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決意と回想

 目を覚ました時、真っ先に視界に入って来たのは、茶色の天井だった。

 何もかも夢だったのだとほっと息を吐いて、柔らかな布団の肌触りのよさに目を閉じてもう一度夢の世界へと入ってしまおうかと寝返りを打ったところで、目の前を金色がさらりと滑る。

 慌てて飛び起き髪をつかんで目の前まで持ってきても、見間違うことなく見事なまでの金髪が両手につかまれて視界を満たした。


「やっぱり夢じゃない……」


 右を見ても、左を見ても、先ほど意識がブラックアウトする直前まで見ていた室内の様子とまるで変わりがなく、否応なく身体の中で心臓が暴れでしているのが分かる。早鐘の様な心臓と反するように掌からは血の気が引いて、両手をきつく握りしめても熱を感じられない。

 なんでこんなことになってしまったのだろう。

 異世界転生なり、異世界召喚なりであれば神様のような人知を超えた存在が何故こうなってしまったのかを説明してくれるものでは無いのか。役に立つ能力の一つでも授けてくれると相場が決まっているでは無いか。


(あぁ、そっか……)


 なんでなんでと小さな子供の駄々のように心で繰り返していたが、数え切れない程自問したところでふと腑に落ちた。

 ここは物語の世界ではなく、私はけして物語の主人公では無いのだ。

 確かに、幼くなっているとはいえかつてプレイしたゲームの主人公の外見に、主人公の名前を持っているようだ。けれどこれはセーブデータを取っておけるような、何度も選択肢をやり直せるゲームでは無いのだ。

 ならば、何度も同じ後悔はしたくない。

 私は死ぬ間際に何を考えていた。誰もかれもにいい顔をして、人の言葉に流されて、心から信頼できる友人の一人も出来なかった。

 ――次に生まれ変わたら、きっと自分の意思を貫ける人間になる。

 死に際の自分の言葉すら貫けないのなら、私は何時まで経っても流されるしかないろくでなしだ。


 深く息を吸って、肺が軋むほどに、淀んだ空気を無理やり吐ききる。音を立ててこの世界の空気を取り込めば、仄暗かった視界が明るく開けるようだった。

 再度ゆっくりと部屋中を見渡す。運よくこの部屋には侍女の姿はない。きっと私が目を覚ますのを待機して待っているのだろう。大きな物音を立てるか、もしくは枕もとの呼び鈴を鳴らさなければ暫くは放っておいてくれるはずだ。


「まずは一旦ゲームのことを思い出してみるか……」


 プレイしたことはあるといっても、初めてプレイした恋愛ゲーム――つまり十年は軽く超える程度には昔の事だ。正直なところざっくりとした内容しか覚えてはいない。

 舞台は西洋ファンタジー風なとある王国。王族を筆頭に貴族が絶対的な権力を持っていた世界。中世ヨーロッパをイメージして作られていたのだろう。

 主人公は誰が見ても可愛いと思われるような華奢で可憐な容姿で、イベントスチルではよくお姫様抱っこやら抱き上げキスやらをされていた気がする。

 主人公は歴史ある伯爵家の、ただ一人恵まれた一人娘。

 学園生活を通して、五人の攻略対象たちと仲を深め、幸せな学園生活を過ごしていた。だが、ある時、実家主導の事業が失敗し多額の借金が出来てしまう。

 それをききつけた悪徳商人が主人公との結婚を条件に借金全額を申し出、領民のことを考えた両親は泣く泣くその条件をのむ。

 そして結婚式の当日、望まぬ結婚を強いられそうになった主人公を各攻略キャラたちが助け出して、そのままあれよあれよという間に攻略キャラたちとの結婚でハッピーエンドだ。

 ちなみにここで誰のルートの条件も満たしていなければバッドエンドとなり、大人しく商人と結婚して暗転、終了。

 ざっくりと思い出してみたが、もはやため息すら出ない。

 このままでは誰かと恋をしなければ私は歳の大分離れた、いかにも性格も女の扱いも悪そうな男と結婚をする羽目になるというのか。


 そもそもの話、やはりこの主人公のことがあまり好きになれないのだ。

 親が言ったから商人と結婚させられそうになり、男が助けに来てくれたから逃げる。助けが来なければそのまま反抗の一つもせずに結婚する。

 言われるままにいい子に従って……本当に私にそっくりな性格。

 気が付けばぎり、と音がなるほどに奥歯を噛み締め、拳にも力が入っていた。誤魔化すように握った拳を開いて髪を手櫛で梳かす。


「まぁでも、この容姿も原因だよね。」


 梳いた髪の毛先を指先で弄び胸元から下の身体を見下ろす。

 子供の頃でさえ、先ほど見たような整った容姿。今はまだ少女らしくするりとした体つきだが、後数年もすれば女らしい丸みが付き、大きすぎることは無いが主張をする胸の膨らみに縊れた腰、すらりと伸びた四肢。背の高すぎないせいか、華奢な骨格のせいか妖精のような魅惑的な少女になるのだ。

 裕福な家の美しい両親から、美しい子供として生まれ、可憐な幼少期を過ごし、美しい少女になる。

 教育も躾けも行き届いた誰からも愛されるのが当たり前の人生。

 悲しいかな、そんな記憶のかけらもない以前の人生ではあったが、想像すれば成程、唯々諾々と言われるままに従っていれば何の問題も無い人生の出来上がりと言う訳だ。主人公一人を責めるのも酷な話だろう。

 それに、その生き方だって、そのまま何事もなく貴族として育ち、貴族として結婚をし、貴族として死ぬのであれば何の問題もない人生だったのだろう。けれど、私は知ってしまっている。前の人生は言われるがまま流されるままに生きてきて、後悔しか残らなかったことを。必ずそうなると言う訳ではないが、フレーズとしての人生もこのままでは暗く閉ざされたものになるかもしれないという事を。

 ならば少しでも可能性を作らなければ。


 そして、可能性と言えばもう一つ。忘れてはならない攻略対象たちの存在だろう。

 正直どの攻略対象もさして好みでは無かったせいで、名前もぼんやりとしか覚えていないが、容姿や肩書なら思い出せる。

 一人は第一王子、確か金髪青眼のいかにもといったキャラクターだった筈だ。

 二人目は茶髪の長髪で侯爵家の次男、王子の側近候補みたいな人間。

 三人目は教主の親戚だったか何だかで教会の人間だった筈、髪は銀髪だったかそんな感じの色素の薄い感じの人。

 四人目は騎士爵の出の軟派そうな赤毛の人で、ありがちだが軟派になった理由があるとかそんな感じ。

 五人目は先生で、エリート気質なプライド高そうな人だった筈。明るい茶髪なのか暗い金髪なのかみたいな髪色だったような。


 こうして思い出してみると、なんとも記憶というものは不確かなものだ。フレーズの記憶も残っている私からするとこの国には金髪も、茶髪も、銀髪も、赤毛も何一つ珍しくは無いという事が分かっている。

 確かに銀髪は平民にはめったに見ないが、裏を返せば貴族にはごろごろいる。侍女たちの中には下級貴族の娘もいるのだから、その中にも銀髪がいる位には全く珍しくない。

 流石に王子様ともなれば見た瞬間に分かるだろうが、それ以外の人間を学校の中で限定したとしても見かけたからと言って分かる筈がなさそうだ。名前すら貴族っぽい名前、だとかなんとなくふわっとしたこんな名前だった気がするとか、その程度でしか覚えていないのだからほぼ無理に違いない。


(あぁ、でも……)


 攻略対象の男達とは別に、何人かのキャラクターがふと思い出された。

 攻略対象では無い人たちであれば、この目で見ればわかるかもしれない。

 かつてプレイした時、私は攻略対象よりもその脇に必ずいるサブキャラクターたちにひかれていたのだ。

 例えば、王子であればふたつ上の姉姫であるとか、教主の親戚ならば年の離れた弟だとか。けれどその中でもやはり一番好きだったのは侯爵様だった。そう、茶髪の攻略対象の父親だ。

 溢れる父性と、それでいて貴族として、長として毅然と立ち振る舞うその姿はとても素敵だった。スチルなんて存在しなかったけれど、キャラクタービジュアルのイラストを見て心が躍ったことを覚えている。

 だからもしかしたら、サブキャラクターを切っ掛けに攻略対象を見つけ出すことは出来るかもしれないのだ。


 けれど見つけたとしてどうしたらいいんだろう。攻略対象だから、私は誰かを好きになるようになるのだろうか。

 仮に、誰かが私を好きになってくれたとして、私はその人を好きになれるのか。好きでなかったとしても商人と結婚することを天秤にかけて結婚するのだろうか。

 不安は、皆底から噴き出す泡のように、静かに、でも確実に私の心の許容量を逼迫させる。


 が、くぅぅぅと情けない音に思考が遮られた。

 音の出所をまじまじと見つめるが、何度瞬いても先ほどかわいそうな音を立てたのは自分の腹だった。そしてもう一度、今度は短く追い打ちのように高い音が鳴る。

 そういえば、朝起きて、支度をしてもらった途中で倒れて……今が何時かもわからない。

 窓の外はまだ明るいからきっと昼ではあるのだろうが、それが何時であろうとご飯時を逃してしまったことには変わりない。

 考えるにせよ、行動するにせよ、まずはきちんと食事をとってからにしよう。

 枕もとに静かに佇むベルを控えめにならせば、直ぐに見覚えのある顔の侍女が見事な礼をして部屋に姿を現した。


「お腹がすいたの、食事にしもらえるかしら。」


 さて一旦は、貴族令嬢の私に戻る時間だ。

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