38 ワイ、特にやることがないンゴ
半鐘――火事など異変の知らせに打つため、火の見やぐらの上などに取り付けた小さい釣鐘。それが、けたたましく打ち鳴らされている。
木っ端役人のところにも伝令のエルフが走ってきて、
「火事だ! 東の森が焼けている!
消火活動の部隊が通るから、道を開けておいてくれ!」
と伝えた。
国土全体が森というエルフ王国。しかも地面には枯葉や枯れ枝が多く、おまけによく乾いている。ひとたび火災となれば、国難といっても過言ではないだろう。
大声で伝えたのは、周囲のエルフにも注意を促すためだろうか。エルフたちは、パニックを起こして逃げ惑う……というような事にはならないようだ。
「意外と落ち着いてるな。」
「寿命が長いですから、国内に引きこもっていても、それなりに色々な経験をしています。こういう場合には、慌てるのが一番危ないという事を、みんな知っているんですよ。
それに、エルフは魔法も得意ですから、いざとなれば自分の周囲ぐらいは水魔法で消火できるというのもあります。」
大使の部下が説明してくれる。
種族全体が魔法を得意としているのか。ま、イメージ通りだ。
「ドワーフはみんな鍛冶が得意、みたいなものか……?」
人間に比べれば、ドワーフなら誰でも鍛冶が得意だ。
しかしドワーフ王国では、ドワーフ全員が鍛冶をしているわけではない。スキルや生活環境の影響で、実力に差が出るから、鍛冶師の道を諦めて別の職業についているドワーフも多い。
「魔力量や、使える魔法の規模に、個人差があるのではありませんか?
だからこそ、全員で消火活動に出るのではなく、消火活動の部隊がお出ましあそばすのだと思います。」
ゲルダが言った。
うん、そうだろうな。
「その通りです。」
と大使の部下。
うん、やっぱりだ。
「ところで、東の森というと……?」
ワイは、来た方向を振り向いた。
木々が生い茂って空が見えないほどだから、振り向いても火災の煙や炎は見えなかった。
「ええ、そっちの方角です。」
と、大使の部下が肯定するや否や、木っ端役人がその仲間たちとともに俺たちを囲む。
「お前たちが原因なのではあるまいな?
ここまで来る道中、焚火などして、しっかり消さずに来たのではないか?」
森林火災は、人為的な原因が大半だ。
落雷などによる自然発火がないわけではないが、極めて稀である。
とはいえ――
「彼らは焚火をしていない。
もちろん我らもだ。」
大使の部下が言う。
「見逃したのではあるまいな?」
「四六時中一緒にいて、いつ見逃すというのだ?
バカバカしい。疑いをかけるというより、濡れ衣を着せる行為だ。
そんな事より、消火部隊の通り道を確保するほうが先ではないのか? そのまま我らを囲んでいると、お前たちが邪魔で消火部隊が通れないぞ。」
大使の部下が言うと、消火活動の邪魔はできないと思ったのか、木っ端役人どもは包囲を解いた。
まもなく消火部隊と思われるエルフたちが、街から森へと駆け抜けていった。
「しかし、困ったな。
これでは戻るのも難しくなってしまった。」
とはいえ、この場で何もせずに消火活動が終わるまで待っているというのも、暇すぎる。街にも入れないし、従って観光もできない。森の中を散策する手もあるが、すでにここまでの道中でさんざん森林浴をしてきた。
街に入れない、来た道も戻れないとなれば、生活のためにはキャンプをするしかない。しかし、キャンプをしても暇を持て余す事になりそうだ。焚火ができないのだから。
他に暇つぶしといったら、手間をかけて凝った料理を作るぐらいか。しかし加熱調理ができない状況では、手間のかかる料理なんかない。
漬物なら、ぬか漬けでも作れば時間はかかるが、手間はそれほどでもない。材料を混ぜて放置するだけだ。1日に1~2回混ぜてやったり、数日ごとに漬けた野菜を交換したり、長期的には塩やぬかを追加したりする必要はあるが、1つ1つの作業は何時間も暇をつぶせるようなものではない。
「退屈でしょうが、今は待つしかありません。」
申し訳ありませんが、と大使の部下が頭を下げる。
「いえ、別にあなたが悪いわけではありませんから。」
「恐れ入ります。」
「……まあ、とりあえず、何もない所でぼーっとしているのもアレだし、カードゲームでもする?」
とりあえずトランプを召喚。2セットでいいかな。
テーブル2つ、イス8つも召喚して、トランプを1セットずつテーブルへ置く。
「いいですね。
暇つぶしですから、掛け金は小銭だけにしておきましょうか。」
「よし、乗った。」
掛け金を少額にしておけば、負けても何度も挑戦できる。暇つぶしには都合がいい。その代わり、大金をかけるような緊張感はない。盛り上がりには欠けるだろう。けど、退屈を紛らわす事ができれば構わない。
……と思っていたんだが、この後めっちゃ盛り上がった。
「うわー! また負けたァ!」
「なんでそんな強いんだ!?」
「イカサマじゃないだろうな!?」
護衛の中の1人に、やたら強い奴がいた。職業はスカウト。ここまでの道中でも、その索敵能力には助けられている。だから文句は言わないのだが、彼には30分ごとにコインを投げる癖がある。たぶんジンクスとかゲン担ぎとかだろう。
「うへへへ……! 聞かれなかったから言わなかったけど、俺のスキルは『賭け』なんだ。」
「なにィィィッ!?」
「じゃあ、いつもコイントスをやっているのは……! まさかッ!?」
「表が出たら平穏無事、裏が出たらトラブル発生。確率が半々なら、その的中率は100%だ。
選択肢が増えると的中率が下がるけどな。」
「ちくしょー! そんなのイカサマと変わんねーだろ!」
「いやいや、動体視力や記憶力がアップするスキルでカードを全部覚えちまう奴もいるんだ。このぐらいは、まだ可愛いほうさ。たまには負けるからな。」
くそっ! とんだ伏兵だ!




