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【書籍化】庭師と騎士のないしょ話 真夜中のお茶会は恋の秘密を添えて【3月発売】  作者: 雨傘ヒョウゴ
終章 星空を見上げて

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27杯目

 

「ねえ、たまには街に行かない?」


 バーベナの言葉に、アゼリアは幾度も瞬きを繰り返した。しかし重たくフードをかぶっている少女の表情は、彼女には伝わらない。「いや、えっと」 もごついた。何を言えばいいのか、わからなかった。




 ***




 友人ができた。

 アゼリアからすると、ひっくり返って驚いてしまうような言葉だ。

 彼女の名前はバーベナ・セプタンス。ピンクブロンドの髪色が可愛らしい少女だ。アゼリアの仕事の合間に、「久しぶり!」と手のひらを振って、ドレスが汚れることも厭わずにぺとんと木の根に座る、お転婆な少女だ。


 時折こうして顔を出すようになったが、不思議とアゼリアが忙しくしている間に顔を出すことがないのは、彼女の肩に乗るソップの力によるものだろう。彼は風の精霊で、噂話が大好きだ。探し人や、その様子がすぐに分かることが特技だった。


「ああ、やだ寒いわあ。南の道は精霊様の加護があるけど、ここはそうはいかないものね。ソップ、もうちょっと気合を入れてくれない?」

「いやだよう。いやだよう。寒さに震えろお嬢様」

「なにかいった? 捻り潰すわ」

「気合の限りを注いでみせる」


 ふんふん、とソップは拳を握ってバーベナの周囲に暖かい風を送り込むようにしているらしい。ドレス一枚で、寒さを厭わずバーベナが立っていた理由がわかった。「ルピナスちゃんも、いるのよね。どこらへん? このあたりかしら」「うん、そうだよ。ぴったりの位置」 アゼリアが頷くと、バーベナは笑った。彼女も精霊の加護があるから、見えはしないが、薄っすらとルピナスの場所がわかるらしい。見えるはずのないルピナスをバーベナがなでるものだから、ルピナスはどこかもじもじと手を合わせて照れたようなそぶりをしている。


「なんだ、可愛こぶって。怒りんぼのルピナスのくせに」

「なによ、脳みそつるつるのソップのくせに!」

「まあまあ……」


 顔を合わせれば喧嘩する。ソップも、もとは妖精だった。二人は同じ森の出身なのだ。街にいる多くの妖精や精霊たちは、ここから一番近い森で生まれる。そこは精霊の地と呼ばれるらしいが、アゼリアは足を伸ばしたことはない。


 アゼリアは肩から下げた筒からお茶を取り出した。この間、ディモルと飲んだグリーンティーを、バーベナに仕入れてもらったのだ。予備のカップをバーベナに、二人で一つのカップをソップとルピナスに使ってもらって、白い息を吐き出し座り込んで、まっすぐに続く草原のような庭を見つめた。冬も終わりに近い。ちらほらと、草木も芽生え始めている。


「ソップ、やっぱりいいわ。温かいお茶を飲むんだもの。せっかくだから寒さも味わうことにする」

「はいはい。ルピナス、お前あっちいけよ」

「いやあんたがあっちに行きなさいよ」

「喧嘩はしないでね」


 カップがもう一つあればよかったのだが、生憎数が足りなかった。冷たい指先を温めながら、少しずつ飲み進める。「ねえ、こうして飲むお茶もいいんだけど。たまには外に出て遊んだ方がいいんじゃない? 街には美味しいお菓子も、素敵なお店もいっぱいあるのよ? おやすみになったら、一緒に行きましょうよ」 そして最初の言葉である。





 アゼリアは困った。いくらバーベナと、ディモルと話をするようになったところで、話下手なことに変わりはない。それに問題がある。


「い、言いたいことはわかるけど、でもそも、私、あんまり人が多いところは得意ではなくて……それに、私は“庭師”で“影”だから、私と一緒にいるところを誰かに見られたら、バーベナ、あなたの立場がないわ」


 アゼリアはバーベナと友人になった。それでも、周囲の目というものがある。バーベナは彼女を陥れたいわけではない。変わらず、表に出るべきものではなく、自身は影として生きるべきだと思いこんでいる。「そんなの」 カップを片手で持ちながら、バーベナはピンクの瞳を瞬かせた。「あなたのその格好が悪いんじゃない。自分は影ですって宣伝しているようなものよ?」


「…………い、いや、私もこれ以外の服は持っているよ。まさかバーベナ。私がこれ以外の服を持っていないと思っているの?」

「思ってるわよ。だっていつも真っ黒いローブで、センスの欠片もないもの。なに? 持ってたの? なら見せてよ。どんなの? 教えて頂戴」

「その、同じくローブなんだけど、色が違ってて」

「やっぱりローブじゃない!」


 叫ばれた。「服さえ変えて街に出たら、パッと見はあなたが影だなんて誰にもわからないわよ。別に友達を増やせと言ってるわけじゃないのよ? お着替えしなさいって言ってるだけ」 正論である。でも言わせていただきたい。


「私、人と目を合わせられないのよ? じゃあフードで顔を隠すしかないじゃない!」

「街中を歩いてて、他の人と顔を合わせるときなんてそんなにある? 逆に怪しいわよ、そんな人」


 取り付く島もない。そうなのだろうか。アゼリアにはよくわからない。いつも下を向いて、こそこそと歩いていたからだ。「えっと、でも」「まだ何かいいたいの?」 もごついた。ルピナス達は、彼女たちのおしゃべりをじっと見つめている。


「わ、私がそんな、ローブ以外の格好をするだなんて、恥ずかしいことよ!」


 思わず叫んでしまった。そうだ、それだ。気持ちの奥底にあるものはそれだった。ただの“影”であるアゼリアが着飾って街を歩くなど、なんと滑稽なことか。バーベナは静かに告げた。「私としてみれば、替えもほとんどなくて、終始そんな格好をしている方が恥ずかしいと思うけど」 アゼリアは死んだ。崩れ落ちた。


 いや、これは、その、作業着だから、気に入っているわけじゃなくて、仕方なくもあるから、とぼそぼそと呟く声は、おそらくすでにバーベナの耳に入ってはいない。


「まあいいわ。あなたの服のことは、正直気になっていたの。今日の仕事は終わりかしら? まだ? それなら終わったらうちにいらっしゃい。覚悟はきちんと終わらせてから来ることね!」




 ***




 遊びに遊ばれてしまった。

 小屋に戻って、アゼリアは頭を抱えて、昼間のことを思い出した。アゼリアの小屋なんて比べ物にならないくらいに大きな屋敷を前にして、足を震わせて見上げると、ずんと高い塀がそびえていた。バーベナに言われた通りに彼女の家を訪ねると、すぐさまソップがやってきた。「待ってたぞ!」とにかりと白い歯を見せて、こっちにおいで背中を向けた六枚羽をたどった。


 冬であるというのに、美しく形作られた庭にほう、と息を落としたのもつかの間。「待ってたわよ!」とソップとそっくりの台詞でバーベナに引っ張られた。それから先はとにかく大変だった。ローブを脱がされて、顔を必死で両手で隠して、ひいひいと悲鳴を上げている間に侍女がとっかえひっかえやってくる。


「とある貴族の“ご令嬢”よ。お忍びでいらっしゃっているから、丁寧になさってね。ちょっと人見知りらしいから、何を言われても気にしなくても結構よ」とニッコリ顔のバーベナの言葉に、侍女たちはとてもいい返事をなさっていた。


「良いわね。綺麗な黒髪だから、ドレスの色が映えるわね」

「ちょっと、コルセットも締めてないくせに、なによこの無駄な細さは。腹がたつわ」

「いい加減悲鳴を上げるのはおよし。諦めなさい」


 全てバーベナの台詞である。

 バーベナとアゼリアは、背丈が似ている。彼女のドレスのサイズは驚くほどにぴったりだった。味わったことのない体験に、悲鳴をあげ続けて、体力はすっかりからっぽになってしまった。でも最後に姿見の前に立ったとき、「どう? これでも恥ずかしいなんて、言えるかしら?」 バーベナの台詞に、何も言うことができなかった。


 きちんと身なりを整えた少女が、きらきらとした鏡に映っていた。

 アゼリアの黒の髪に、ひどくよく似合った色合いだった。いつも適当にくくられていた髪は、きちんと結われていて、真っ白い花がかんざし代わりにさされている。


 ブルーの下地に、薄いレースがなびいていた。胸元に散りばめられた花のような布地が、どちらかと言えば細い体つきのアゼリアをふっくらとして見せて、魅力的に見せている。


「可愛いわよ」

「……あ、あの」


 何を言えばいいのか、わからなかった。すっかり大人しくなってしまったアゼリアの瞳を見ないようにと、バーベナは気遣いながら、そっと彼女の背に手を置いた。「あなただって、女の子なんだから。別に、おしゃれをすることを恥ずかしいだなんて思う必要はないわよ」 一体、誰が許さないっっていうの? と告げられた言葉が、頭の中から離れなかった。



 今日は、ディモルが来るのだろうか。

 アゼリアはそわつきながら、狭い小屋の中を言ったり来たりと忙しい。優しく叩かれた音が聞こえて、きた! と飛び跳ねた。ルピナスはそんなアゼリアを呆れたように見ていたが、以前のような刺々しさはない。ただ、すっかり“女の子”らしくなった、と苦笑しているだけだ。


「こ、こんばんは!」


 ディモルが言うよりも先に、アゼリアは勢いよく言葉を載せた。「え、こんばん……」は、とディモルはすっかり言葉をなくしてしまった。


 夜に会う彼とアゼリアは、毎度記憶をなくしているから、差なんてきっとわかるはずがない、と思っていたのに、やっぱりわかってしまったらしい。当たり前だ。彼は昼のアゼリアともすでに出会っているのだから、しっかりとディモルの記憶に刻まれている。


「そ、その」


 ディモルは、アゼリアを上から下までじっと見つめた。そんなことをしては失礼だとわかっているのに、気遣うことすらできなかった。


『別にあげてしまってもいいけど、ドレスを渡されたところで困るでしょう? 私もたまに、服を変えて街を歩くこともあるの。これなら、貰ったところで困らないんじゃない?』


 バーベナの台詞だ。


 アゼリアは今日ばかりは黒いローブはクローゼットの中にしまった。足元は厚手のタイツに、ただのどこにでもいる町娘のような、派手でもないスカートを穿いて、ケープを羽織った。それだけでも、ディモルの前に立つことはたくさんの勇気が必要だった。だからディモルの反応を見て、震えて、唇を噛んだ。


 やっぱり、やめておけばよかったと思ったとき、ディモルは、へにゃりと笑った。


「とても、かわいいね」


 耳の後ろが、とにかく熱くてたまらなかった。ひどく胸が、ぎゅっとする。

 二人して、真っ赤に顔を染めたまま、見つめ合った。言ったディモルも、すっかり照れてしまったのか、手の甲を口元に置いてちらりと視線を逸らした。それでもやっぱり、アゼリアと顔を合わせた。


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