18:ワイ、唐突に鍛冶を始めたンゴ
「では、これで契約は完了です。」
「よろしくお願いします、ご主人様。」
ドワーフの王女ゲルダが、ワイの奴隷になった。
あのあと捜索隊が派遣され、街道で待機していたワイはすぐに見つかって保護された。
待機中になんか盗賊団みたいな連中が近づいていたようだが、ワイを発見したゲルダ王女がすさまじい剣の冴えでまとめて薙ぎ払っていた。ゲルダ王女のスキルは「剣術」だそうだ。
一応、魔物対策はしていたが、盗賊とは盲点だった。魔物対策は2つやっていた。発見されにくい迷彩柄のタープで「ステルス張り」と呼ばれる潜伏に最適な形状に設営して、さらに獣除けの唐辛子成分入り渦巻き線香を使っていた。唐辛子成分の刺激臭が獣除けになる。だがその刺激臭ゆえに、人間にはすぐ発見されてしまうという状態だった。
ドワーフ王は、首がつながったのと娘が奴隷になったのとで心中複雑だろう。処刑寸前の憂き目にあって青い顔をしつつ、娘を奴隷にしてしまった羞恥心や怒りで赤い顔をしていたので、混ざって紫色の顔になっていた。
だが、とにかく剣鉈の製造技術を学びたいというのは、もはやドワーフたちの悲願であり、ドワーフ王はそのために改めてワイを歓迎する宴を開いた。要するにワイのご機嫌取りをいまさら始めたンゴ。
ドワーフ王国の料理は、全体的に茶色っぽくて、葉物野菜の緑色とかトマトやパプリカの赤色とかが装飾的に添え物にされる事がなく、サラダはサラダで1皿になっていた。なんとなく質素な印象だったが、量だけは多くて、味もよかった。シンプルで家庭的な味わいだ。鉱山に入って採掘したり、工房にこもって鍛冶に打ち込んだりするため、料理にあまり手間をかけたくないらしい。同時に、保存のきく食品の開発が盛んで、ソーセージやハムの種類が豊富だった。
飲み物は、酒しかないらしい。生水は飲める水質ではないとのことで、水を口にするなら煮沸消毒が必須になる。面倒なので料理に使ってしまうか、さもなければしっかり手を加えて酒に加工してしまうのだそうだ。ドワーフ王に道すがら毎晩飲まされたので、なるべく酒精の弱いものをと希望したのだが……一口飲んでから後の記憶がない。
「ふふん……なかなかやりおるわ。」
気づいたら、なぜかドワーフ王と一緒にハンマーを振っていた。
鍛冶の工房にいるらしい。2人してハンマーを振り下ろす先には、白っぽいオレンジ色になった鉄があった。赤熱と白熱の中間ぐらいの状態らしい。
「……あれ? ワイ、何やってるンゴ?」
「気を抜くでない! ここからが正念場じゃ!」
ドワーフ王が怒鳴るように言う。厳しい親方のようだった。鉄に真摯に向き合っているのが分かって、ワイは何も言えなくなったンゴ。
そのまま何時間もハンマーを振り続ける。薪割やペグ打ちで「先端が重たい棒を振り下ろす動作」には慣れているから、別に難しいことはない。それにキャンプ道具を召喚しまくってレベルが上がっているため、魔力量以外のステータスも上がっていてスタミナも有り余っている。
王城に乗り込んだミネルヴァには「戦えない一般人」みたいに言って、さもワイが危機的状況であるかのように演出してくれと指示しておいたが、実際のところは人間の中でもトップレベルのステータスだ。実戦経験がないから戦おうと思ったら宝の持ち腐れだが、そこらの冒険者や兵士には負けないだろう。この前なんか、うっかり包丁を落としたら、足の上に落ちて包丁のほうが折れてしまった。
とにかく、ひどい二日酔いだ。体に力が入らない。しかし、ハンマーを振るのに力なんか必要ない。むしろ脱力こそが重要だ。力任せにガンガン叩くと、手ブレで叩く方向が安定しない。脱力して、ハンマーが落ちるに任せて振り下ろすだけでいいのだ。手慣れてくると、ハンマーの落下に自分の体の落下を加えて威力を増すこともできるようになる。
もうろうとする意識のまま、ドワーフ王がやめろというまで、ワイはハンマーを振り続けた。考えることをやめて、ドワーフ王と交互にハンマーを振る。その事だけに集中し、二日酔いの気持ち悪さを意識の外へ追い出した。
どれぐらいの時間がたっただろうか。
不意に、ワイの振り下ろしたハンマーの後に続くはずの音がしなかった。ドワーフ王がハンマーを止めたのだ。
「終わりじゃ。」
そう告げたドワーフ王の手に、見事な剣ができあがっていた。分厚く、鋭く……剣鉈にせまる代物だ。添加物の研究が不十分で、まだ素材の性能は足りていないが、鍛冶師としての腕前でカバーできる限界まで、形状を突き詰めていた。
両刃よりも片刃――ブレードの幅を大きく使うことで、刃はより鋭角に、鋭くなる。加わる衝撃に対抗するため、足りぬ素材の性能をカバーするべく、形状力学を利用したアーチ型。焼き入れにより炭素を加えて硬くした刃と、それを支えるための粘りを残した峰。まだまだ本物には程遠いが、大雑把なところで刀の製造に成功したのだ。
工房を出るドワーフ王。
そのあとに続いてワイも工房から出ると、その前に大勢のギャラリーが集まっていた。
「すげぇ……。」
「陛下に一晩中つきあってハンマー振れるとか、化け物か。」
「しかも、見ろよ……2人の、あの顔……。」
「ああ……陛下が汗だくなのに対して……。」
疲れ切って肩で息をするドワーフ王の隣で、ワイは作業終了とともに戻ってきた二日酔いの気持ち悪さに顔をしかめ、徹夜からくる眠気を我慢できずにあくびをしていた。
日光が目にしみるンゴ……。
「ふふふ……。ハンマーを振るセンス、根性、そしてワシより余力を残しているこの実力……。
認めざるを得んな……技術はまだまだじゃが、こやつの素質はドワーフ以上じゃ。
ゲルダよ、必ずや――」
ドワーフ王がなんか言ってるけど、眠くてもう頭に入ってこないンゴ。
寝ていいかな? いいよね? もう終わったもんね? それじゃ、おやスヤァ……。




