13:ドワーフ王の驚嘆
ドワーフ王国の王は、人間の国ではちょっと考えられない方法で選ばれる。鍛冶の腕前が一番優れている者が王になるのだ。選挙替わりに鍛冶の腕を競う大会がある。時代によって開催の頻度は異なるが、2~4年ごとに開催され、そのたびに王ばかりか貴族の座にも入れ替わりが起きる。この大会で優秀な成績をおさめ、王や貴族になったドワーフは、国内トップレベルという名誉と引き換えに、政務を担当することになり、鍛冶に専念できない。そのため大会ではわざと不参加や手抜きをするドワーフも少数だが存在する。
なぜこんな方法で身分を決めるのか?
ドワーフは種族の特徴として、採掘と鍛冶を得意としており、そのために屈強な肉体を備えているので戦士としても高い実力を持っている。狭い坑道に適応するためか、身長は人間より低く、成人したドワーフでも160㎝程度。男女であまり差はない。
また、採掘現場での粉塵や鍛冶場での灰・火の粉から呼吸器を守るため、ひげを長く伸ばしてマスクの代わりにしている。ひげは長くて毛の量が多いほど見事であるとされ、人間の女が髪を大事にするのと同じぐらい、ドワーフの男はひげを大事にする。
本来の目的がマスクの代わりなので、口ひげはそのまま垂らすのだが、あごひげは編み込んだりカットしてそろえたりすることで個性を出す。また長い歴史のなかで、三つ編みの本数が身分を表すようになっていった。たとえば三つ編みが5つだったら王である。
もちろんの事、ドワーフにもスキルはある。従って当然「鍛冶」のスキルがあると王や貴族になりやすい。また「採掘」や「運搬」のスキル持ちは大量の鉱石をもたらす国家の礎として、人々の感謝と尊敬を集める。そして、ここまで説明すれば察する人もいるだろうが、かなりの男性社会だった。もっとも、女王が存在したこともあるし、女貴族も少数ながら存在する。ただ、ひげがないから呼吸器をやられやすく、早世することが多いのだ。物流網が発達して他国との商取引が盛んになってきた近代以降、ドワーフ王国では女性の活躍が目覚ましい。布といえば革を意味していたドワーフ王国に、植物性の布が入るようになって、女性がマスクを着用できるようになったからだ。なお、女性が王や貴族になった場合、ひげの代わりに髪で三つ編みを作る。
そんなドワーフ王国に、1つの悲報がもたらされる。
人間の国に輸出していた武器が、ほとんど売れなくなってしまった。
ドワーフ王は、すぐに人間の全国商工会連盟の総会長コウリマンに連絡をとった。
どういうことか、と。
帰ってきた答えは、たった1人の男による経済侵略とでも言うべき行為だった。
いわかに信じがたい回答に、ドワーフ王は自ら調査に乗り出すことにした。
「なんじゃ、これ!?」
そして、やってきた巨大ショッピングモールで、問題の剣鉈を手に取ったドワーフ王。
あまりの驚きに、悲鳴のような声を上げてしまった。
「お客様、どうなさいましたか?」
すぐに近くの従業員が声をかけてくる。
真っ赤なエプロンに白いゴシック体で「2nd」と書かれている。見たところ綿に似た素材(ポリエステルだよ)でできている風変わりな服装(ワイシャツにスラックスだ)で、従業員全員がそれを着用しているので、一目で客との区別がつく。親切だ。
「これは誰が作ったんじゃ!? 詳しい話を聞きたい!」
「お待ちください。すぐに呼び出します。」
答えて従業員は、左耳から垂らしている黒いヒモを握った。
そしてボソボソと小声で「社長、応援お願いします。A2です」などと言った。
何をやっているのかとドワーフ王が首をかしげた直後、
「今参りますので。」
と従業員が言う。
ドワーフ王は察して、そして刮目した。
あの耳から垂らした黒いヒモは、遠隔地と情報をやりとりできる魔道具か!
これについても詳しく聞きたい衝動にかられたドワーフ王だったが、この従業員はただ支給された物を使っているだけだと察して我慢した。剣鉈について説明できる人物を呼んだようだから、その人物にまとめて聞けばいい。
まもなく、速足で男がやってきた。
「こちらです、社長。こちらのお客様がかくかくしかじかで。」
「わかった。あとは任せろ。」
お願いします、と従業員が去っていく。
「お客様、そちらの剣鉈についてのお問い合わせですね?
製造法についてのご質問でしょうか?」
「うむ、そうじゃ。
こんな見事な刃物は、見たことがないわい。ドワーフ王国では最高の腕前と自負するワシでも、ここまで見事なものは作れん。見るがいい、これがワシの最高傑作じゃ。」
ドワーフ王は、腰に帯びていた剣を抜いてみせた。
それはミスリルで作られた見事な剣で、洗練された形状は芸術性を帯びるほど美しかった。手作業とは思えないほど均質化された形状と組成、そして限界まで研ぎ澄まされた刃の鋭さによるものだ。
ただ、それと比べても剣鉈のほうが上だと、見た瞬間に分かるほどだった。ドワーフ王のミスリル剣より分厚く、ドワーフ王のミスリル剣より鋭く、そして驚くことに鉄でできている。刃物を作るなら、鉄よりミスリルのほうが適しているのはドワーフの常識だ。人間にも広く知られている情報である。
「これが、こうじゃ!」
ドワーフ王は左手にもった剣鉈めがけて、右手でミスリル剣を振り下ろした。
キンッ、と高い音を立てて、ミスリル剣が真っ二つになってしまう。
「人間の間にこんなものが出回ったのでは、ワシらドワーフは立つ瀬がないにもほどがある!
何としても、こいつの製法を学び、追いつき、追い越さねばならん!」
「あいにくと製作者や製法については秘密にしております部分が多く、ご説明できるのは一部の情報に限られますが……素材としては鉄に少量の添加物を加えていること、製法としては鉄分子の向きをそろえている事が大きいかと思います。」
ドワーフ王は、はっとした。
そういえば焼き入れという工程は、鉄に炭を食わせることで硬さを増す。それを「少量の添加物」と言われて気づいた。炭ではない別の何かを食わせたら、もっと違う性質を引き出せるのではないか? 鉄はミスリルに劣るものと決めつけて、久しく鉄を打ってこなかった。ドワーフ王国は全体的にそういう傾向にあり、鉄は初心者が使う練習用の素材としか思われていない。
なんたる怠慢……! なんたる見落とし……! 基礎を極めれば奥義に至るとはいうが、己の技量にばかり注目して素材の可能性を追求することを忘れていた。それでいて「基礎を極めた」「奥義に至った」「国一番の腕前」などと……なんたる間抜け! 穴があったら入りたい! しかも「ブンシの向きをそろえる」などと、聞いたこともないワードが飛び出してきた。秘密にしている部分が多いと言いながら、そんな情報を惜しげもなく出してくるのだ。いったい製作者はどれほどの高みにいるのか……! 己はドワーフ王国最高の鍛冶師とうぬぼれて、これほど無知であったのか……! くやしい! 恥ずかしい! そして何より――
「素晴らしい……! 鍛冶の道には、まだこれほどの高みがあったか……!」
ドワーフ王は感動に打ち震えていた。




