56 ワイ、過去を見たンゴ
土下座していたロシェルが顔を上げ、父であるエルフ王に顔を向ける。
「父上、上級記録魔道具のご用意を。
スキルを使います。」
「それは……! ……分かった。それが誠意であろう。」
エルフ王が何やら驚く。
ミネルヴァのこともあるし――
「もしかして、何かデメリットがあるスキルですか?」
「はい。
ですが、まずは上級記録魔道具を用意しましょう。」
「うむ。誰ぞ、持ってまいれ。」
エルフが数人で部屋を出ていくと、少しして、3人がかりでバスケットボールほどもある水晶玉を持ってきた。
「……これは?」
「これが上級記録魔道具だ。
記録魔道具には、上級と下級があって、普通は単に『記録魔道具』といったら下級を指す。その効果は、周囲の音を記録し、任意のタイミングで何度でも再生するというものだ。
それに対して、上級記録魔道具は、音だけでなく風景も記録する。」
なんだ、ビデオカメラか。
スマホでもできる事だが……と比べると、こんなデカい水晶玉を使わないといけないなんて、大変だな。やっぱり前世の世界の技術力はすごいンゴ。
「では、始めましょう。父上。」
「うむ。」
エルフ王が水晶玉に触れると、水晶玉が淡く光った。
「これで記録が開始された。
では、ロシェル。」
「はい、父上。
今から、私のスキルを使います。私のスキルは『過去の映像を上映する』という効果がありますが、時間を遡るために精霊に大変な負担をかけてしまいます。
従って、このスキルを使うと精霊から嫌われ、二度と魔法を使えなくなります。エルフが魔法を失ったら、身体能力では人間を下回り、とりえも何もない小娘のできあがりです。ですが、犯した罪を償うには、これぐらいの罰は受けるべきでしょう。」
エルフは人間よりも弓矢が得意。ドワーフが鍛冶を得意とするのと同じだ。何のとりえもないとは言いすぎだが、エルフの中で生きるエルフとしては、弓矢なんてできて当然なのだろう。人間が「歩ける」「しゃべれる」という程度のことができても「それが取り柄だ」とは言わないのと同じ。
「スキル発動――上映開始。」
部屋の壁に映像が映し出される。
知らない男2人いて、片方が拳を握ってテーブルをたたいた。
『くそっ……! またも先を行かれたか! 今度は『エルフの盟友』だと!?』
「誰じゃ、あれは?」
ドワーフ王が言う。
その問いに、ミネルヴァの父が答えた。
「テーブルをたたいた男は、ミュトスじゃな。」
「ああ、私たちの街の領主ですね。」
エレナが言う。
直後、ぽんと手を打って、エレナの父が口を開いた。
「あのもう1人の男、誰かと思ったら、ソナーピークじゃねえか。
暗殺ギルドみたいなことやってる組織のボスだ。」
テーブルを叩いたまま、しばらくじっとしていたミュトスが顔を上げる。
『奴の価値が高くなりすぎてしまった……!
こうなったら、もう暗殺するしか手がないな。』
そしてミュトスが、ソナーピークのほうを向く。
『……というわけで、暗殺だ。
ソナーピークよ、できるな?』
ソナーピークは肩をすくめて、
『まあ、何とかするしかねぇでしょうな。』
答えて部屋を出ていく。
その後を追って視点が移動していく――
『とりあえず……うーん……セカンドに手が届きそうな奴がいるとしたら、一番は奴の嫁か。
……となると、新しい嫁を用意して……。
……ならば、不自然さはないはずだ。あとは、そのエルフ王女をどうやって脅すか……。』
ぶつぶつ言いながら、やがてソナーピークは、どこか別の建物の部屋に入った。
そこにまた知らない男が入ってくる。
『エルフ王に毒を盛るぞ。
まずは王宮に出入りしている奴を脅すんだ。できるな?』
『エルフ王にですかぃ? こりゃデカいヤマだ。張り切ってやりますぜ。』
今度は視点がその引き受けた男を追って移動する。
男は仲間とみられる連中にブリーフィングして、やがてエルフの王宮に出入りしているローランという人物を、子供を誘拐して脅した。
視点はローランを追い、ローランが受け取ったものをエルフ王の料理に混ぜる映像が流れる。
「なるほど。あれは食べ合わせで猛毒になるやつだ。
ペースト状にされたら分からないな。」
エルフ王が感心している。感心してどうするンゴ。
ローランのところに子供が返され、視点は再び誘拐犯を追う。
誘拐犯がスノーピークに任務完了を告げると、スノーピークは別の男を呼び出した。
視点が呼ばれた男を追いかけ、男は手紙を書いた。視点は手紙を追いかけ、数人を経由してロシェルのもとへ届けられた。
ロシェルがその手紙を開けて読み、ショックを受けている。
映像はそこで終わった。
「あの手紙の現物はここにあります。」
とロシェルが手紙を取り出した。
中身はだいたい想像通りの内容だった。
エルフ王が水晶玉に手を触れて、水晶玉の淡い光が止まる。
「記録終了。これでいつでも再生できる。」
「それじゃあ――」
「やることは決まったな。」
「あのバカタレめ……!」
エルフ王が黒い笑いを浮かべ、ドワーフ王が拳をボキボキ鳴らす。
エレナの父は眼光鋭く重い声で告げ、ミネルヴァの父は頭痛を抑えるように頭に手をやった。
◇
ワイらはミュトスの屋敷へ向かった。
「なんだぁ!?」
ちょうどソナーピークもそこにいた。
「へ、陛下!? なぜここへ!?」
ミュトスが驚き、うろたえている。
「隙ありィ!」
「「ぷべらっ!?」」
ワイは、とりあえず2人とも殴った。
レベルアップしまくりんぐのワイが、手加減なしで殴ったものだから、2人とも顔面が陥没してしまったンゴ。もちろんそのまま2人とも気絶した。
「くそっ! 手ごたえも歯ごたえもないンゴ!」
殴り足りないが、気絶したままの相手を殴っても、苦しませることができない。
それに、法律を無視してきた相手に、こっちも法律無視の私刑を加えるというのは、同じレベルに落ちたようで気に入らない。いきなり殴ったのも、本当は暴行罪だしね。怪我させたから傷害罪もか。
「余は何も見てないンゴ。」
ミネルヴァの父が、爽やかに笑ってワイの真似をした。
ドワーフ王とエルフ王が笑い出し、エレナの父も毒気を抜かれたようにため息をついた。




