フェニックスの雛
3歳の誕生日パーティーを終えた翌日、ユーリオンが目覚めたのは昼に近い時間だった。
「……まだ、頭がぼーっとする……お腹も空いたし、起きよう」
まだ身体にダルさは残っていたが、自堕落にならないように気合を入れる。
ふと卵の事を思い出し、昨日の今日で変わりないとは思うが、視線を向ける。
「……?」
卵は自分で用意した入れ物に、確かに入っている。
「……布が無い」
卵を包んでいた赤い布が無くなっていた。
床を見ても落ちてない。
寝る前に準備した事だし、布は用意してなかったのかもと考える。
改めて魔糸に熱をイメージし、ハンカチくらいの赤い布を作る。
「よし、暖かい」
卵を包んで入れ物に戻すと、食事に向かうのだった。
元の世界だと、エルフの食生活は作品によって違っていた。
肉や魚だけでなく、乳製品なども完全に食べないパターン。
もしくは、制限が無く何でも食べるパターンの2つが多い。
この世界のエルフは一応後者であり、肉や魚も食べられる。
エルフは、五感のうち「視覚、聴覚、嗅覚、味覚」がヒューマンに比べて鋭い。
目が良いからこそ弓が得意で、耳が良いからこそ狩りも得意だ。
そして味覚と嗅覚も鋭いからこそ、肉や魚の血生臭い臭いや味が駄目なのだ。
エルフが菜食主義と勘違いされるのは、この辺りが原因だろう。
前世に比べて僕も五感が鋭くなっており、良い部分はもちろんある。
だが、悪い部分として、前世で食べられたものが食べられなくなった。
牛乳や山羊乳は飲めないし、肉もあまり好きではなくなった。
果物が一番好きな食べ物だったが、この世界の果物は前世に比べると味が負けている。
前世では、人が食べて美味しいと感じるように、長い時間をかけて品種改良されてきた。
食材に関しては、地球と異世界を比較するのは酷だろう。
もう少し成長して自由に行動できるようになれば、この世界の食材で料理も頑張ろうと思う。
そしてパンにジャム、サラダにフルーツと食事を終える。
付き添ってもらいながら図書室へ本を返しに行き、フェニックスについて書かれた本を探す。
幻獣種について詳しく書いてある本は無く、ほとんどが伝説やおとぎ話だった。
いくつか勉強になりそうな本を借りて屋敷へと戻り、次は身体を動かす。
幼い身体で無茶をする気はないが、ある程度は鍛えておきたい。
水で汗を流し、身体を拭いてから自分の部屋へ戻ると、首をかしげてしまう。
「布が無い」
またも卵を包んでいた布が無くなっているのだ。
誰か洗濯する為に持って行ったのだろうかと思い、周囲に尋ねても知らないと言われる。
フェニックスの卵が周囲の魔力を吸収するという話を思い出す。
僕が用意した布は普通の布ではなく、魔力の糸で編んだ特別な布だ。
「君が魔力に変換して吸収したの?」
卵に尋ねるが、もちろん答えは返ってこない。
「ま、いいか」
布を用意するのは、そんなに手間が掛からない。
それにもし吸収しているなら、それは必要な事なのだろう。
正しいかは不明だが、余裕がある時は卵に触り、暖めるように魔力を流す。
卵の側を離れたり、寝る前には魔糸で編んだ布を用意して包む。
そんな日々を半年ほど続けた。
その日もいつも通り、片手で卵に魔力を流しながら本を読んでいると、卵が震えた気がした。
本を閉じて卵に集中し、両手で魔力を流す。
卵が大きく震え、だんだんと周りにヒビが入る。
これはいよいよ産まれるのかと思うと、興奮してくる。
しかし、幻獣種は懐かないという話を思い出す。
念の為、警戒して卵から少し離れる。
そして一周するようにヒビが入ると、卵が一気に燃え上がった。
「か、火事になる!!」
今は自室、つまりは室内である為、火が燃え移るとまずいと思い、焦る。
だが不思議な事に燃えているのは卵だけであり、卵を乗せたテーブルは燃えていない。
部屋の中で火が燃えているのに、その火はとても美しく幻想的に思えた。
火が落ち着いてくると卵は無くなっていて、そこには小さな赤い雛がいた。
「か、可愛い」
僕は攻撃される可能性なんて忘れて雛に近づく。
すると雛は、その小さな瞳をこちらに向ける。
「ピィーー」
警戒させてしまったかと思い、足を止める。
だが雛は、テーブルの端まで、時にふらつきながらも、よちよちと移動する。
ギリギリまで僕の方に近づくと、まるで僕を呼ぶように鳴く。
「ピィーー」
怯えさせないようにゆっくりと、雛に近づく。
両手の平をテーブルに置くと、雛が僕の両手に乗る。
「……暖かい」
幻獣種は懐かないという話だったが、とてもそうは思えない。
今も頭を擦りつけてきたり、嘴で突っついてきて、くすぐったい。
「母様にも見せに行こう」
両手が塞がっていて扉を開けられない為、雛を自分の頭の上に乗せる。
「落ちないようにね」
「ピィー」
まるで僕の言葉が分かるかのように、鳴いた。
頭から落とさないように、注意しながら移動する。
母様の部屋の扉をノックする。
「母様、少しいいですか?」
「……ええ、どうぞ」
「失礼します」
部屋へ入ると、母は座って本を読んでいた。
「どうしたの?」
「あの卵が孵って、この子が産まれました」
僕は頭の上から雛を両手の平に移動し、母に見せる。
「……本当に?」
アメリアはユーリオンが嘘をつくとは考えていなかったが、にわかには信じれなかった。
「はい、卵が燃えて、この子が生まれました」
「……そう、あの卵は本物だったのね」
卵が本物だった事にも驚いたが、目の前でおとなしくしている雛には、更に驚かされる。
フェニックスは幻獣種の中でも、特にその希少性と利用価値が高い。
その為、多くの者から狙われている。
だからこそ、自分を利用しようとする者や、邪な者が側にいる事を絶対に許さない。
幻獣種が産まれながらに知性を持つのは、自分の身を守る為だろう。
「……ここに来るまでに誰かに会った?」
「いえ、産まれてすぐに来たので、誰とも会っていません」
「良かった。なら、その子がフェニックスだという事は、絶対に誰にも言ってはいけません」
「それは、なぜですか?」
「もし知られれば、大勢の者がその子を狙って押し寄せてくるでしょう」
「父やレッドル子爵にも伝えてはならないのですか?」
「誰かに知られれば、その子だけでなく、貴方もとても危険なの」
「……わかりました。でも、この子はどうすれば?」
「……私が貴方に赤い雛をプレゼントした事にします」
「わかりました。あの卵から産まれたのではなく、母様から貰った事にします」
「ピィー」
雛も返事をすると、アメリアをじっと見つめる。
アメリアがそっと雛に手を伸ばすと、雛は暴れず、触れる事を許す。
「……暖かい。それにふわふわね」
「ピィー」
雛は自慢の毛並みを誇るように鳴く。
「明日か明後日までには赤い雛を用意するから、それまでは見つからないようにしてね」
「わかりました」
「ピィー」
アメリアは息子と同じように返事をする雛を見て、本当に知性が高いのだと思った。
「母様、この子の食事はどうすればいいのか知ってますか?」
「……幻獣種は普通の食事も可能だけれど、魔力を吸収できればいいとも聞いた事があるわ」
「なら、もう少し成長するまでは僕の魔力を与えます」
「そうね。それで孵化できたのだし、問題ないと思うわ」
「ありがとうございます。それでは部屋に戻りますね」
「ええ、気をつけてね」
雛を頭の上ではなく、ポケットに入れると、誰にも見つからないように部屋へと戻った。
「今度は卵の入れ物じゃなく、寝る場所を作らないと」
雛が狭さや息苦しさを感じないように、余裕を持ったサイズの箱を用意する。
いつもの赤い布を敷いて暖かくし、その上にふわふわの綿を魔糸で作り、更に暖める。
箱に手を入れると、やや熱い気がしたのだが、雛は気に入ってくれたようだ。
「ピィー! ピィー!」
喜んでいるのが伝わってくるが、他の人に気づかれるとまずい。
「気づかれないように声は小さくね」
「……ピィー」
今度はちゃんと小さく鳴く。
一匹?では淋しいのではないかと、心配になる。
僕は目の前の雛をイメージしながら、同じくらいのサイズの「あみぐるみ」を魔糸で作る。
それを3つ用意すると、箱の中に入れてみる。
「ピィーピィー」
小さな声で鳴き、羽を動かして喜びを表している。
僕は少し疲れたので、寝る事にした。
「もし誰か来たら、見つからないように隠れてね」
「ピィー」
そして仮眠から目覚めて箱の中を見てみると、雛が3匹になっていた。
雛が増えていたのではない、「あみぐるみ」が1つ消えていたのだ。
「………た、食べられた?」
僕は食事として「あみぐるみ」を用意したのではない。
少しでも淋しさを感じないようにと、用意したのだ。
魔力で編んだものだし、雛からすれば、おやつを用意してもらったと思ったのだろうか?
知性があっても意思疎通ができなければ、すれ違いや誤解が生じるのだと学んだ。