32 ワイ、詐欺師には引っかからないンゴ
3件目。
また負傷者のお見舞いにきた。今度は別の負傷者だ。
「この度は、誠に申し訳ございませんでした。」
「いえいえ、気にしないでください。
それより、事故を起こして道具を失った人に、代替品を無償提供してもらえるという話を聞いたのですが、本当ですか?」
「それはもちろん。
調査チームを結成して、損壊した道具の種類を把握するように努めておりますので、お客様にもきちんとご用意しております。
それから、けがの程度も調べておりまして、それに応じてお見舞金もお渡ししております。こちらは、お客様はまだ調査中ですので、申し訳ありませんが、もう少しお待ちください。
まずは、先に壊れてしまった道具の代替品ですが……。」
ずらりと道具を出していく。
その場で召喚するのが手っ取り早いが、元手がタダだと知られるのは問題になりそうなので企業秘密にしている。だから、あらかじめ召喚した道具をカバンに詰めて持ってきた。
キャンプの原形は野営だ。野営とは、宿泊施設のない場所での宿泊をいう。それはつまり、旅の途中ということになるから、キャンプ道具は基本的に「持ち運び可能」でなければならない。しかも、すべての道具をまとめて1回で運べないと話にならない。
前世の世界でも、そこに原点回帰した「徒歩キャンプ」というスタイルがあった。車やバイクに積載しないで、手に持つとか背中に背負うとかして道具も食料も燃料も運ぶ。一部は現地調達になることもある。そして現地調達に頼る部分が大きくなったものを「ブッシュクラフト」という。
ワイも、ドワーフ王国でアースドラゴンの背中にキャンプしたときは、そういう理由でタープ泊にしたンゴ。テントよりタープのほうが小型軽量に運べる。ポールは木の枝などを現地調達したので、撤収するときはタープだけ折りたたんで運べばいい。テントよりかなり小型軽量化できるわけだ。3人用のテントなんて、折りたたんでも小さいリュックサックほどの大きさがある。その点タープなら、3人が寝られるサイズでも、折りたためばハンドバッグほどの大きさだ。
「オーナー! 失礼しやす!」
道具を並べていると、店長がやってきた。
「静かに。ここは病院ですよ。」
「すいやせん。」
「それで、どうしましたか?」
「パターンAとBです。
こいつ、検査のために入院してるだけで、どこも怪我はしてないんです。」
「はっ……?」
「検査結果はさっき出たばかりですが、バッチリ聞いてきやしたんで。
パターンA。こいつは無傷です。完璧に健康体ですぜ。」
「……そうか。
よし、撤収。」
並べていた道具をしまって、ワイらは病室を出ることにした。
すると、負傷者(嘘)が慌て出す。
「ちょ……! え!? 道具の無償提供は!?」
「するわけないンゴ。
元気なんだから、働いて稼げばまた買えるよ。」
「そんな……!」
食い下がろうとした負傷者(元気)に、店長がそのホラーなまでの強面をずいッと近づける。
迫力満点、本職の本領発揮だ。
「てめえ、調子こいてんじゃねーぞ?
無償提供を狙ってわざと事故を起こしたことも、調べはついてんだ。」
そう、それがパターンBだ。
「う……!」
負傷者(無傷)がたじろぐ。
「なんなら今から本当に負傷してみるか、コラ? うちの若いモンはちーっとばかし血の気が多いのがそろってるからな。うっかりやりすぎちまうかもしれねーが、事故ってな、そういうモンだよなぁ?」
うわーい……見てるこっちまでチビりそうンゴ♪
何あの顔面凶器。ワイ、これからもあの人を部下として扱っていく自信がなくなったンゴ♡
この負傷者(健康)、こんな顔で睨まれたらもうワイの店には来られないんじゃないかな? あ、罰則を用意しとくって言ってたの、これか? 出入り禁止みたいな?
◇
病院から出て、店長が頭をくしゃくしゃと搔きながら、困った顔をする。
「実際、どうしやす? ああいう手合いはこれからも出てくると思いやすが。
……ていうか、わざとじゃなくても確率的にそういう方法でうちの商品を手に入れる抜け道ができちゃってるわけですがね? 何なら、抜け道用にわざと壊れやすいコピー品を買う動きもあるんじゃないかと思いやすよ?」
そうなんだよね。
けどまあ、それはワイも考えた。
「わざとじゃない事故については、そもそもそれに対する補償が目的で始めたことだから問題ない。
それに、死んだり怪我したりするリスクを負ってまでわざとやるなら、それはもう本人の自由だ。誰も彼もが実行できることじゃないから、わざわざ対策するまでもないだろう。」
そもそも値段に大きな差がないんだから、死ぬ危険を冒してまで小さな金額をケチろうとする人は少ないはずンゴ。
「抜け道用に壊れやすいコピー品が売れていくのは、放置しておけばいい。
うちの店の宣伝になるからね。」
「宣伝……? ですかい?」
「うちの商品は壊れにくいぞという宣伝。
それと、うちの店は壊れたら補償しますよという宣伝だな。
どちらも、うちの店の評判がよくなるだけだ。」
「なるほど!」
事実、ワイの店はこのあと評判がうなぎ上りになった。
事故が起きれば起きるほど宣伝になり、直接責任がない相手にも手を差し伸べる姿勢と、キャンプを愛する人はすべて仲間というワイのキャンプ愛が評価された。
結果、抜け道として補償を利用しようとする人への批判が高まった。それが一定の抑止力にもなったようで、事故件数が減ったほどだ。




