ?」
フレイアさんは心苦しそうな表情を見せる。
「カスガさんのご家族にご理解をいただけるだけの時間を作れませんでした……この点については謝って許されることではありません。ですが、どのような手段を使ってもあなたがご家族の元に帰れるように尽くします」
「お気遣いいただきありがとうございます。でもここにくることを選んだ俺にも責任はありますから……フレイアさんを信じますよ。それにレイのことも――」
フレイアさんにそう言ったあと、チラリとレイの方を見る。
「ありがとう、カスガ……」
「それはそうと、これまで普通の学生だった俺は今後なにをすればいいんだ?」
提案を受けたのはいいが、今のままでは転生システムとかいう仰々しいものの破壊に携われるわけがない。
「英雄の魂を完全に覚醒させ、僕と同等の強さになってもらう。そのために母さんの魔法学園に一緒に通いながら、様々なことを経験してほしい」
なるほど、魔法学園に通って強くなればいいんだな。
ん? 魔法学園に通うって……
「なぁ……俺は十八歳で高校を卒業してるんだぞ? そっちの学園がどういう仕組みなのかしらないが通えるのか?」
「えぇ! 僕より二年も早く転生してたの? 同時に転生してた思ってたけど、そっちはそんな早く転生したのか……どうしよう……」
「いや、どうしようと言われても……」
レイが頭をか変えていると、フレイアさんが口を開いた。
「それなら大丈夫です。カスガさんの本当の年齢を知る者はこの世界にいませんから、こちらで十六歳にしておきます」
「そんなことしていいんですか?」
「どちらにせよ、カスガさんを学園に編入させるために色々してきましたし……あと、理事長特別推薦枠で明日から編入していただきます」
理事長特別推薦枠ってつまりコネなんじゃ……
というか明日からっていきなりだな。
それより今後の生活はどうしよう……
「あの、すごく聞きにくいんですけど……これからの生活はどうすればいいんでしょうか? 住む場所もお金もないんですけど……」
「え? そんなの問題ないよ! ここに住めばいいだけなんだし!」
「いいんですか……フレイアさん?」
無一文で生活するのは流石に厳しいのでそうしてもらえるとありがたいが……
「私たちの都合で連れてきたのですから、それはもちろん大丈夫です。島の者たちもあなたが私たちの家に住んでいるほうが安心できます」
「それもそうですね。何から何まですみません……」
「あと、この世界では私の甥、カスガ・ヴァンと名乗っていただけないでしょうか? ヴァンは私の旧姓です。」
「それは構いませんが、できればカズヤ・ヴァンがいいです。俺の名前はカズヤなので」
「分かりました。カズヤ・ヴァンで手続きをいたします。最後にお願いがあるのですが……異世界からきたことは内密にしていただきたく……」
「英雄が異世界からきたという前列がありますし、そこと結びついて騒ぎになるのも面倒くさいですしね。わかりました」
「ありがとうございます」
「ねぇ、カスガじゃなくて……カズヤ! 見せたいものがあるんだ!」
「見せたいもの?」
レイがカーテンを開けると窓からはこれまで見たことのないような風景が広がっていた。
キラキラと輝く水道が市街地と対岸の島を隔てる。その限られた生活空間にはオモチャ箱の中のように様々な建物が所狭しと並ぶ。
桜が山をピンク色に染め上げ、より島を雰囲気をノスタルジックなものにする。
この箱庭的空間に思わず見惚れてしまった。
「綺麗でしょ? 改めてようこそ、テイルロード島へ! このあと商店街に行かない?」
「この世界のお店をいろいろ見てみたいし案内を頼むよ」
レイと始まる新たな生活――――
英雄と悪魔の宿命を本当に乗り越えるか不安ではある。
それに魔法なんて何もしらない自分が学園生活を無事に送れるのだろうか。
色々と不安はあるが、無様に散った学生生活をもう一度やり直せることに、今は心が高鳴っていた。