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30 ワイ、お悔やみを申し上げるンゴ

 1件目。

 ワイは、キャンプ中に火災で亡くなった人の遺族を訪ねた。


「この度はご愁傷さまです。 心よりお悔やみ申し上げます。

 あいにく仕事で遠方におり、ご葬儀にうかがえず、失礼をお許しください。

 今日は突然お邪魔をいたしまして恐れ入りますが、お参りをさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ありがとうございます。

 あの……息子とは、どのような……?」


 すでに葬式は済み、遺族は喪中だった。


「私は、スラム街にございますショッピングモールの店主をしております。

 ご子息は、キャンプ中の火災で負ったヤケドが原因で他界されたと聞いておりますが、そのキャンプ道具の――」

「販売店ですか? でしたら、お参りはご遠慮いただきたいのですが。」


 遺族の顔が険しくなる。


「いえ、ご使用されていた道具は、当店の商品ではありません。

 しかし、当店の商品を真似した他店の商品をお使いになっていたとの事で、劣悪な商品の蔓延を防げなかった責任を感じまして、ご遺族とご霊前に一言お詫びを申し上げたく、まかり越しました。」


 調査はすでに済んでいる。

 というか、調べるまでもなく、ワイの店の商品なら火災にはならない。一酸化炭素中毒で死ぬことはあるかもしれないが、火災で焼け死ぬというのはあり得ない。

 一応、コットンはキャンプ用の服にも好まれる、割と火に強い素材なのだが、当局が調べたところによると、防水性能が皆無であることに不満を持った犠牲者が、自分で道具を改造しようと油を塗ったらしい。キャンプ道具のDIYや改造は、よくある事だ。

 そもそもキャンプは、野営がもとになっている。野宿を豪華にするべく道具をそろえ、快適性を増したものがキャンプだ。どんな分野でも、ある程度まで発展すると原点回帰の動きが起きるし、そうなる前にも原点に近づく部分は残るものだ。キャンプの場合は、DIYや現地調達がそれに当たる。木の葉が茂った枝を集めて屋根を作るのが面倒だから、テントを持っていく。ちょうどいい枝やツルがあるか分からないから、ポールやロープを持っていく。その延長で、テントをさらに快適にするべく防水性能を高める改造や、風通しをよくする改造などがおこなわれる。テーブルやイスを自作したり、調味料や調理器具を収納するケースを自作したりする場合もある。だから改造そのものが悪いとは言えない。

 だが、つまり、今回のことは犠牲者の自己責任で起きた火災であり、コピー品の販売店にとっても「不正な改造を施した時点で店の責任ではない」と言い張れる。……のだが、そこはそれ。遺族からすると、そもそも不正改造なんて必要ない商品を売ってくれていれば……と思ってしまうものだ。

 そしてワイは不正改造なんて必要ないテントを売っていた。にも係わらず使ってもらえなかったのは、販売努力が足りなかったワイの店にも間接的な責任がある。

 そのあたりを説明すると、遺族は少し戸惑った。


「それは……いえ、お詫びは不要です。

 今のお話では、そちら様には何の責任もないと思います。優れた商品を売り出せば、真似をされるのは当然のこと。本物を買えるまでお金をためずに安物の模倣品に走ってしまったのは、息子の責任です。」

「いえ、それは少し誤解があるのです。」

「誤解……? といいますと……?」

「当店の商品と、コピー品の商品とでは、値段にそこまで大きな差はありません。

 ですから、手の届かない高級品を買えずに安い偽物で我慢するというような事は、起きないはずなのです。

 にも係わらずコピー品に手を出すお客様がいらっしゃるのは、単純に当店がお客様のご希望に沿うだけの数をご用意できないからなのです。」

「つまり、品薄で……?」

「はい。申し訳ありません。

 努力はしておりますが、いまだにご希望されるお客様全員にはいきわたらず……かろうじて転売が起きない程度に抑えているだけで精一杯というのが実情です。」


 倉庫を満杯にしても、人気商品はすぐ売り切れるンゴ。

 人気商品がずっと同じものばかりなら多めに召喚しておくんだが、その時々で何が人気商品になるか分からないから、そううまく在庫数を調整できない。


「品切れを起こしてしまう当店の責任を強く感じております。

 今後、倉庫を増築して在庫数を増やす計画でおりますが、ご子息には間に合わず、誠に申し訳ございませんでした。」


 ワイは深々と頭を下げた。


「頭を上げてください。他店の商品を買ったのに、そんな、責任なんてありません。」

「そのようにおっしゃっていただけるのは幸いですが、それではこちらの気持ちが収まりません。

 せめて、これだけはお納めください。」


 革袋を取り出した。

 ジャラジャラと袋の中で小さな金属音がする。

 もちろん想像通りのものだ。


「これは……! こんなのいただけません!」


 遺族が慌てる。

 香典というのは、金額の相場が決まっているものだ。葬式代の負担にしても、すでに葬式は終わっているのだから、代金は負担した人で話がついているのだろう。


「いえ、お受け取りください。

 これはご香典ではありません。慰謝料です。

 お悔やみの気持ちで出しているものではなく、お詫びの気持ちで出しているものです。ですから、金額はご本人とご遺族の心の痛みの度合いに応じていなければなりません。コピー品の氾濫を防げなかった当店の責任として、ご香典としての金額ではとても足りないでしょう。

 ですから、ご遠慮なさる必要はありませんし、ご遠慮されてしまうと私としましても立つ瀬がございません。どうぞ、ご本人のためにも、ご遺族のためにも、私のためにも、ぜひお受け取りください。」


 半ば押し付けるようにして、ワイは()()()()()金額を渡した。

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