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始まりの目覚め

 目を覚ました。

 と表現するのが一番しっくり来た。

 第三者からみればすでに起床し、服を着替えさせて貰っているこの状況は充分に『目を覚ましている』筈だったが、それでも私は今、この瞬間に目を覚ましたのだと感じた。


 全身を余すことなく映し出せる、品の良い装飾の施された大きな鏡。そのくもり一つなく、磨き上げられた鏡面に映し出されているのは紛うこと無き私の姿だ。

 手入れの行き届いた光り輝かんばかりの黄金の髪は、緩やかに波を描きつつブラシで整えられれている。

 真直ぐにこちらを見つめる瞳は、金ともとれるような淡い黄色の瞳は以前本か何かで見たことのある美しくカッティングを施された宝石のよう。それを縁どる瞬く度に風を扇ぐ音がしそうな睫毛は、髪と同じ色に瞳の周りを縁どり、瞳と合わせて芸術価値のあるアクセサリーのようでもある。

 肌も透き通るような白さで、これが所謂『白磁の肌』というものなのだろう。つんとした鼻も上を向きすぎず、下を向きすぎず。そこにあるのが当然というように丁度良くその位置に存在し、その下にはふっくらと血色の良い花の様な唇が恥ずかし気に色づいている。

 そう、これが現在十歳である私の姿だ。

 今のこの瞬間まで何の疑問も持たずに過ごしてきたこの姿。だがしかし、今私の脳裏には、暗い茶に染めた髪に、黒色の瞳、白磁というよりもあえて褒めるのであれば象牙と言われそうなクリーム色の肌の――とうに成人した女の顔が浮かぶ。そしてその名前も、それどころではなくその人生の始まりから終わりまでの全てが思い出のように浮かび上がるのだ。


(私の名前は、高木美里……いや、フレーズ・ド・フリュイ)


 頭の中が鍋をかき混ぜた時のようにぐるぐるとする。

 いや、この例えだっておかしいのだフレーズである私は、貴族の娘なのだから、鍋をかきまぜたことなどある筈がない。

 何かがおかしい、何もかもがおかしい。

 今この瞬間も得られる情報と、記憶とのギャップに思考が追い付かない。


「フレーズ様、いかがなさいましたか。」


 困惑が相当表情に出てしまっていたらしい。ずっと身支度をしてくれていた侍女の一人がその手を止めて気づかわし気にこちらを伺っていた。

 ちらりと横目で鏡を見れば、確かに自分の顔は血の気が引いて青ざめていた。これでは世話役の侍女で無くとも異変に気付くだろう。


「……少し、気分が良くないみたい。少し一人にしてもらえるかしら。」


 困惑をなるべく気取られないように、息を吸い込み笑顔をつくる。嫌な事があった時の『私』の癖。

 何か言いたげな侍女だったが、それでも何かを察してか、あるいはただ単純に気付かいか。他の支度をしている侍女達の作業を止めさせて、一礼をして部屋を去っていった。きっとドアの前に代表の侍女だけを残して、近くの待機部屋で待つのだろう。


 がらりと一人だけになった広い部屋の中、私は改めて鏡に映る自分の姿を見つめる。

 何度見ても先ほど見た時と全く変わらない、美しい少女の姿。手を伸ばして鏡に触れようとすれば、鏡の中の少女も一瞬の遅れも無く同じ動作をするのだから、これが私自身だというのは間違いが無いのだろう。

 『フレーズ・ド・フリュイ』

 これがたしかに私の事であると認識は出来るのに、今の私は『高木美里』が自分であったという記憶の方がよりリアルに感じるのだ。

 家族のこと、学生時代のこと、社会人になってからのこと――そして、記憶が途切れた瞬間のことも。

 誰かに妄想だと笑われるかもという事を一度考えないようにすれば、浮かび上がる答えは一つだけあるのだ。

 『高木美里』はあの瞬間ホテルで死んで、『フレーズ・ド・フリュイ』に生まれ変わった。

 そして、今の今まで忘れていたがなんらかの原因によって前世を思い出したのだ。


「何らかって何よ……前世ってなによ……」


 自分の考えがあまりにも荒唐無稽すぎて乾いた笑いの一つも湧き上がって来ない。

 確かに、小説や漫画やゲームをやってきたし、その中には確かに転生ものだってあった。けれどあくまでそれは創作のお話だ。現実に起こるなんてことはあり得ないし、そんなこと望んでもいない。


(あれ……?)


 ふと、頭を一つのゲームがよぎった。

 確かにプレイした記憶のある、女性向けシミュレーションゲームの一つ。

 主人公は貴族の娘で、望んでいない結婚式からキャラクターに助け出されてエンディングを迎える――私が初めてプレイした、私が好きになれなかったゲーム。

 金の髪に、金の瞳、誰からも愛されるであろうかわいらしい容姿の女の子。

 ごくり、と喉が鳴った。

 伸ばしたままだった手を鏡面に付ける。ひやりとした感触。一歩足を踏み出してまじまじと映り込む自分の顔を見た。

 アニメ調のイラストを、現実にしたらこうだろうなという――いやむしろ、もう少し成長した私の姿を、イラストにしたらまさにあのゲームの姿といったほうがしっくりくる気さえした。

 そして、極めつけは名前だ。

 フレーズ・ド・フリュイーー最初は何の疑問も浮かばなかったが考えてみれば何てふざけた名前なんだろう。苺と果物なんて、本当に単純な、自分が付けたあのゲームの主人公の名前そのままだ。


 ぐるりと辺りを見渡せば、広い部屋を飾り立てる家具の数々、天蓋付きのベッドも、飾りのついた棚も、洋服を入れるためのクローゼットも、入り口のドア一つとっても何処となくゲームで見た気がする。

 本当に、私は、乙女ゲームの主人公になってしまったのだろうか。第一、最近の小説ではこんな時になるのはいわゆる悪役令嬢だとか、もっと関係ないモブになるものでは無いのか。

 いや、何に転生するのかはこの際全く問題ではないだろう。そもそもの話、転生すること自体が大問題なのだ。

 ぐらりと視界が揺れる。ごちゃごちゃした思考につられて勘違いをしているのかなどと思った瞬間、頭が支えを失って床にひっぱられた。

 視界が一瞬で天井の色で染められて、次の瞬間、何か重い物が当たる鈍い音が何処か他人事のように響いた。


(私、また死んじゃうのかな……)


 力加減もせずに開かれたドアの音と、何か叫ぶような大きな声、ばたばたと慌ただしい足音をぼんやりと聞きながら、私の意識はそこで途切れた。

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