25:ドワーフの戦士たち(2)
ドワーフ王国軍がアースドラゴンに接近戦を仕掛けてから、しばらくの時間がたった。
ドワーフ王国トップレベルの鍛冶師である王侯貴族が鍛えた武器は、アースドラゴンに毛ほどの傷も与えていない。文字通り、毛の1本すら切断できないのだ。
「いかがしましょう、陛下!? ご決断を!」
「うむむ……!
かくなる上は、セカンド殿から受け取った剣鉈を試す!
数が少ないゆえ、近衛騎士団から臨時の小部隊を編成しよう。」
ドワーフ王の命令に従い、近衛騎士団から特に武勇に優れた者が選ばれ、小部隊が編成された。
そこに、ドワーフ王がいまだに代金を払っていない剣鉈1本と、セカンドがドワーフの鍛冶屋に売った剣鉈3本が集められ、4名の近衛騎士に装備されることになった。
小部隊は10名で編成され、剣鉈を装備していない6名は、装備している4名が確実に攻撃できるようにサポートすることになった。
「出撃!」
「「はっ!」」
近衛騎士団の小部隊は、アースドラゴンの最も動きがにぶい後ろ足へ回り込むことにした。
後ろ足は、アースドラゴンが地面を蹴って進むために踏ん張っている。そのため可動域が狭く、そもそも進む以外に動かそうとしない事から、極端に動きが鈍い。これが他の部分なら、前足は地面を掘るために鋭い爪がついていて可動域も広く、首や尻尾はさらに自由に動く。
アースドラゴンが巨大すぎて斜め後ろの様子には気づけないという事もあって、小部隊は無事に後ろ足へ到達した。
「よし、始めるぞ。
剣鉈を装備していない者は、周辺を警戒。
装備している者は、各自、最大の攻撃力をもつ技を使用せよ。
タイミングを合わせるぞ。ためが必要なものは? ……いないな。よし、5秒後だ。
4、3、2、1、今ッ!」
「地獄突き!」
「ダブルバイト!」
「大切断!」
「唐竹割!」
4名の近衛騎士が剣鉈を振る。
1人目は命中と同時に火魔法が爆裂する強烈な突き技を、2人目は風魔法で加速した目にもとまらぬ2連撃を、3人目は命中したところからどんどん周囲が連鎖的に腐っていく闇魔法を乗せた斬撃を、4人目は土魔法で重力を増幅した重たい振り下ろしを――それぞれの技が炸裂し、その威力が相互干渉して合計攻撃力が跳ね上がる! 4人同時に繰り出すこれらの技の攻撃力は、足し算ではなく掛け算なのだ!
爆炎と突風と土埃が舞い、アースドラゴンの後ろ足が見えなくなる。赤色と茶色のまだら模様がまき散らされ、小部隊の10名を巻き込むかのように迷惑なほど吹き付けてきた。予想以上の威力に、全員がとっさに腕で顔を覆う。
「どうだ……!?」
暴風がおさまり、顔を覆っていた腕を下すと――そこには、無傷のままのアースドラゴンがいた。
「馬鹿な!」
「ここまでやっても!?」
「ダメなのか……!」
絶望が小部隊10名を襲う。
だが、隊長だけは根性で闘志を奮い立たせた。
「……あきらめるな! 1度でダメなら2度でも3度でもやるまでだ!」
「「お……おお!」」
小部隊の面々は、隊長の一喝に乗って気勢を上げる。
誰もが分かっていた。これはただの空元気だと。だが、そうしなければ彼らには絶望しかないのだ。
とはいえ……それで成果につながるわけもなく、魔力と体力を使い果たした10名は、へとへとになりながら帰還し、失敗の報告をすることになった。
何よりも彼らの誇りを傷つけたのは、アースドラゴンがまったく彼らを無視していたことだ。彼らはアースドラゴンから1度も攻撃されず、身に着けた鎧に傷やへこみの1つもないまま、きれいな姿で戻ることになったのだ。
数十年後、引退した隊長は当時を振り返って、こう語る。
「悔しくて悔しくて……あれからしばらく酒の味が分からなかったよ。
近衛騎士をいきなり辞めた、突然の引退、なんて言われたが、私にとっては突然でも何でもない。あれだけの屈辱を味わっておきながら、近衛騎士を名乗るなんて恥知らずな真似はできなかったという事さ。
悔しいのと恥ずかしいのとで、今まで誰にも言わなかったがね。
……なぜ今になって、か。それはな、今なら毛の1本ぐらいは斬ってみせるという自信がついたからさ。」
だが引退した隊長は、直後に起きた小さな地震に悲鳴を上げて、部屋の隅まで飛びのき、頭を抱えてうずくまったという。彼が地震の揺れを何と勘違いしたのかは、言うまでもないだろう。
なお、小部隊10名がアースドラゴンから一切攻撃されなかった本当の理由が、セカンドによる背骨の切断だったことは、誰も知らない。アースドラゴンはそのとき、背骨とともに神経を切断され、下半身が動かせなくなっていたのだ。救われねぇ!




