42 ワイ、褒美をもらうンゴ
大使の名義で出した4号店。その従業員を募集したが、応募者はみんな排他的な性質が強すぎて使えないエルフばかり。
面接をすべて終えても、採用者はゼロという始末だ。
しかし、ここで妥協して排他的なエルフを雇ったとしても、他種族に無礼な態度をとられたのでは困る。店が立ち行かなくなってしまう。なぜなら、ワイが在庫の補充に来られないときには、冒険者を雇ってアイテムを運んでもらう。その冒険者は、大半が人間だ。そして冒険者には、仕事を選ぶ自由がある。気に入らないと思えば仕事を引き受けなければいいだけ。そうして冒険者に見放されてしまうと、4号店への在庫補充が滞ることになる。当然、商品がなければ商売はできない。
風が吹けば桶屋が儲かるの例にもれず、商売をやっているのに排他的というのは、このようにしてバタフライ効果を生み、自分の首を絞めることになる。
「やれやれ、どうしたものか……。」
と頭を悩ませていたところへ、エルフ王からの使者が来た。
使者といってもメイドだが。何しろワイらが泊っているのは王宮だ。
そして謁見の間へ。
「褒美を与えるという約束を果たそうと思ってな。
昨日はどうやら苦労したようだから、そのあたりで考えている。」
耳の速いことだ。
まあ、森の火災についても、ワイが消したことをいつの間にか知っていたし、特別な情報網があるのだろう。
「つまり、人員を頂けると?」
「そんな感じだ。」
エルフ王から説明を受ける。
要約すると、ハーフエルフを雇ったらいいんじゃないの? という提案みたいなものだった。
エルフは寿命が長く、その分あまり繁殖しない。しかも排他的なので他種族の血が混じることはめったにないのだが、ごくまれに他種族との交配が発生する。結果生まれる混血児がハーフエルフだ。寿命はエルフより短く、魔法や弓矢の才能も劣る。しかし繁殖力はエルフより高く、そのため第1世代の数が少なくてもすぐに第2世代、第3世代、と数を増やしていく。
排他的なエルフのことだから、もちろんハーフエルフは受け入れられない。しかしエルフ王国で暮らす以上は、エルフの文化で生きることになる。つまり、ハーフエルフは奴隷階級みたいに扱われ、貧困層を形成している。
エルフ王からの褒美とは、このハーフエルフを雇う権利を与えるというものだった。
「なるほど、分かりました。」
ハーフエルフは、他種族の血が入っているせいか、エルフほど排他的ではないらしい。またエルフにとっても、他種族ほど排除の感情が働かないそうだ。事実、奴隷扱いとはいえ、追い出すことはない。ワイらが立ち入ることさえ拒否されたのと比べれば、大きな違いだ。
ならば……と、ワイはハーフエルフのまとめ役をやっている人物を訪ねることになった。
「お話は分かりましたが、ハーフエルフを雇いたいというのは、たぶん今すぐ募集してもうまくいかないでしょうな。」
「なぜですか?」
「いくつも問題があります。
たとえば、ハーフエルフはこの国の貧困層ですから、自分たちの生活を維持することで精一杯です。あなたの店で働いても、客が来るのでしょうか? 人間がオーナーの店だと知れば、エルフは排他的ですから、不買運動が起きるのは間違いないでしょう。追い出そうといやがらせをする者も出てくるかもしれません。
そうなったら、お店は黒字にならない。従業員への給料も払えないという事です。」
「なるほど。
しかし、ある程度は売れるめどが立っています。」
大使から、技術開発のために定期的に大量購入したいと言われたのが事の始まりだ。
少なくともその「定期的に大量購入」というのは見込めるだろう。たとえ買うのが開放派のエルフだけだったとしても、4号店はそれを見越して小さめの店舗にしてある。必要があれば増築するだけだ。
「仮にお店が繁盛したとしましょう。
ですが、それでも問題は残っています。」
「それは、どのような?」
「給料が支払われたとして、ハーフエルフがそれをどこで使えばいいのか? という事です。
エルフ王国において、ハーフエルフが買い物できる場所は限られています。」
なるほど。人種差別みたいなものか。……いや、「みたい」じゃなくて、そのまんまだな。
エルフが普通に自由な生活をしている一方で、ハーフエルフは行動範囲や利用可能な施設を制限されている、といったところか。
「悪くすると、あなたのお店で働く者が、あなたのお店で買い物をする状態になりかねません。」
たしかに、それだけで完結するのでは健全とは言えない状態だ。
ただし――
「……それのどこに問題が?」
ワイとゲルダは同時に首を傾げた。
「いやいや、どう見ても問題でしょう?
そんな自爆営業みたいな状態が、健全だとでも?」
まとめ役が「何言ってんだ、こいつ?」みたいな顔をする。
しかし、それはこっちも同じだ。
「うちの店はキャンプに使うものなら何でも売っています。
そしてそれは、そのまま普段の生活でも使えます。食料、衣類、燃料、食器、家具、調理器具、医薬品、洗剤、筆記具、工具、資材など、およそ日常生活で必要になるものは何でもそろっています。
もちろん品質だって他店には劣らない。
そして、買ったものを客がどう使おうとも、店の知ったことではありません。キャンプをせずに日常生活に使っていただいても、大いに結構です。」
ハーフエルフが買い物に困るほど迫害されているのなら、むしろワイの店で買い物ができるようになることで生活が豊かになるんじゃないだろうか。今のハーフエルフの暮らしぶりが実際にどんなものか知らないから、正確なことは言えないが。
「ですが、それでは店の利益は?」
従業員に支払った給料が、売り上げとして戻ってくる。そこからまた従業員に給料を支払って……という事になれば、資金繰りに困るわけだ。
ただし、それは――
「客が従業員しかいない場合は、そうでしょうね。
でも、うちは1号店から3号店まで黒字経営だし、この4号店だって従業員以外にも客の見込みはあります。」
大使(の勢力)が「大量に定期的に」買ってくれるはず。
「結局のところ、問題はエルフ王国の文化・ルールにありますドワ。
ハーフエルフが利用できる施設がないから給料をもらっても仕方ないというのは、ご主人様に『ハーフエルフが使える施設を増やしてほしい』と言っているドワ?
そんなのは、民間企業のオーナーに頼むことではありませんドワ。エルフ王にご依頼あそばせドワ。」
ゲルダ……まだその語尾、続けるんだ……。
あそばせ言葉も頑張ってねじ込んできたなぁ。
「まあ、1号店から3号店のどこかへ転属してもらうという手もあります。
人間の国やドワーフの国へ行けば、ハーフエルフだろうと一般人が使える施設はすべて使えます。
ただ、それをやるのは4号店がうまくいかなかった場合ですね。
生活に困っているというのなら、従業員の衣食住は保障しましょう。まずは4号店がうまくいくように頑張ってみたいのです。」
ハーフエルフの心配は、結局のところ「生活に困るようでは嫌だ」というだけのこと。
衣食住を補償してやれば、その心配は取り除かれる。
サンプルとして1回の食事として提供するメニューや、1か月分として提供する衣服などを召喚して与えたところ――
「あなたは神か。」
ひざまずいて祈られてしまった。
百聞は一見に如かず、論より証拠、ということか。




