十 炎の令嬢
一限目は魔法理論(応用)の授業だった。
子ども向けの教本なんて呼んでいた俺には応用理論なんて当然理解できず、とりあえずノートをとるので精一杯だ。
万が一当てられたと思ったが、運良く当てられることはなかった。
そして、授業間の休み時間にレイは用事があるから席を外すといった矢先に……
「ねぇ、カズヤさん? 少しお話してもいいかしら?」
金髪縦髪ロールのいかにもお嬢様という少女が話しかけてくる。
「フェイ先生が、レイ様とあなたがフレイア様のお屋敷に同居しているとおっしゃってましたけど、本当に従兄妹というだけなんでしょうね?」
やっぱりあの視線は間違いではなかったか……
「それ以外になにがあるんだ?」
「レイ様が男性とあんなに嬉しそうに話すのは初めてなのよ? 私ですらレイ様にあんな笑顔を剝けられたことはなかった……絶対に絶対におかしいですわ……」
私ですらと言われても……
「あの……君の名前は?」
「私の名前はフロント重工社長の娘、スカーレット・ブーゲンビリアですわ。そしてレイ様ファンクラブの会長ですのよ」
「そうなんだ。スカーレットさん、よろしく」
この人がレイのファンクラブ会長なのはともかく、この世界に重工業の会社なんてあるんだ……
「カズヤさんはレイ様に気に入られるということは、さぞ凄い魔法をお使いになられるんでしょうねぇ? ちなみに私は炎魔法に関してはレイ様の次ぐ評価をいただいておりますの」
うわぁ……きたよ……
「そうなんだ……それじゃあ俺なんか足元にも及ばないね。機会があったら炎魔法について教えてほしいな」
いくらペアリングでレイの魔法が使えるからってこういう子を無駄に刺激するのはよろしくない。
「ふーん……何をご謙遜されているのかしら? 噂ではこの学園始まって二人目の理事長特別枠での編入らしいそうで? そんなお方の炎魔法をぜひこのクラスの皆さまにも見せて差し上げたらいかがかしら?」
もう噂に流れてるのか……
「いやいやみんなそんなものに興味はないと思うよ……」
「そうかしら? 皆さま! 理事長特別枠かつフレイアさまの甥であるカズヤ様の炎魔法がみたいですわよね?」
「フレイア様のご親族の炎魔法を見てみたいわ!」
「まさか学園史上二人目の特別推薦枠で編入してきたやつの炎魔法がショボいわけないしな」
「レイ様があんなに親しくされているのだからそれは素晴らしい炎魔法を見せてくれるんでしょうねぇ……」
次々とスカーレットに賛同する声があがる。
俺が顔を真っ青にして固まってると……
「いい加減やめねぇか! 困ってるだろうが!」
二メートルは超えるであろうオークが声をあげた。
「あら、ケブ・テラースさん。私の言うことに何か文句でも?」
スカーレットがケブを睨みつける。
「あぁ……あるね。嫌がってる相手に無理強いされてるのを見過ごすのは英雄になる男のやることではないからな」
「はぁ……体ばかり大きくて地魔法しか使えないあなたがまだ英雄なんて言ってるんですの? それにこの島は平和なのにどうやって英雄なんかになるのかしら?」
「それは……」
ケブが言葉を詰まらせる。
「それに知ってます? 英雄ごっこで妹さんまで陰口を叩かれてますのよ? あなたのやってる偽善行為は家族も不幸にすることもわかってもらいたいものね」
スカーレットがまくしたてる。
「うぅ……」
『実は私の兄は英雄を目ざしているんです』
昨日出会ったオークの少女の言葉を思い出す。
もしかしたらこの少女の兄はケブなのかもしれない、そうでなくても、自分を庇い笑われてる奴を見過ごすことはできない。
「おい……」
「こちらはケブさんとお話してますのよ。邪魔しないでくれます?」
「重工の令嬢か知らないが……お前の挑発に乗ってやるよ。いつ披露すればいいんだ?」
握りしめる左手の小指が熱い。
「ふふっ。そうですわね……放課後に屋外訓練場でというのはどうかしら?」
「わかったよ。行ってやるよ」
「それじゃあ楽しみにしてますわ。さてそろそろ次の授業が始まりますし移動しましょうか」
スカーレットが教室を出ると握りしめた拳をほどく。
「カズヤ! お前なんであんな挑発に乗ったんだ!」
ケブが詰め寄ってくる。
「本当にそうだよね」
いつの間にかレイもその隣にいる。
「あのままやり過ごしてたらどうせレイが裏でなんとかするだろ? それだとあの令嬢は憧れているお前に失望するかもしれない。それに俺を助けてくれたケブが笑い者にされてるのを見過ごしたら、いつ強くなれるんだ?」
「不穏なことをするなと言ったのは君なんだけどねぇ……まぁ、最初に舐められるのは良くないという点では彼女の挑発に乗るのもありかもね」
ケブが口を開く。
「俺のせいですまねぇ……」
「謝るなよ。俺が勝手に挑発に乗っただけだから」
「熱くなるのもいいけどもう次の授業始まるよ?」
残り一分しかないじゃないか!
三人は急いで教室に向かったけど、ギリギリで間に合わなかった。