3歳の誕生日の前日
明日、3歳の誕生日を迎える事となり、そのパーティーが開かれる。
前世での幼い頃ならば、自分の好きな食事やケーキ、それにプレゼント。
そして何より、自分が世界の主役となり、皆からお祝いしてもらえる幸せな1日。
誰もががテンションを上げるであろうそんな日を前に、僕のテンションは下がっていた。
理由としては、幼児とはいえ王族の誕生日であり、豪勢に行われるからである。
つまり家族や親しい者が祝ってくれるのではなく、知らない大人達が大勢集まる。
そして祝うという建前で、自分という人間を観察しに来るのだ。
パンダを見に行くのは良いだろうが、逆の立場になりたい者はそういない。
僕自身は何かミスをしても「幼児である」という最強の盾が守ってくれそうだが、親達はそうはいかない。
母であるアメリアが何か嫌味を言われる姿は見たくない。
そうして明日に思いを馳せていると、父である国王ユリウスの使いが来た。
「ユーリオン殿下を王城で待つ国王陛下の元へ案内させて頂きます」
「お願いします」
明日のパーティーの流れに関する最終確認と、他家族への顔合わせの為である。
特に会話をするような事も無く、王城まで護衛兼案内をしてもらう。
そして国王の待つ部屋の前まで来ると、使いの人が扉をノックする。
「ユーリオン殿下をお連れしました」
「入れ」
父の声が聞こえると、使いの人が扉を開けてくれた。
「失礼します」
僕が部屋に入ると、使いの人は、自分は入らず静かに扉を閉じた。
部屋の中には2人の男性がいて、父は書類仕事のような作業をしている。
もう一人の60代くらいに見える執事はそのサポートをしているようだ。
老執事である!!
僕の目指す執事の、もう一つの理想像だ。
老いているようには見えない真っ直ぐな姿勢。
国王の仕事を手伝っている事から分かる優秀さと信頼関係。
きっとこの国一番の執事なのだろうと思うと、今すぐ弟子入りしたい!!
僕は憧れの存在に出会えたようにキラキラした瞳で老執事を見つめていると、父が若干訝しげに声をかけてくる。
「……彼はセバスチャン。長年仕えてくれている執事だ」
セバスチャン!!
名前まで理想的だ!!
僕が内心興奮していると挨拶してくれる。
「初めましてユーリオン殿下。ユリウス陛下の執事をさせて頂いているセバスチャンと申します」
声まで渋くて良い!
「初めましてセバスチャンさん。アメリアの息子のユーリオンです」
僕が興奮を抑えて、なんとか挨拶を返す。
「ユーリオン殿下、私に『さん』のような敬称は不要ですよ」
セバスチャンが優しく微笑みながらウインクする。
だめえぇ!
こんなん好きになっちゃうぅ!!
ユーモアまで完璧だなんて最高だ。
僕はギリギリ自分を抑えて返答する。
「わかりました。それではお言葉に甘えて、僕もセバスチャンと呼ばせて頂きます」
「はい。これからもどうぞ、よろしくお願いいたします」
「セバスチャン、アリアノール達を呼んできてくれ」
「畏まりました」
セバスチャンが部屋を出ていく。
「そこに座ってくれ。アリアノール達が来るまでの時間で、明日の段取りを確認しておこうか」
「はい、わかりました」
「まあ、難しい事をするわけじゃない」
「僕がするのは簡単な挨拶だけなんですよね?」
「挨拶といってもスピーチのような長さは不要だ。
簡単な自己紹介に参加してくれた事への礼の言葉、最後に挨拶で閉めれば問題ない」
言葉にするのは簡単だが、それは3歳の子にやらせるものだろうか。
それも、内容は自分で考えなければならない。
「わかりました。 明日までに考えておきます」
「まあ、失敗してもフォローするから気楽にな」
そうして話していると、ノックの音がした。
セバスチャンが戻ってきたのだろう。
「アリアノール様達をお連れしました」
「入ってくれ」
そして今回が初対面となる別の家族がやってきた。
僕の立場が一番低いので、僕は立ち上がり挨拶をする。
「初めまして。アメリアの息子のユーリオンと申します」
アリアノールは王妃であるだけあって美人だ。
腰まで伸びた長い金髪に強気な瞳で、今は不機嫌そうな表情をしている。
子供たちも両親に似て、皆美形であった。
アーサーもルシウスも髪は短めだ。
アーサーは少しくせっ毛で生真面目そうな表情、ルシウスは堅めの毛で勝気そうな顔だ。
シャルロットは、肩まで伸びた金髪の毛先がふわっとしており、くせ毛のようだ。
キツめの顔立ちの母に似ず、表情は柔らかく愛されそうな美少女だ。
挨拶しただけなのに、アリアノールは、こちらを睨んでくる。
……なるほど、母アメリアだけでなく、息子である僕も駄目らしい。
こういうタイプは極力顔を合わせず、関わらないようにした方がお互いの為になりそうだ。
一応は家族なのに、これまで顔合わせすらなかった理由が何となく分かった。
赤子の身では、悪意から逃げれないからだと考えてしまうのは、深読みしすぎだろうか。
「ふーん、白っぽい髪に赤い目。ウサギみたいなやつだな」
「父上の前だぞ。やめろ」
「あら、あたしはウサギは大好きよ。可愛いじゃない♪」
最初の発言が次男のルシウス、止めたのが長男のアーサー。
フォロー?してくれたのが長女のシャルロットだ。
皆の父であるユリウスが軽くため息をつきながら言う。
「ユーリオン、皆を紹介する。第一王妃であるアリアノール。
その長男で9歳のアーサー、次男で8歳のルシウス、長女で6歳のシャルロットだ。
お前たちも挨拶くらいしなさい」
アリアノールは相変わらずの不機嫌面で挨拶すらない。
でも、その子供は挨拶を返してくれた。
「……アーサーだ。今後は顔を合わせる事もあるだろう」
こちらを観察するような視線だが、敵意は無さそうだ。
「ルシウスだ。よろしくしてやっても良いが、立場はわきまえろよ」
挑発するような言い方だが、この年頃の子供なら、こんなものだろうか。
母であるアリアノールから何か言われていて、そのまま受けとっているのかな。
「あたしがシャルロットよ。あたし、ホントは妹が欲しかったのだけれど。
あなたは可愛いし、うん、弟でも満足してあげる♪ これからはお姉ちゃんと呼びなさい!」
我が儘そうな印象だが、4人の中で一番好意的で、仲良くできるかもしれない。
「はい、皆様宜しくお願いいたします」
そして家族にしては簡単な顔合わせと、明日の段取りが終了すると、僕は退室する。
護衛と廊下を歩いていると、追ってきたのか、次男のルシウスが声をかけてきた。
「ちょっと待てよ。明日の挨拶の事だが、芸の準備はできているのか?」
「……芸ですか?」
一発芸をしなければならないなんて悪ノリ聞いていない。
「あー、やっぱり聞かされていないのか。たぶんお前が幼いから免除されたんだろう。
本来ならパーティーに参加した奴らの為に、何か芸をするのは王族としての務めだ」
仮にもホストである王族が、ゲストの為に芸など、するものだろうか?
だが、王族の務めと言われてしまうと、否定できず、そういうものかと思ってしまう。
自分が幼いからと務めを免除されてしまえば、母が何か言われてしまうかもしれない。
「教えてくれてありがとうございます。明日までに何か考えておきます」
「おう、頑張れよ!」
僕は何かあるかと考えながら屋敷へ戻る。
その後ろ姿を見ながら笑いをこらえているルシウスの姿には、誰も気づかなかった。