蜘蛛の幻獣種
母様達に合流する為、服屋の方へ向かっていると、広場の方に人が大勢集まっていた。
「人が多いね」
「何か見世物でも、やっているのでしょうか」
「少し見てみない?」
「良いですけど、人ごみの中は危険なので、少し離れて見ましょう」
「分かった」
確かに人ごみの中に入ると、スリや暗殺も警戒する必要がある。
警戒しながらでは楽しめないので、それなら離れて見た方が良い。
しかし、1つ問題があった。
いくら目が良いエルフでも、高さという壁は乗り越えられなかった。
身長が107㎝しかない僕では、見物人の背中しか見えない。
どこか登れる木か、何かがないかと周囲を見渡していると、ピエリスが、しゃがんで背を向ける。
「ユーリオン様、宜しければどうぞ」
「……ありがとう」
ピエリスが肩車をしてくれた。
前世の幼い頃、父が肩車してくれた事を思い出した。
懐かしさから、ふと涙が流れそうになる。
確かあの時、動物園に来ていたのに人が多いせいで、ぜんぜん見えなかったのだ。
父が肩車してくれたおかげで、見たかった動物が見れたのも嬉しかった。
でも、それ以上に嬉しかったのは、普段とは違う高さから見える景色。
そして、普段は忙しい父と思い出が作れた事が何より嬉しかった。
「どうしました?」
「いや、ちょっと目にゴミが入っただけ」
ピエリスが肩車してくれたおかげで、何をしているのかが見えた。
どうやら、珍しい動物や魔獣を見せて、紹介しているようだ。
客の1人がお金を渡しているので、気に入れば購入もできるらしい。
(……けて……い……)
「ピエリス、何か言った?」
「いえ、何も。これだけ人が集まっているので、耳が良い俺達では喧しく感じますね」
確かに少し、うるさいくらいには感じる。
でも先ほどの声は、近くから聞こえた気がしたのだ。
(……怖い……だ……助け……)
(君はだれ? どこにいるの?)
(……声? 助けて……怖い怖い……ここは嫌)
気持ちが伝わってくるだけで、会話にならない。
おそらく、見世物にされている誰かだと思う。
「さあ、本日のメインは何と、あの伝説の幻獣種です!
一目見れただけでも幸運。もし自分のものにできれば、一生自慢できる事でしょう!!」
幻獣種と聞いて、周囲から凄い歓声が上がった。
あまりの客の盛り上がりに、耳が痛くなってくる。
「うるさすぎますね。離れましょうか」
「ごめん、少し待って」
「幻獣種が気になりますか?」
「うん、もう少しだけ」
助けを求めているのは幻獣種かもしれない。
耳は痛いが、ここで知らんぷりはできない。
「この檻から出す事はできませんが、近くに来て見るのは構いません!
どうぞどうぞ、遠慮せず見てください!」
前の方にいた観客が司会の男に近づき、その手に持つ檻を確認する。
なぜか、落胆し帰っていく。
他にも何人か確認するが、文句を言うか、興味が失せたように帰っていく者ばかりだ。
「……みんな帰っていくね」
「偽物だったんじゃないですか?」
「一般の人が一目見て、偽物と分かるかな?」
「確かにそうですね……そうなると、おそらく」
人だかりも減ってきたので、ピエリスの肩から降ろしてもらう。
僕達も確認させてもらうと、檻の中には、白くて小さく、赤い目をした蜘蛛がいた。
「やっぱりそうか」
「ピエリス、皆の興味が無くなった理由が分かるの?」
「これは幻獣種のアラクネ、その幼体ですね」
アラクネ……前世で聞いた事があった気がするが、何だったかな?
フェニックスやドラゴンくらい有名であれば、すぐに思い出せるのだが。
「蜘蛛だから、みんな離れていったの?」
「いえ、アラクネは幻獣種の中でも、特に特殊なんです。
基本的に雌雄も無く、増えないのが幻獣種ですが、アラクネは違います。
アラクネは育つと卵を産むようになり、100以上産まれます」
幻獣種の中にも、そんなに増える個体がいるとは。
アラクネは珍しくないので、みんな興味を失ったのだろうか?
「幻獣種だけど、アラクネは特に珍しくないって事?」
「卵を産めるほどの個体ならば、珍しいというか、もし出会えば、よほどの事が無ければ死にます。
アラクネの幼体は数が多いですが、かなり弱いので、成長する前にほとんど死にますね。
昔、アラクネの特性に目をつけた貴族が、戦力にしようと、幼体から育てた事がありました。
その貴族は成長したアラクネに殺され、領地もかなり荒れたそうです」
……なるほど。
誰も興味を示さなかったのは、それほど珍しくもないという事もあるが、
成長するまで世話しても、殺される危険があるのが大きいのだろう。
「そんな危険なアラクネの子供を、檻に入れて連れてきたりして、大丈夫なの?」
「アラクネは卵を産みますが、自分の子に興味を示さず、そのまま放置します。
兄弟同士でもエサを巡って争い、共喰いもするので、仲間意識は無いそうです」
フェニックスを知っているだけに、アラクネの生態には驚かされる。
鳥型と虫型の違いなのだろうか。
考え込んでいると、購入を悩んでいると思われたのか、司会の男に声をかけられる。
「坊ちゃん、どうです、興味があるなら、ペットに買っていきませんか?」
(助けて……助けて……ここは嫌……)
助けを求められているのだし、買った後は逃がしてあげればいいか。
「……いくらなんですか?」
「ユーリオン様、買うのですか? 流石に危険すぎますよ!」
「金貨1枚でどうです?」
僕とピエリスの関係を察したのだろう。
ピエリスが止める前に売ってしまおうと、すぐに交渉に入る。
金貨1枚で10万円くらいの価値がある。
僕個人で払う事は可能だが、相場が分からない。
「ピエリス、どうなの?」
「……はぁ。そんなに欲しいのならば、幼体で良いなら俺が捕まえてきますよ」
「そう、ならここで買う必要は無いね」
「ま、待ってください! 高いというなら、銀貨5枚でどうです?」
いきなり、半額になった。
この様子だと、全く売れる気配が無かったのだろう。
売れないのに、エサ代はかかるので、早く売ってしまいたいようだ。
「いえ、ピエリスが捕まえてくれるので」
「銀貨3枚ならどうですか?」
「ピエリス、どう?」
「まあ、捕まえる手間暇を考えれば、せいぜい銀貨1枚ですかね」
最初の金貨1枚は、かなり、ぼったくろうと、していたようだ。
「そ、それでは儲けが」
「話は変わるが、テイマーズギルドの許可は貰っているのか?」
「!?」
「あまり時間をかけない方が良いのでは?」
「……銀貨1枚で良いです」
僕が支払いをしようと財布を取り出すと、ピエリスが待ったをかける。
「ユーリオン様、このアラクネ弱っています。
売れないのにエサ代はかかると、良い扱いをされていなかったようですね。
これなら、やはり俺が捕まえてきた方が」
「わ、わかりました! もう小銀貨7枚で良いので、持ってってください!」
僕は小銀貨7枚を渡し、檻に入ったまま受け取る。
(もう少しだけ待ってね。街の外に出たら、逃がしてあげるからね)
(……助けてくれて、ありがとう。お腹空いた)
「ピエリス、アラクネの幼体って何を食べるの?」
「小さな虫や生物の死体など、雑食だったかと」
近くにあった屋台で、串焼きを1本買う。
熱いのが大丈夫か分からないので、少し冷ましてから檻の中に入れる。
(これ食べられる?)
(ごちそう 食べていいの?)
(うん、全部食べて良いからね)
(ありがとう)
揺れながらでは食べづらいだろうと、ベンチに座って食べ終わるのを待つ。
ピエリスが飲み物を買ってきてくれたので、ゆっくりと飲む。
「ユーリオン様、アラクネを育てるのですか?」
「いや、街の外で逃がしてあげようかと」
「では、なぜ買ったのですか?」
「……助けてって声が、聞こえた気がしたんだ」
「その生き方は、いらぬ苦労を背負いますよ」
「その時は助けてほしいな」
「分かりました。俺がユーリオン様の助けになります」
「ありがとう」
ピエリスには、いつも気苦労をかけてしまう。
だから、ピエリスが困った時には、僕が力になろうと思う。
(お腹いっぱい もう食べられない 寝る)
蜘蛛の体積の倍はあった量なのに、全部食べていた事に驚く。
この小さな身体のどこに入っていったのか。
蜘蛛も満足したようなので、今度こそ母様達のいる服屋へ向かう。
別れてから、3時間くらいは経過してそうだし、待ちくたびれているかも。




