表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/57

54 エレナとミネルヴァの秘密

 エレナは、セカンドに対してスキルを隠していた。

 何度か聞かれた事はあるが、恥じらって答えなかった。

 エレナのスキル。セカンドはあれこれと想像していたようだが、正解は「献身」だ。決めた相手に尽くす行為にプラス補正がかかるスキルで、エレナはセカンドのために尽くす行為であれば、どれだけ不眠不休で続けたとしても疲れも眠気も一切感じない。

 ならば尽くす相手を次々と変えるか、あるいは父親に尽くすと決めておけば、スラム街の救済のためにどれだけでも動けたのかもしれない。しかし、それは父親が許さなかった。

 スキル「献身」は、定めた相手を変えずに長く続けることで、効果がどんどん高まる。父親はやがて娘より先に死ぬだろう。それが自然の摂理というものだ。父として、娘にはその人生の終わりまで連れ添う相手にスキルを使ってほしいと思ったのである。

 だがエレナにとって、それは「やればできるのに、やらない」という状態だ。エレナはセカンドを英雄視している。スラム街の英雄たるセカンドに対して、自分がそんなスキルを持っていて怠けていたと知られるのは、恥ずかしかったのだ。


「そういうわけだ。今日は早めに寝よう。」


 セカンドの言う通り、今日は早めに寝ることにした。

 夜の営みもなし。

 なるべく寝つきをよくするために、別室で眠る。いくら好きな相手といっても、同じベッドで寝ていたら、相手が動くたびに自分の体が揺られてしまう。

 だから別室で……スヤァ~……。

 狙い通り、簡単に眠れた。

 そして、どれぐらい時間がすぎただろうか。


「きゃあああっ!」


 突然、胸に強烈な痛みを感じて、目を覚ました。

 驚いた顔のロシェルが見えて、ナイフか何かを持っているのが分かった。

 刺された……? 胸の痛みと、流れていく温かいもの……たぶん血だろう。

 すぐに体に力が入らなくなってしまった。


「何事ンゴ!?」


 すぐそばでセカンドの声が聞こえた。

 という事は、ここはセカンドの寝室?


 ああ、そうか……よかった。


 セカンドは無事。つまり、スキルは正常に発動したのだ。

 なぜロシェルが? とは思ったが、それは今のエレナには、どうでもいい事だった。

 セカンドの危機に、転移して身を挺し、かばう。「献身」のスキルも、ついにここまでの事ができるようになった。役に立って死ねる。これ以上の喜びはない。エレナは笑おうとしたが、もはや顔にも力が入らなかった。


「おい、エレナ! エレナ!」


 呼びかけてくれるセカンドの声が、だんだん遠くなっていく。

 これが死か……。

 エレナは満足していた。


 よかった……セカンドを守れて……。





 ミネルヴァのスキルは「礼儀作法」だと公表されている。

 だが、それは嘘だ。

 とある事情によって、本当のスキルは隠され、嘘の情報が公開されている。もちろん、嘘だとバレないように、礼儀作法を徹底的に叩き込まれた。

 おかげで今日まで、本当のスキルは露見せず、隠している事情も困った状態は発生していない。


 だが――


 ミネルヴァは、冷たくなっていくエレナを、その体を抱きしめて泣くセカンドを、これ以上だましてスキルを隠すのは無理だと思った。

 見ていられない。

 いや、何よりも、自分が、こんなのは見ていたくない。


「父上……禁を破りますわ。」


 ミネルヴァは小さくつぶやいた。

 そして左手の薬指で、エレナの胸に触れる。

 結婚指輪などが左手の薬指にはめられるのは、この指が「心臓とつながっている」という信仰のためだ。左手の薬指は命の象徴。ゆえに、そこに愛を誓う指輪をはめるのは、死ぬまで愛し続けるという意味になる。まさに、死が2人を分かつまで。

 だがミネルヴァのスキルは、そこに1つの例外をねじ込む。


「スキル『復活』を発動しますわ。」


 瞬間、ミネルヴァの全身から血液を通して心臓へ、心臓から左手の薬指へと、生命力が集まり、移動する。そして左手の薬指から、エレナの体へと――

 大量の生命力を失ったミネルヴァは、そのまま昏倒した。

 しかし同時に、エレナの胸の傷が治り、白くなっていた体に血色が戻るとともに、冷たくなっていたのが温かくなっていく。心臓が動きを再開し、呼吸が始まった。

 死者の蘇生。

 できると知られたら希望者が殺到し、大変な事になるだろう。だからミネルヴァのスキルは隠された。

 いくら希望者が殺到しても、実行してやる事はできないのだ。それを教えても、希望者の多くは納得しないだろう。試すだけ試してくれと言われるに決まっている。だから、そうならないようにスキル自体を隠した。

 試しに使ってあげるという事ができない。それには理由がある。単に希望者が殺到するからだけではない。自然の法則に反し、神を冒涜するこのスキルには、それ相応に強い制限があるのだ。


 1つ、使用者の生命力を対象者に与えることで蘇生する。すなわち、使用者は生命力を大量に失う。まかり間違えば自分が死んでしまうリスクのあるスキルなのだ。


 2つ、死者の蘇生は、死亡から時間がたつほど失敗しやすくなる。過去の記録を調べてみると、死後2分以内で90%、4分で50%、5分で25%といったところだ。要するに救急救命処置――心臓マッサージや人工呼吸とそう変わらない。使えるケースが多いというだけのことだ。


 だが今夜のミネルヴァには、条件が整っていた。

 セカンドが自転車で運んでくれたことで、長く馬車に揺られて疲れることがなかった。揺れがひどくてグロッキーにはなったが、夕食を済ませ、風呂に入る頃には、すっかり立ち直っていた。

 夜の営みがなく、しかも事件が起きたのが夜中で、ミネルヴァはすでにひと眠りしていた。少し眠かったが、エレナの様子を見てそんなものは吹き飛んだ。

 つまり、体調は万全である。

 エレナも、目の前で死亡したばかり。死後10秒といったところか。

 成功率は99%以上だろう。蘇生は、ほぼ確実に成功する。ミネルヴァにとって、絶対に勝てる賭けだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ