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異世界へ  作者: 馬子友也
序章 小さな島 アルジャフ
1/69

出会い

たった数人の住む、活気のかの字も存在しない村。

青年ギリー・ティグケットとその父親レザフ・ティグケットはじりじりと照り付ける太陽の下、ただ鋏の音を鳴らし続けていた。

喉がカラカラだ。腹は鳴りやまない。

意識がもうろうとしかける。青年の視界が目の前が真っ暗に閉じていき、平衡感覚が消える。

バフンと音を立て、耕されたふかふかの土の上に倒れこむ。


立たなければ。


「おいおい、大丈夫かあ?」


眼前に兵士の真っ赤な隊服が映る。こちらに寄って来ている。だが、ギリーの平衡感覚はいまだ戻らず。立ち上がれない。


「大丈夫かって、聞いてんだよッ!」

「ぐっ…」


腹部に強い痛みが走る。まだ立ち上がれない。兵士が腕を振り上げた。


咄嗟に大きな影に覆われる。


「やめてく…ウッ」


うめき声を上げながら、父が頽れる。顔に拳を喰らった。


「大丈夫か?ギリー」

「すまんオヤジ。もう大丈夫だ」


ギリーは長く伸びきった黒髪を揺らしながら、ゆっくりとふらつき立ち上がる。


「チッ」


舌打ちをしながら、兵士が遠ざかっていった。

二人が反抗することは出来ない。それは「約束」のため。やり過ごすことしかできないのだ。

薄汚れたボロ着を着たギリーとその父は再び植物たちと向き合い、枝を切り続けていた。



父親譲りの深い黒の瞳を閉じ、ギリーは思いを巡らす。

10年だ。10年間、ずっとこうして生きてきた。兵士に見張られ、ろくな食事も与えられない。この村跡に住まわされ、粗末な小屋と畑を往復し、ただ生きることだけを考えてきた。あの日、船が来てさえいなければ、この小さな島は平和であり続けたはずだったのに。

だがこんなクソみたいな日々ともあと少しでおさらばだ。きっと、きっと大丈夫。


日が沈んでゆく。もうじき今日の作業は終わりだ。

ガンガンと鍋が鳴らされる。


「ほら、飯だ」


二人の兵士が自身らの住処から食料を持ち出し、親子に渡す。

与えられたのはこぶし大のパンとコップ一杯の水。これだけだ。

ドアのない小屋に戻ってパンを小さくちぎり、1かけら1かけらを噛みしめる。空腹に唆され、流し込むように食べるなんてことはあってはならない。


明かりのない小屋は次第に暗さを増す。二人がやっと寝られるだけの小さなその住処は中に何もなく、夜になると底無き洞のような感じがする。手元にあった水とパンは既に消え、寝床につこうとする父を傍目に外に出る。森に囲われたこの村跡には、今はたった2つしか小屋がない。兵士のものと親子のもの。粗末な家屋と畑だけの開けた土地には既に夜の帳が下りていた。ただ一方を除いて。


北東に巨大な石壁が見える。その向こうからは空に明かりが漏れていた。10年前には存在しなかったあの石壁。この島の者たちが作らされたものだ。あの中では今まさに「前夜祭」が行われている。

きっと変な服装をした人間や兵士たちが騒いでいるのだろう。明日はまた「建国記念日」として祭りが行われるはずだ。その日を越えればオレたちは解放される。そういう約束だ。村のみんなは無事だろうか?いや、ここで考えても仕方がない。無事だと信じよう。


小屋に戻り、土の上に倒れこむ。寝床というにはあまりにも粗末な場所。

ギリーは不安から逃れるように強く目を瞑った。

疲労困憊の体が眠りにつくのに、そう時間はかからなかった。



ふと、話し声が聞こえた。兵士どもの声だ。ここは?奴らの小屋か。


「おっ、目を覚ましたぞ」


体が動かない。どうやら座った状態で柱に縛られているようだ。自身らの小屋より一回り大きい兵士らの小屋には、いくつかの食料が積まれ、2本の銃が立てかけられている。双方には所々に傷みが見られる布の布団が置いてある。

見飽きた赤い軍服と軍帽を着た人間が2人。

入口は目の前だが、逃げることは叶いそうもない。


近くにいる太った兵士を睨みつけ、聞く。


「これはどういうことだ?」


ガッと鈍い音が響く。左頬に拳が入った。

黙って相手を見据える。


「いいじゃねえか。話してやれよ。冥土の土産になるかもしれねえ」


奥で入口にもたれる背の高い兵士が口を開く。やっと話ができる。

違う。今おかしなことが聞こえた。


「冥土の土産?どういうことだ?オレたちは明後日には船に乗せられて解放されるはずじゃ…」


太った兵士がへらへら笑いながら口を開いた。


「ああ、その話なんだがな」


背高兵士も歪な笑みを浮かべる。


「へへっ」

「おい、何が言いたい?」

「いや、ただ約束なんて無かったってだけの話だ」


!!

嘘だ。いや、そんな気はしていた。だけど縋るしかなかった。わずかな希望に。

顔から血の気が引き、押し黙ったギリーを見て、兵士たちが声を上げて笑い出す。


追い打ちをかけるように太った兵士は口を開いた。


「すでに我々の望みは達成した。で、お前らは用済みってな」


背高兵士は懐から紙を取り出し、読み上げながら言う。


「『祭りに参加できない代わりに、ここにいるお前らの処分は任せる』との通達だ。てことでだ。お前から血祭りにあげてやる。よかったなあ。これで明日から働かなくてすむぞ」

「ふざけるな!」


再び拳が入る。今度はみぞおち。


「安心しな。あんたのオヤジもすぐにおんなじ目に合うからよ」


続いて顔。体は動かない。

クソだ。こいつら人の皮を被った悪魔だ。何が、なにが「約束を守れば彼らの安否は保証する」だ。約束も、オレ達の命も何一つ守る気なんてなかった。


血走った目で兵士を睨みつけたが、体は動かず何も出来はしない。何度も殴られ、心の中で激しい憎悪を膨らませながらも、揺らめく視界に振り回されていた。

抑えようとしたものがあふれてくる。憎悪を覆いつくすほどの絶望。長い年月を経て、積み重ねてきたものが一瞬で崩れ去るという虚無感。生きることを諦めてしまうほどの。


そんな時だった。奥にいた背高兵士の背後が光り、彼は突然泡を吹いて倒れた。振り返らぬ間に太った兵士の後ろでも同じ光が見え、苦悶の表情を浮かべながらその場に倒れ伏した。


「大丈夫?!」


明るみのある高い声が真っ暗で無骨な小屋の内を照らす。


そこには夜に溶け込むように深い黒のマントに身を包み、兵士よりも一回り背の低い少女が立っていた。


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