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英雄の箱庭〜君と共に生きるための物語〜  作者: 松野ユキ
第十章 一月 創造と破壊の彼方
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百 決戦後の朝凪

 目的地のセイントセカンドビーチに着くと、空はまだ暗く星が瞬いていた。風は吹いておらず辺りはとても静かだった。


「日が出るまで時間はまだあるね。せっかくビーチに来たんだし歩こうか?」


「そうだな。それにしても真っ暗だ。やっぱりあのとき着替え直してくるべきだった……」


 慌てて全身黒の防寒具を選んだことを改めて後悔する。 


「仕方ないなぁ……こうかな?」


 レイがこちらに手をかざすと光の衣に包まれる。

 

「――相変わらず器用な奴だな……」


「光魔法使いの父さんと兄さんに鍛えられてるんだよ? 身体が嫌でも覚えるよ。それに君は僕が光の道を歩むことを望んでオドを修復してくれた。その強い想いが僕を導いてくれてるのかもね」


 あとこれは一定時間経過すると消えるよ、と補足した。


 今度は自分を光の衣で包むと、真っ白なコートが淡く光り幻想的な姿になる。


 やっぱりこいつは光の道を突き進むのが似合っているな。たとえ過去にどんな闇があったとしても……


 無邪気に微笑む姿を見てるとあのとき決断してよかったと心から感じる。


「ねぇ……セイントファーストビーチで夕凪を見ながら二人で語ったことは覚えている?」


 レイの表情が突然不安そうになる。


「もちろん。何か聞きたいことでもあるのか?」


「もしこの後、元の世界に帰れるとしたら君は最初に憧れ好きになった女性に会いにいきたい?」


 極限の殺し合いの際中に完璧なるものを受入れた上でレイと高みを目指していたとき、冬月怜佳とうげつれいかは既に過去のものとなっていた。


 ただ、俺を導くために神に造られた彼女が役目を終えた後に幸せに生きているかは気になる。


「もう今の俺にとってはあいつは過去だ。積極的に会いに行くつもりはないし、もし会えても幸せに生きてるならそれでいい」


「そうか……野暮な質問だったね。ごめん……」


「そもそも振られた女に似てるとか最低なことを言った俺が悪いんだ……ごめんな」


 深く頭を下げる。


「そ、そんなつもりじゃ……頭を上げてよ。君の中で決着したならそれでいいんだ」


「そう言ってもらえると助かるよ」



 僅かな沈黙が流れ、ふと海を見ると空が少し明るくなり水平線が識別できるようになっていた。


「これからどんどん景色は変わっていくよ。君がこの世界に来て色々なことが起きたように……」


「ここに来てまだ一年も経ってないんだよな……剣にも魔法にも全く縁がなかった俺が今ではそれらを極めようとしている。それだけじゃない。多くの出会いがあって、みんなが知らない世界を教えてくれた」


 ふと左手の薬指を見るとそこには白のリング跡はもうなかった。


 けれど白のリングと赤、黄、緑、青のサブリングを初めて発動させたときの想いはまだ強く残っている。


「僕の右手薬指のリング跡も消えちゃってる。それでも破壊の悪魔であった過去はこれからも消えないだろうね……」


 レイは右手を見つめて自嘲気味に笑う。


「――どうせこれからも破壊の悪魔の罪を背負って祈り、償っていくつもりだろ?」


「駄目かい?」


「お前には光の魔力を持って前向きに生きてほしいけど、それ俺のエゴだ。ただ、一人全てを背負うな。俺によく言ってることだろ?」


「うん……そうする」


 レイが少し恥ずかしそうに俯きながら答える。


「それと共同墓地で眠ってる犠牲者たちに全てが終わったことを二人で報告しにいこう。そうすれば少しは安らからに眠れるようになるはずだ」


「そうだね。みんなの犠牲が無駄ではなかったことと、託された楽しかった思い出を胸に刻みこんで、島をよりよくしていくことが僕ができる償いと信じたい」


 辛い過去はそう簡単には忘れられないし、忘れてはいけないものもある。それでも少しずつ前向きに生きてくれればレイは光の中を進んでいくだろう。



「しっかり防寒してきたつもりだけど少し寒いな……少し身体を動かすか?」


 胸に手を当てて主神から授かった新たな混沌の神具(しんぐ)を取り出す。

 白と黒の木目調の模様をしたこの剣を英雄の宿命に頼らず自分の力と意志で育てていかなければいけない。 


「付き合うけどあんまり砂浜を荒らしたら駄目だよ?」


「わかってる」


 レイも胸に手を当ててシルクのように光沢のある純白の剣を取り出す。そして胸の中心に柄を持っていくと、まるで祈るかのように数秒静止し、右の肩辺りで剣を構えた。


「さぁ、君も構えなよ」


 数回試し振りをしたあと左肩の辺りで剣を構える。


 無風の海辺は恐ろしいほど静かだった。対峙する二人の間合いは数歩程度。この状態でレイが仕掛けてくるのを待つか? いや、誘った側が仕掛けるのが礼儀ってもんだ!


 軽く砂を蹴り真正面から斬りかかる。レイもそれを分かっていたかのように平然と受ける。


「こいよ。全て受けきってやるぜ」


「本当にそんなこと言っていいのかなぁ?」


 受けた剣を流しニヤリと笑う。


 繰り出される連撃はとても軽やかで踊っているようだった。


 鳴り響く金属音のリズムが心地よいメロディーになっていく。それは互いに心から楽しんで剣を交えているからかもしれない。


 レイの剣を受け続けていたとき、突然真珠色の種が混沌の魔力の中にポチャリと落ちた。すると白黒のマーブル模様の歪な枝が浮かび、また混沌の魔力に飲み込まれていく……


 まさか秩序がない混沌魔力からでも未知のものが創造できるなんて……

 混沌魔力についてはもっと知らないといけないな。


「さて、最後は君からきなよ。僕が受け取めてやる」


「それじゃお言葉に甘えて!」


 大きく跳躍し真っ向から斬り下ろす。

 最初の一撃とは異なりこれは全力の一撃だ。


 静寂の中に大きな金属音が鳴り響く。


「――終わりだな……」


「うん。砂浜がこんなに荒れちゃったから戻しておかないとね」


 二人で地の魔法を使い砂浜を整備する。


「ところでレイ。お前、新しい神具(しんぐ)の名前は決めたのか?」


「うん。『白祈の剣(びゃっきのけん)』かな。そっちは?」


 白い祈りの剣か。

 まぁレイらしいな。

 

「混沌の力が未知過ぎてまだまだ分からないけれど、混沌なる世界から新たなものが創造できることを期待して『混創の剣(こんそうのけん)』と名付けるよ」


「生真面目な君が無秩序な混沌の魔力と向き合って何が生まれるかは確かに楽しみではあるな。魔王ともヴェヌス先輩とも違う君の混沌との付き合い方を期待してるよ」


 定められた宿命は終わったけれど、次は無秩序な混沌の魔力と向き合う日々が始まる。それはとても孤独な戦いになるのかもしれない。でも信じられる自分で在りたいのならば戦い続けて自分自身を納得させるしかないんだ。



「空がかなり明るくなってきたね。そろそろどこかに座ろうか」


 二人は神具(しんぐ)を胸に仕舞い、砂浜に腰を下ろす。


「はい。レモンティー」


「おっ、ありがとう」


 少し身体を動かした後だとレモンティーの酸味と温かさが身体に染みる。


「ふぅ……これで僕たちは悪魔でも英雄でもなくなった。二人の物語に一区切りついたわけだ」


「そうだな。というかこれからやることが多過ぎてようやくスタートライン立てたって感じだな」


 ここからは宿命に縛られることがない未来が待っている。不安なことはあるけれどレイとなら乗り越えていけるだろう。


「あっ! 朝焼けが始まったよ」


 水平線はオレンジ色のグラデーションを形成し、上にいくほど色は薄くなっていくが、途中から薄い紫が混じる。そこに浮かぶ雲たちもに紫やオレンジに染まり、力強く燃えるような光景が広がっていた。


「すげぇ……」


「条件次第ではもっと色んな朝焼けが見れるよ。もっと真っ赤なものとかね。で、朝焼けを見た感想は?」


「以前と違って心に余裕があるから単純に比較はできないけど、とにかく力強くて惹き込まれた。これが始まりの景色であると胸に刻み込みたい」


「そっか……僕もこの景色を忘れない」


 俺たちは日の出までの僅かな時間に他愛もない会話をし、あらためて二人で生き残ったことの喜びを分かちあった。


 そして俺は日が出たらレイに日が出たらあることを伝えようと決心した。


「いよいよ日がでてくるね……」


「なぁレイ。お前は俺に元の世界に帰れるとしたらと聞いたよな」


「その話はもう終わっただろ?」


 レイが不思議そうな顔をしてこちらを見つめる。


「あれとは別の話。というか俺が元の世界でやらないといけないことだ。まずは両親への謝罪。それと今後は異世界で生きていくという別れ」


「――カズヤ……そもそもは君は僕たちの都合でこの世界に連れて来たんだ。まずはこちらから謝罪をさせてほしい……」


「それも分かっている。でも俺がこの世界に行くことを自分で選んだことだと両親に信じてもらいたいんだ。それに……」


「それに?」


 ジッと見つめるレイの視線を逸し、海の方を見ると日は既に昇っていた。


 再びレイと向き合いひと呼吸して宣言する。


「両親に『異世界で結婚して二人でずっと生きていきたい』と伝えたい」


 俺の言葉を聞いたレイは「えっ?」と言って数秒固まる。


「――いきなり結婚という言葉が出てきて僕は色々と言いたいことはあるけど……と、とりあえず「こちらこそよろしく」と僕の気持ちを伝えよう。でもカズヤ。君の言葉だけではご両親から信用されるのは難しい。それも分かってはずだ」


 確かに俺がどれだけ必死に説明しても両親が騙されてると思えば信用してもらえないよな。そんなことも考えられないなんて……


「熱くなり過ぎた。ごめん……そもそも元に世界に帰るための装置ができてないんだよな。まだ時間はある。どうすれば両親に俺たちのことを認めてもらえるか一緒に考えてくれないか?」


「頼まれなくても、君と僕らクレスター家が協力してどんな誠意を見せられるか考えるさ。君のご両親と末永く良好な関係を築けるためにね」


「末永く良好関係って……異なる世界を簡単に行き行きできるのか?」


「白のデバイスがあるだろ? あれを応用した異世界間通信デバイスがようやく完成したらしい。今やり取りできるのは文章だけだけど君と両親は異世界間で近況報告くらいはできると思うよ」


 舐めていた。クレスター家が本気を出してきたらどうなるかということを。おそらくアドルさんとフレイアさんはこの程度では誠意とは思っておらず徹底的に誠意を見せるだろう。そう思うとなんだか自分一人で気負ってたのが馬鹿らしくなってきた。


「せっかく勇気を振り絞って想いを伝えたのなんだか力が抜けてきたよ……」


「でも君が僕とこれからの人生を共に歩みたいと言ってくれたのは本当に嬉しかった……まだ学生だから結婚式は先の話になるだろうけど、やるなら島のみんなに祝福されるような盛大なものにしよう!」


「そのためには多くの人と魔族に信頼されるようにならないとな。とりあえずは目の前ことを頑張るしかないってわけだ」


 立ち上がり、コートについた砂を払ってからレイに手を差し伸べる。


「そうだね。新たな目標ができて僕は燃えてきたよ」


 レイもコートについた砂を払い、俺の手を握り締める。


「さて、アドルさんからの通知もデバイスにないし一度クレスター邸に戻るか?」


「うん。とりあえずお腹が減ったから朝食をしっかり食べたいな!」


「仮眠より朝食とはお前らしいよ……じゃあ行くぞ!」


 俺たち二人は手を握ったまま風魔法でクレスター邸に向かって青い空に飛び立った。


 二人でもがいた先に手に入れた希望を胸に抱いて……

ここまでお読み下さり誠にありがとうございました。

二人の宿命の物語はこれで終わりです。

エピローグでは幸せに向かう二人のその後を書いていきますのでよろしければもう少しだけお付き合いください。

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