十八 島の守護神
クレスター邸に帰り執事にフレイアさんの予定を確認すると、今晩は先約が入っていて遅くまで戻らないらしい。
明日の晩なら空いてるらしいので相談があると伝言を頼んだ。
フレイアさんに相談したところで個別に会えるのだろうかと考えながら廊下を歩いていると、アイビーと遭遇した。
「浮かない顔をしてるようですが、いかがなさいましたか? カズヤ様?」
よそよそしい口調で話しかけてくる。
「二人しかいないときはその口調は、やめてくれよ」
「どこで執事のブリーシンガルさんが見てるか分からないから仕方ないだろ。それに本来はこれが当たり前なんだぞ」
「ところでレイのお兄さんってどんな人か知ってるか」
「学園で歴史の授業受けてたら名前が出てくるだろ。英雄と悪魔の戦いの後に、魔王から島を守り抜いた守護神マルス・クレスターって」
「そ……そうだったな。ど忘れしてたよ」
歴史はとりあえず授業についていけばいいやと思って授業の範囲でしか勉強してなかったんだよね……
「魔法と剣に熱心になるのもいいけど少しは島の歴史を勉強しとけよ」
「はい……」
部屋に戻ったあと、さっそくこの前買った『一から学ぶテイルロード島の歴史』をバラパラとめくり、マルスさんの記述がないか探す。
すると、次のようなことが書いてあった。
創造の英雄は自分の命と引き換えに破壊の悪魔を消滅させ、人間と魔族を恐怖による支配から解放した。
同じ痛みを知った人間と魔族の間には絆が生まれ、英雄の願いもあり、共存を目指すようになる。
しかし、魔王はそれを許さず、島を消滅させようとした。
そのとき、英雄の仲間であったマルス・クレスターは剣を掲げ、魔王が倒され大戦が終結するまで一人で島を守きったのである。
マルスさんは英雄の意思を継いで島を守っていたのか。
それにしても一人で魔王の攻撃を防ぎ切るってどんな力なんだ。
とにかく、フレイアさんに相談しないと話は進まないか……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
翌日、魔法演習の授業が終わって制服に着替えているとケブが嬉しそうに話かけてきた。
「カズヤ! 金曜日にマルス様が三年生の魔法演習の授業の特別講師として呼ばれるらしいな。なんとかして俺もその授業を受けられないかな?」
「流石に無理だろ……来年もきてくれることを祈るしかないな。そもそもなんでそんなマルスさんに憧れてるんだよ」
「魔族と人間のために一人で魔王から島を守って、今もなおこの島の守護神であり続けるとか英雄の中の英雄だろ?」
ケブは目を輝かせて語った。
「英雄のなかの英雄ね……」
俺は一人で島を守りきることなんてできるだろうか。
英雄とはそんなに孤独なんだろうか。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
夜になり昨日、約束していた時間にフレイヤさんの部屋に向かった。
「失礼します」
「どうぞ」
フレイアさんは紅茶を用意して出迎えてくれた。
相変わらず優しい味でホッコリする。
「さて、私に相談とはどのようなことでしょうか?」
「マルスさんが学園にいらっしゃるということで、できれば剣を交えたいと思いお願いにまいりました」
フレイアさんは少しため息をついて言った。
「……またレイがきっかけですね……でも、マルスが剣を抜くのは難しいと思いますよ」
「やはり剣を始めて二ヶ月の俺ではマルスさんに剣を抜かせるのは無理なんでしょうか?」
「そうではありません。マルスは大戦中、強大な力を振るい多くの魔族を殺しました。ですので、人と魔族が共存するこの島で魔族の血に染まった剣を抜きたくないのです」
「英雄の意思を継いで立派に島を守ったのにそこまで後ろめたく思うことですかね? オークの友人ケブなんてマルスさんのことを尊敬してますよ?」
ケブならマルスさんが剣を抜いても全く恐れないどころか、目をキラキラ輝かせるだろう。
「カズヤさん、歴史は必ずしも全てが表にでているわけではありません……マルスはその強さゆえに守っていた島の魔族から恐れられていました。人間側の都合でマルスに滅ぼされてしまうのではないかと。実際に一部の人間たちからは悪魔を生みだした魔族をなぜ滅ぼさないのかとも責められていましたし……」
「人間と魔族の共存のために魔王から守っていたのに……」
「それでもマルスは魔王から守り続けることで人間と魔族の両者から厚い信頼をえるようになりました」
どれだけ責められても人間と魔族を守り続ける。
その姿こそが今の共存を導いたのか。
「それでは個人的にお話する時間はいただけないでしょうか?
マルスさんは英雄からどのように意思を継いだのか聞いてみたいのです」
「わかりました……この島の今後を考えればいつかはカズヤさんとマルスは一度お話はすべきかもしれませんね……いいでしょう。そんなに時間はとれないかもしれませんが調整します」
「ありがとうございます」
こうして、島の守護神マルスさんと話すチャンスを得ることができた。