サイドストーリー/アナスタシア
side:アナスタシア
これはユーリオンと聖女マリアの婚約が、正式に発表された直後のお話。
私は今、生まれて初めて本当に怒っています。
お父様が約束を破った時も、お爺様が嫌な頼み事をしてくる時も、不満に思った事はあります。
ですが、こんなにも感情が荒れるのは初めての事です。
淑女たるもの、怒りを表に出すなど、良い事ではありません。
常に美しく、そして優雅に微笑んでいるのが理想とされています。
それでも今は、我慢できません。
馬の鳴き声が聞こえたので、窓の外を確認します。
ようやく、お爺様が来たようです。
自室の扉を叩く音が聞こえ、お爺様を通すと、部屋には2人だけになります。
私は椅子に座ると、立っているお爺様にも座るようにお願いします。
「お爺様、まずは座ってください」
「……え、椅子が1つしか、無いんだが……」
「お爺様、座ってください」
「………」
私が再度笑顔で告げると、お爺様が床に胡坐で座ります。
「お爺様、正座で座ってください」
「いや、私が床に座るだけでもおかしいのに、正座って……」
「せ・い・ざ」
「………」
お爺様が正座になります。
これで話をする態勢が整いました。
「私が怒っている理由が分かりますよね?」
「……老人に対する労りの気持ちは、淑女以前に人として大切だと思うんだが……」
「話を逸らさないでください。お婆様にお爺様が隠している秘密を話しますよ?」
お爺様が冷や汗を流し始めます。
目に見えて冷静じゃなくなりました。
第一、年寄り扱いが嫌で若作りをし、一人称だって『私』を使っているくせに、
都合の良い時だけ老人ぶるのは許しません。
「……ユーリオン殿下の婚約の件」
「そうです。どういう事ですか?」
「いや、さすがに神託で選ばれるなんて、予想外すぎて」
「お爺様が、私とユーリ君の婚約の件に対して消極的だったから、こんな事になったんです!」
あれから何度か、お茶会を開いたりして、あだ名で呼び合う程仲良くなりました。
流石に公の場では控えますが、ユーリ君と呼ぶ事を許して貰えたし、私はアナと呼んでもらえます。
ユーリ君から私に対して、特別な好意は感じれませんが、少なくとも嫌われてはいません。
婚約の話が上がっても、上手くいくはずだったのに………。
「………すまない」
お爺様が謝罪の言葉を口にした事で、結果は変わらずとも、少しは気持ちが晴れます。
「今更どうこうできる話では無いですし、謝罪の言葉も聞けたので、もういいです」
ため息をつくと、お爺様が足を楽にしようとします。
「あ、正座は続けてください」
「………」
お爺様がとても悲しそうな顔をしますが、簡単には許しません。
いくら文句を言って、謝罪を聞いた所で、現実は何も変わらないのです。
なら、今後について話し合う方が健全的であり、有意義です。
「本当に残念な事に、もう1番にはなれません。聖女様相手では、分が悪すぎますしね」
「ユーリオン殿下に領地を与える話が出ている」
「……国元から遠ざけるという事ですか?」
「そういう意味合いが全く無いとは言えないが、少なくとも、それだけではない。
与えられる領地はブロブレム領だ。もっとも、ユーリオン殿下に合わせて、名を変えるらしいが」
ブロブレム領と聞いて、大人達の思惑を予想すると、納得できます。
確かに今ならば、これほど領主に相応しい人物はいないと思えます。
「政治的な意味で領主に相応しいのは分かりますが、上手く経営できるのでしょうか」
「ユーリオン殿下は優秀ではあるが、領主というのは別の才能が要求される。
こればかりは、やってみない事には分からんな」
今すぐ領主になるという話では無いでしょうが、学ぶ事が増えるのは大変でしょうね。
「ユーリ君なら、きっと立派な領主になれますわ」
「上手く経営できれば良い立地なのだが、あそこは目立った物が無いからな。
王都からは離れる事になるし、最悪の事を考えると、安全な場所でもない」
問題のある場所に置かれる事になるので、危険が無いとは言えませんね。
危険があっても、私はユーリ君の所へ行きたいですが。
「なら私は将来の事を考え、ブロブレム領と、その周辺について勉強しておきますわ」
「第二夫人の座でも良いのか?」
「公的な場で2番目だとしても、私的な場では1番を目指すだけです」
お爺様がフッと微笑むと、立ち上がろうとします。
「もう少し正座は続けてください」
「……お前の厳しい所は、本当に祖母似だな」
「あら、それなら夫を支えられる良い妻になれますわね」
「……口の減らない所もそっくりだ」
お爺様がプルプルと震えるまで、正座は続けてもらいました。
これで消極的だった事を反省してもらえたと思います。




