フェニックス領への道中2
空き家というよりは、村の集会所のような建物を貸してもらえた。
実際の空き家だと人が住んでいないから、埃や汚れが酷いだろう。
こちらは偶に利用しているからか、一泊するだけなら簡単な掃除で済ませられる。
屋敷の掃除は任せて、僕は建物の裏に行く。
もちろん掃除が面倒で逃げたのではなく、お風呂の用意をする為だ。
いつも通り土魔法で地面を整えつつ、排水用の道と安心安全の壁も作る。
ストレージから湯船や石鹸などのお風呂セットを取り出して、設置する。
ここからがいつもと違う。
簡易的なものだが、付与魔法のおかげでシャワーも用意できた。
最初にタンクにお湯を入れておく必要があるが、蛇口をひねる事で勢いを調整できる。
何か問題があったら困るので、お風呂は最初に利用させてもらう。
洗ってあげようとハクアを呼ぶ。
ニクスは濡れるのを嫌がるので、ハクアだけを洗ってあげる。
ハクアは濡れるのは嫌がらないが、お湯につかるのは苦手なようなので、拭いて上がらせる。
自分もシャワーで汚れを洗い流し、温かい湯船につかる。
見上げれば、まだ夕方になったばかりで星も見えないが、これはこれで悪くない。
そのうち皆で温泉にも行ってみたいなぁ。
簡単には行けないだろうし、今度手作りの入浴剤を作るのも良いかもしれない。
シャワーが問題無い事を確認できたし、タンクに補充してお風呂から上がる。
次に母様、アコと順番に入っていく。
全員使い終わったので、片付ける。
シャワーも好評だったようで、なによりだ。
食料は持参していたのだが、村長達が気を遣って色々持ってきてくれた。
この場合断るのは悪いので、ありがたく貰っておく。
ピエリスに気持ちばかりのお金を渡し、後で村長に届けてもらう。
この場で渡さないのも、あえて間に人を挟むのにも理由がある。
一応は領主としての立場がある。
村長が滞在する領主を接待するのに問題は無いが、領主が直接人前でお金を渡すのは問題だ。
領内には、他にもいくつかの村が存在する。
他の村に、この村を特別扱いで優遇していると思われる可能性があるからだ。
同じ立場であるはずの者が特別扱いされていれば、面白くはないだろう。
なので面倒ではあるが、表面上は接待される事を当然の物として受け入れる。
非公式なものとして、他の者を通してお礼の言葉を伝え、謝礼を渡す。
そんな余裕も無いだろうに沢山の野菜や小麦粉、塩といった調味料まで届けてくれた。
向こうは領主を恐れての行動だろうが、感謝の気持ちでありがたく頂こう。
そんな届けられた物の中に、この世界では初めて目にする『大豆』が含まれていた。
大豆だ。
植物の中では、唯一肉に匹敵するだけのタンパク質を持ち、畑の肉とも言われるあの大豆だ。
発酵させれば味噌や醤油、納豆にもなり、豆腐や油揚げにも加工できるあの大豆だ。
今なら自信を持って言える。
広いだけで、特産品も何も無い領地?
いいや、違う。
大豆があるなら、これだけで戦える!
テンションに身を任せ、領内の畑で大豆を集中的に大量に育てたくなる。
だがそんなことをすれば、連作障害が起きて大変な事になるので、自重する。
王国内で大豆関連の品を見た事が無いので、加工法を知らないのだろう。
『ヤマト』になら在るだろうが、わざわざ自国の技術を他国に広めたりもしていないはずだ。
今すぐに醤油や味噌を作りたくなるが、完成までには時間が掛かる。
ここで作り始めれば、街に向かえなくなるので我慢する。
まずは、大豆をどのくらいまで譲ってもらえるかの確認だ。
大豆だけは絶対に使用しないように伝えて、急いで村長を追う。
大豆の重要性に比べれば、領主の立場なんかどうでもいいレベルだ。
一緒に運んできた者は家に帰ったのか、村長が1人なので都合が良い。
「村長!」
「こ、これは領主様、いかがされましたか?」
村長は急いで追ってきた僕を見て驚く。
何かあったのかと心配なのだろう。
「大豆について聞きたい事があります」
「申し訳ございません! ご不快だったでしょうか?」
「いえ、むしろその逆です。大豆に余裕があるならば、全て買い取りたいのです」
「だ、大豆をですか?」
「普段は大豆をどうしているのですか?」
「他の物と一緒に焼いたり煮たりでしょうか……後は……」
途中で言いよどむが、おそらく家畜の餌に混ぜたりしているのだろう。
家畜の餌に使っていると言えば、貴族に家畜の餌を出した事になる。
「なるほど、それで売る余裕はありますか?」
「ええ、それは構いませんが、本当に買って頂けるのですか?」
「もちろんです。あればあるだけ購入します」
「わ、わかりました。明日までに用意しておきます」
村長は他の者にも伝えると言い、走り去っていった。
村からすれば、お金を得れる貴重な機会なのだろうが、こちらの方が感謝したい。
せっかく大豆が手に入ったのに、すぐに色々作れないのが残念だ。
豆腐を作るのには、「にがり」が必要なので、海に行く必要がある。
フェニックス領から東に向かえば海があるし、ちょっとだけ寄り道しても良いだろうか。
いや、本来の目的は領地の確認なのだし、自分の我が儘で予定を変えるのは……。
海に行けば、今度は別の物も欲しくなりそうだしなぁ。
ユーリオンはどうするか悩みながら、戻るのだった。




