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9杯目

「今更こんなことを言うのは何だけど、危ないんじゃないかい?」


 ある日のことである。

 いつもと変わらずノックの音に顔を出して、不機嫌な妖精を抑え込みながら庭での茶会を楽しんでいると、思い至ったようにディモルが首を傾げた。「そうよ、今更よ。あんたが危険なのよ」とぶつくさ言う声も同時に聞こえたが、「危ない? 何がでしょうか」 アゼリアは幾度か瞬きを繰り返した。今日のお茶請けは、はちみつの味がしっかりしているパウンドケーキだ。


「いや、この庭園だよ。とにかく広大だし、以前はおじいさんもいたっていうのに、今の庭師は君一人きりなんだろう」

「力仕事は土人形がいますから、私は見て回る程度ですよ。楽ではありませんが、辛いわけじゃありません。とは言え、最近は少し人形の調子がおかしくはあるのですが」


 ディモルはアゼリアの言葉に考えるように瞳を伏せた。「ああ、そうか……」 納得したような声を落として、それとは異なり何かを思案しているらしいが、今日もカップの中には三日月の月が覗いている。


「楽とか、辛いとか、それもあるけど、そうではなく」


 言いづらそうだ。待つことは嫌いじゃない。アゼリアはそっと彼の言葉を待った。


「女性が一人きりなんだ。何かあるときもある。危ないんじゃないだろうか」


 アゼリアは目を丸くした。「まさか、そんなこと」 それから少しばかり吹き出した。ディモルはわずかに顔を赤らめた。誰が、どの口を言うという話だよな、と夜分に毎度訪ねてくる青年は、身体を小さくさせている。「いえいえ」


 違うのだ。そういった意味で笑ったわけではない。ただ、本当におかしかった。


「この庭園にいる限り、私に危険なんて、どこにもありはしませんよ」




 ***




 すっ転げた。

 片手で持っていたはずのスコップは、どこに行ってしまったか、とアゼリアは体中を雪まみれにして周囲を見回したところ、たまたま、偶然、奇妙に伸びた木の枝がひっかかって受け止めている。「まったくもう。ドジなんだから」 ルピナスが彼女を持ち上げるように支えてくれたが、もちろん彼女の小さな身体にそんな力があるわけではなく、気持ちだけだ。苦笑した。


「しくじったな」と、アゼリアはゆっくりと立ち上がった。身体の痛みはどこにもない。背後を見ると、アゼリアの足跡がざくざくと続いている。今日の太陽はいつもよりも暖かいが、やっぱり頬はかさかさする。鼻をこすって、ゆっくり冷たい息を吐き出した。ここは北のエリアだ。


 暖かな道がある南のエリアとは違って、どこまでもまっすぐ、銀の景色で覆われている。さて、とアゼリアは雪を掘った。やっとこさでてきた土に片手をのせて、声をかける。むくむくと土が人の形にかわっていく。それがアゼリアよりも大きくなったとき、どしゃりと崩れた。


「なんだか調子が悪いなあ」

「ほんとにね」


 もう一回、と地面に手のひらをつけたときだ。わあわあと楽しげな声が聞こえた。寒さに鼻をたらした幾人かの子供たちが、まるで子犬のように駆け回って雪の塊を互いにぶつけている。「ああ」 あぶない、と思ったとき、それは見事にアゼリアの額にぶち当たった。「うわあ」「だからなんで、そんなに鈍いの!?」 ルピナスが叫んでいる。


 雪の塊が少ない木の根めがけて頭から倒れ込んだが、運のいいことにも、枯れ落ちて積もった葉っぱがふかふかだった。ときおり、庭園では季節が狂う。北の道から、わずかばかりの加護が流れ込んでいるのかもしれなかった。


 青天井を見上げながら、じたばたとアゼリアは両手を暴れさせた。先程も含めて、ローブはすっかりびっしょりだ。夜とは違い、真っ黒な彼女の髪が覗いている。「わあ、ダンゴムシだ!」 子どもたちがアゼリアを指差した。「誰がよ誰が!」 ルピナスが怒鳴る間に、慌ててアゼリアは自身の瞳を隠した。


 子どもたちはひどく目ざといのだ。



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