48 そのころミュトスは……
セカンドの嫁1号エレナは、とある都市にあるスラム街を仕切るマフィアのボスの、その娘だ。
この都市の領主がミュトスである。
彼のスキル「陰謀」は、陰謀を画策することに高い能力を示す。ミュトスはそのスキルを使って、「都市にスラム街がある」という問題を解決しようとしていた。もちろん「陰謀」なんてスキルがもたらす解決策は、セカンドがやったような穏やかな方法ではない。浄化と言ってもいい強制的な排除作戦だった。
それが成就する寸前、セカンドが1号店をオープンし、スラム街は巨大ショッピングモールに様変わりした。ミュトスが浄化して「スラム街の存在」という問題を解決する手柄を挙げるはずだった寸前で、当のスラム街が「スラム街」とは呼べない平民街になってしまったのだ。
手に入る寸前の栄光を取り上げられたミュトスの恨みは深い。計画していた浄化作戦が成功していれば、自分が「王国で初めてスラム街を解決した栄光」を手に入れるはずだったのだ。それが倫理的に批判される内容であろうとも、スラム街が消滅することで治安が回復するのは事実。恩恵を受ける住人達や、同様の問題に頭を悩ませている各地の領主たち――その大部分からは、少なくともプラスの評価を受けるだろう。
その栄光を、横からひょいと出てきた奴にかすめ取られた。
とても我慢できるものではない。腹立たしいなどという言葉では表現できないほどの怒りだ。
だからミュトスは、どうにかセカンドを排除しようとしていたのだが……。
「くそっ……! またも先を行かれたか! 今度は『エルフの盟友』だと!?」
ミュトスは握った拳をテーブルにたたきつける。
今はそれしか、できる事がない。
ついさっき、その報告を聞くまでは、もう少しでセカンドを排除する作戦が動き出すとワクワクしていたものだが、今やその計画は中止せざるを得ない。
「奴の価値が高くなりすぎてしまった……!
こうなったら、もう暗殺するしか手がないな。」
ドワーフやエルフとの関係も有利または良好になり、セカンドの価値は上がっている。失脚させるには、かなり強い理由が必要だが、せっかく用意していた「失脚のシナリオ」は使えなくなってしまった。今更ちょっとぐらい失敗させたところで、功績と価値のほうが高く、失脚まではしないのだ。
特にエルフの盟友になった事が大きい。エルフ王国との国交は、エルフの排他的な性質のおかげで、常に難航しがちだ。エルフ王に会いに行くだけでも一苦労である。それを、移動もせずにエルフ王に直接メッセージを飛ばせて、しかも無碍には扱われない保障まであるというのでは、もう国家反逆罪ぐらいの罪でも着せないことには、どうにもならない。
しかも、国家反逆罪を着せて処罰できたとしても、エルフ王国からの反感は強くなるだろう。エルフ王国との関係が悪化することは間違いないので、国益を損ないすぎて使えない手だ。
「……というわけで、暗殺だ。
ソナーピークよ、できるな?」
ミュトスのスキルは「陰謀」だ。その効果は陰謀を画策することに優れるというもの。陰謀を実行する能力は、また別なのである。
その点でいくと、ソナーピークのスキル「危険探知」は、実際の潜入や暗殺に向いている。あるいは、そうした人員を管理することに適している。まさに、ミュトスと部下との間に立つ中間管理職として、これ以上の人物はいない。
ちなみに忘れている読者諸兄のために紹介するが、ソナーピークはマフィアのボスだ。セカンドが味方につけた1号店・2号店に協力してくれている、スラム街の自治を目的とするマフィアとは別の組織で、金さえ払えば何でもする、いわば暗殺ギルドとでも言うべき性質を持っている。その構成員も、食い詰めたようなチンピラなどではなく、要人暗殺犯とか軍事機密窃盗犯とかのヤバい連中ばかりだ。
「まあ、何とかするしかねぇでしょうな。」
と答えながら、ソナーピークは考える。
スキルによって危険を避けられるソナーピークは、潜入や暗殺に高い実力を持つ。部下にも、その手の仕事が得意な連中がいる。
だが、セカンドを狙うのは難しい。
なぜならセカンドに味方するマフィアがセカンドを常に守っているし、その嫁2号ミネルヴァ王女と、奴隷のゲルダ王女も、それぞれの王宮からその身辺警護を命じられた諜報部隊が守りを固めている。アリ1匹通さないほどガチガチの防御が敷かれているため、近づけばすぐに見つかってしまう。
もっとも、セカンド本人はそんな事はまるで気づいていないわけだが。
「とりあえず……うーん……セカンドに手が届きそうな奴がいるとしたら、一番は奴の嫁か。」
とはいえ、エレナもミネルヴァも、そしてゲルダも近寄ることさえ無理だ。
「……となると、新しい嫁を用意して……。」
ちょうどエルフ王国で「エルフの盟友」になったばかり。
しかもセカンドは、すぐに帰国しないで、4号店の様子をしばらく見守ってから、さらにキャンプを楽しむつもりらしい。キャンプはセカンドの店が大繁盛するほどのブームになっており、セカンド自身がブームの火付け役である。当然キャンプをするにも楽しくやるのだろう。
「……ならば、不自然さはないはずだ。
あとは、そのエルフ王女をどうやって脅すか……。」
ソナーピークは、配下の1人に指示を出した。
誘拐を得意とするチームのリーダーで、名をロスポという。
支持をうけたロスポは、まずエルフ王国でとある民間人を誘拐した。そして、その親を脅迫する。
「こいつをエルフ王の料理に混ぜるんだ。
なに、効果はすぐには出ないから、お前が疑われる心配はない。
効果が出たのを確認したら、子供は返してやる。だが、失敗したら……どうなるか、わかるな?」
誘拐された子供の、その親の名はローラン。
エルフ王国の王宮に出入りする人物だ。
しばらく後、ローランの子供は無事に返された。ただし「余計な事をしゃべったらいつでも殺す」と脅された上で。
それから、さらにしばらくの時間が過ぎた。
4号店の様子が安定する頃、エルフ王の体調が悪化する。エルフ王も他の国の王と同じく、その食事には毒見役がつく。ただこの国の毒見役はちょっと他とは違っていて、実際に食べるのではなく、毒物を探知する魔法をかけて調べる。
だが、世の中にはそういう魔法に探知されない毒物というものもあるのだ。
たとえば、セカンドの前世の世界では、ある種のキノコと酒類を同時に摂取すると、アルコールの分解を邪魔してしまう成分ができあがる。分解されなかったアルコールは、二日酔いのもとになる物質に変わる。すると、顔面紅潮、吐き気、嘔吐など、悪酔いに似た中毒症状を引き起こす。たちの悪い事に、この症状は、その種のキノコを食べた当日はもちろん、食べた2~3日後に酒を飲んでも現れる。死亡する事はないらしいが、重症の場合は、昏睡状態に陥る事もあるという。
そしてこの世界では、そういう組み合わせによって「死に至る猛毒」になるケースがある。こればかりは、知識によって回避するしか、防ぎようがない。なにしろ、それぞれの食べ物は、単独なら毒ではないのだ。体内に入って混ざることで初めて毒になる。毒発見の魔法では見つけられない。
こうして誘拐犯たちは、まんまとその仕事をやり遂げた。
時を同じくして、エルフの王女ロシェルのもとに、ソナーピークからの手紙が届いた。もちろん仲介人を挟んで足がつかないようにした上で。
そこに書かれていたことを実行するため、ロシェルは体調不良のエルフ王に気分転換をすすめた。毒はまだじわじわと効果を発揮しつつある段階で、エルフ王の体調不良が毒によるものだとは、誰も気づいていなかった。セカンドに至っては、エルフ王が体調不良である事自体に気づかなかったほどだ。
「セカンド様のキャンプがどれほどのものか、見学に行きませんか?
せっかく我が国にお店を出していただけるのですから、魔道具の改良以外にも何か有用な使い方などが見つかるかもしれません。」
果たしてそれは予想以上だった。
刻んで食べるだけの食文化だったエルフにとって、パフェだのパイだのケーキだのタルトだのは、まるで異次元の味わいだった。自国の特産フルーツがこれほどの味に仕上がるのか、とエルフ全員が放心しながら泣いていた。
「父上、私はこのお方に嫁ごうと思います。」
それは、脅されてやらされる事以上に、ロシェル自身の望みとなった。
セカンドの知識を学べば、エルフ王国はもっと発展できるのではないか。エルフたちの生活はもっと豊かになるのではないか。森とともに自然の中で生きることを是とするエルフ文化で生きてきたロシェルにとって、それは初めて文明の意識が芽生えた瞬間だった。王族として、この国を豊かにするためならば、自分のすべてを差し出してもいい。そう思えるほど魅力的な味だったのだ。




