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1杯目

 

 さくさくと、小さな足跡が進んでいく。


 片手には身体には見合わない大きなスコップを抱えていた。

 しっかりと手袋をして、分厚いローブを羽織っている。それでも口から白い息が漏れた。靴底から、不思議な足ざわりを感じる。毎年同じはずなのに、それでも慣れないのは今年が特に寒いからだ。それから、少しばかりは寂しく感じているのかもしれない。


 深く被ったローブのフードを、ちらりと片手で持ち上げると、真っ白い景色の中でもときおり鳥達が通り抜けて、可愛らしい声を聞かせてくれる。それから、すっかり裸になってしまった木々の枝に羽休めを始めた。みるみるうちに身体を膨らませて一息ついているその様を見て、アゼリアは吹き出したように笑った。


「あっちの方が暖かいよ。気づいてくれるかな」


 鳥の声は聞こえないけれど、こちらの言葉なら通じるかもしれない。そう思って、長い袖からちょんと手袋を出して指差してみる。小鳥達がきょときょとと首を傾げてまるでわかってる、とでも言いたげにちち、と返事をしたそのときだ。すぐさま彼らは飛び立った。かしまし気な声が響いている。


 分厚くて野暮ったい。そんな服を着込んだアゼリアとは比べ物にならないくらい、彼女たちはきらびやかな可愛らしい、色とりどりのドレスを着ていた。

 少女たちは、アゼリアを見て一様に眉を顰めた。


「……影が、こんなところに?」


 慌てた。貴族エリアということはわかっていたのに、のこのこと姿を現してしまった。アゼリアと、彼女達。大した距離はないはずなのに、真っ白な雪が彼女たちを見事に隔てていた。大きなスコップを抱きしめたまま、アゼリアは一歩、後ずさった。少女たちの不快な表情に震え上がったからだ。当たり前だ。アゼリアは“影”なのだから。慌てて瞳を伏せて、自身の足元を見つめた。


 どうするべきかと逡巡して、すっかり固まっている間に、彼女たちはそそくさと消えていく。「目が汚れてしまいますわ。戻りましょう、バーベナ様」 ピンクブロンドの髪の少女を取り囲んで話し合う声が聞こえた。汚いスコップ、だとか。この間は大きなハサミを持っておりましたわ、きちんと姿を消さないだなんて、下手くそな影ね、だとか。

 僅かに、顔が赤くなった。


 先代の影は、つい最近死んでしまったばかりだ。一月ほど前のことだった。アゼリアは彼の弟子のようなものだったけれど、まだまだ彼には及ばない。白いひげで、少しばかり話しかけづらくて、それでも何の役にも立たないアゼリアにも、根気よく教えてくれた人だ。


「気にしちゃだめよ、アゼリア。なによあの人達! この“庭”を手入れしているのは、アゼリアだってのに!」

「ルピナス……」


 ぷんすこほっぺを膨らませながら飛び出したのは小さな妖精だ。薄くて繊細な羽根をびっくりするほど素早く、びゅんびゅんと動かして彼女の周りを飛んでいる。彼女の姿はアゼリアにしか見えないし、ルピナスはアゼリア以外の人間と話すつもりなんて毛頭ない。


「そんなに怒らないで。仕方ないよ。この庭は王様から管理を賜った、とても大切なものなんだもの。美しい庭に、それ以外はいらない。私は影で、あってはいけないものなんだから」


 相変わらずアゼリアの頬には冷たい風が叩きつける。それだというのに、彼女たちが歩いていったその場所は雪一つもなくて、草木がはびこる暖かな小道だ。それは王とともにある、大地の精霊がはるか昔に作った道だ。


 アゼリアは庭師とも呼ばれる。

 影として、この庭を美しく、剪定し続ける仕事だ。かぶったフードからちらりと覗く黒髪は、雪の中ではひどく目立つ。


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