家名の仮決定
屋敷へ戻ると、自分の部屋で借りてきた本を読む事にする。
部屋の中では、ニクスが寛いでいた。
今日は出かけていないようだ。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「また本を借りてきたの? ユーリオンは本当に本が好きね」
「確かに本は好きだけど、今回は資料って感じかな」
「なんの資料?」
「歴史に名を遺した貴族の本。貴族名鑑があれば、一番良いんだけどね」
「そっちはなかったの?」
貴族制の国家には、自国に存在する貴族の名を記した『貴族名鑑』という物がある。
これは国のトップが管理するもので、王の配偶者であろうと、簡単には閲覧すらできない。
『貴族名鑑』は、それだけ重要な存在なのだ。
貴族の家に生まれた子供が、全員貴族となるわけではない。
『貴族名鑑』に名前が記される事で、初めて貴族として、国に認められるのだ。
だから、『貴族名鑑』に名前が記されるまでは、上位貴族の子であろうと、貴族では無い。
「いや、最重要機密でもあるし、閲覧すら、できないんだ」
「そうなのね。なんでまた、そんな本を?」
「自分の家名を決めなきゃいけないんだ。それで、参考にしようかと」
「人種は面倒くさいわね。名前なんて、区別して、相手を認識する為にあるのに」
「まぁ、面倒くさいという意見には、同意かな」
僕はニクスと喋りながらも着替えを済ませ、楽な格好になる。
お茶の用意をするけど、ニクスも飲む?
「私、猫舌だから、ぬるめでお願い♪」
「……いや、猫舌って……」
「やーねぇ、フェニックスジョークよ。面白かった?」
「面白さよりも、疑問の方が強かったよ」
鳥に猫舌は存在するのか。
そもそも、フェニックスなんだから、熱さには無敵だろうに。
「うーん、次はもっと、分かりやすいモノにするわ」
「じゃあ、普通に用意してくるよ」
「はーい」
厨房の方へ向かうと、アイリスがお茶の用意をしていた。
「あ、ユーリオン様。どうしました?」
「これから本を読むから、お茶の用意をしようかと」
「もう、そういうのは屋敷の者にやらせてくださいって、いつも言ってるじゃないですか」
「……はい」
「これをアメリア様の元へ持っていったら、すぐに用意しますので、部屋でお待ちください」
「分かったよ。ニクスの分と併せて、2人分お願い」
「かしこまりました」
お茶の用意くらい自分でできるが、周囲から仕事を奪うのも良くない。
僕だって執事として働いていたとして、主が何でも自分でやってしまうのでは、居心地が悪い。
ここは大人しく部屋へと戻ろう。
アイリスは、ユーリオンの言葉に疑問を挟まず、了承した。
不思議に思っても表情には出さない、まさに1流の仕事ぶりである。
だが、内心では『ニクス、お茶飲むんだ?』と、自分の知識には無い行動に、かなり困惑していた。
「あら、お茶は?」
「アイリスが用意してくれるって」
「自分で用意した方が早いのに、人は本当に面倒な生き物ね」
ニクスの言う通りな部分もあるが、好意に甘えるのも大事な事だ。
アイリスが直ぐに持ってきてくれたので、あまり待った感じはしない。
お茶請けに焼き菓子も用意してくれた。
「夕飯が食べられなくなると困りますから、ちょっとだけですよ」
「ありがとう」
「では、失礼いたします。何かあれば、私でなくても、遠慮なく呼んでくださいね」
「分かったよ」
お茶の入ったカップは当然、人用の物だ。
ニクスがお茶を飲みづらそうにしているのが気になる。
「ねえ、ニクス。お茶の熱さは大丈夫なんだよね?」
「さっきのはジョークって言ったでしょ。ただ、嘴が濡れるのは、気になるのよねぇ」
「ちょっと待ってて」
部屋に置いてある鉄を錬金術で加工する。
何かあった時用にと、鉄類は部屋にストックしてあるのだ。
僕が作ったのは、鉄で出来た短めのストローだ。
流石にプラスチックは無いので、鉄で代用する。
普通のティーカップに鉄のストローというビジュアルが気になる。
それに、鉄ではティーカップを傷つけてしまうか。
ニクスが飲みやすいようにカップ、というより水筒に近い形で用意する。
「今度、お茶用の物をニクス専用で作るよ。今日はこれで我慢して」
「……その錬金術のスキル本当に便利ね。ありがとう、凄く飲みやすくなったわ」
普通なら、熱いお茶をストローで飲むなど、危険行為だ。
だが、ニクスなら問題無さそうだ。
本を読んでいると、興味を惹かれる話があった。
昔の貴族が箔を付ける為、家名に幻獣種の名を使った。
その結果、使われた幻獣種の怒りを買い、大きな被害を生んだそうだ
「幻獣種の名を家名に使うのは駄目なんだね」
「ユーリオンだって、自分の名前を勝手に使われて、好き勝手されたら怒るでしょ?」
「……確かにニクスの言う通りだ」
「気にしない奴もいるだろうし、それぞれでしょ」
「特に思いつかないから、幻獣種の名を借りようと思ったんだけど、危険そうだね」
「あら、ユーリオンなら、フェニックスの名を使っても良いわよ」
「いいの? いや、でも、僕だけの話でなく、僕の家族や領地の名にもなるんだよ」
「まぁ、ユーリオンの子や、領民を気に入るかは分からないけど、
フェニックスの名に恥じない限りは見守ってあげるわ」
ニクスが名を使う事を許してくれた。
これから再生する土地なんだし、フェニックスの名は縁起も良い。
「ユーリオン・フェニックスかぁ、良い響きだし、何より、しっくりくる」
「そうね、私たちの絆を感じる良い名前じゃない♪」
「そうだね、ちょっと照れくさいけど、ニクスとの絆が形として残るのは、僕も嬉しいや」
「じゃあ、これで決定ね!」
「一応母様にも相談してみるけど、僕もこれが良いな」
この後、母様に相談すると、良い名前だと褒められた。
ただ、フェニックスの名を使うと、悪目立ちするのではと心配された。
確かにニクスの正体を隠しているのに、目立つのは危険かもしれない。
でも、ニクスも喜んでくれたし、ダンジョンへ行った事で強くなった。
過信するつもりは無いが、自衛くらいはできる。
母様にお願いすると、渋々といった感じではあるが、納得してくれた。
後は父が了承すれば、正式な家名として決定される。
母様は、フェニックス本人から、名を使う事の許可を貰ったと言えば、信じてくれる。
しかし、ニクスの正体を知らない父からすれば、幻獣種の名を使う事を危険視されそうだ。
次に会う時までに、説得する方法を考えておこう。




