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プロローグ2 某三十路会社員の場合

プロローグ2

 シックな色で無難にまとまられたホテルの一室、その中でやたらと整えられたベッドの上で私は膝を抱えていた。

 ムード重視のほの暗い照明のなか、煌々とした光を主張するシャワールームへのドアからは、先ほどからシャワーの水音が漏れ聞こえている。


「何で、こんなことになったんだっけ……」


 声に出して自問しても答えは一向に帰って来ない。

 確認しよう。

 私は、高木美里。30歳。独身、彼氏無し。

 出世も無ければ、大きい問題も無いような部署で仕事をしては、休日はゲームをするか、映画や動画を垂れ流しにして時間を浪費することしかしてこなかった面白みのない女。

 学生時代から敵を作らないようにだけを気を付けて生きてきて、浅く狭い交友関係をきづいてきた。

 流れにまかせて学生時代に2度恋人がいたはずだが、何事にも進展せず進学や就職の流れで自然掃滅してきた。


 この自分で語るのも悲しい半生を思い返せるということは、先ほど食事で飲んだアルコールが回りきって意識もうろうとしている訳でもない。

 まぁ、そんなことは分かりきっていたのだ。

 終業後からの流れを全て、思い出すことは問題なくできるのだから。


 今、シャワー室に入っている人――会社の先輩に会社が入っているビルを出た所で声を掛けられた。

 曰く、店を予約して友人と行くはずだったが、その友人が急用で行けなくなった。二人で予約してしまったためとても困っているので助けて欲しい。

 別段、プライベートでまで親しい先輩では無かったが新人時代にひと月ばかり教育をしてくれた人ではあった為、断りづらかった。

 何よりも場所がオフィスのビル目の前だったので、ここで断るのもどこかの方面に角が立ちそうで面倒だった。

 付き合い出来てみれば、洒落たつくりではあるが居酒屋の範囲内だったし、コースを予約していたわけでは無かったので、キャンセルの連絡を入れて日程をずらせば良かったのにと恨めしくも思った。が、そんなのは序の口だった。

 やけにまごまごされて会話が盛り上がらない、時間がたてばハイペースであおった酒に飲まれたのかやけに絡み酒になる先輩。

 やっとの思いで会計を済ませて外に出れば気分が悪いと言ってホテルに立ち寄ることになった。

 本当に浅はかだったと思う。

 チェックインしてエレベーターに先輩を誘導したところまで、私は先輩一人を部屋に置いてタクシーでも拾って帰宅する気持ちでいたのだ。

 ところがエレベータのドアが閉じた瞬間、今までふらついていた先輩が私の腰をぎゅっとつかんで耳元で低く囁いたのだ。


「ここまで来たってことは、嫌じゃないってことだよな……」


 言葉に意味を理解する前に、ぞわりと一気に鳥肌が立った。血の気が引く音というのを生まれて初めて聞いたかもしれない。

 あっという間に部屋に入って、鍵をかけられ、先輩はシャワールームへ――つまり今に至るという事だ。


「どうしよう……私別に先輩のこと好きじゃないのに……」


 流石にここまでくれば私だってわかる。

 そもそも先輩は私を誘いたくて嘘をついていたのだろう。

 そうして思い返してみればまさにという態度であったし、私の行動はそれを理解したうえで一緒に過ごしている女のものに見えなくもない。

 ここで先に帰ったら先輩は怒るだろうか。

 仮に寛大な心で怒らなかったとして、明日からの仕事が気まず過ぎないだろうか。

 先輩のことを好きな人だったら他にも絶対に居るはずなのに何で私なのか。

 答えの出ない問題ばかりがぐるぐると頭の中を駆け巡る。

 

 結局何か行動を起こすことは出来ずにベッドの上で固まった私が、次に動き出せたのはガチャリというドアの開く音のおかげだった。

 いつの間にかあんなに気になってたシャワーの音は止まり、視界にはバスローブの先輩の姿が侵入してきた。

 こちらへ一歩一歩近づいてくるとともに、乱雑に着たのかバスローブの合わせから会社では見るはずの無い先輩の内ももや膝がチラチラと見える。

 どうしようもない現実に恥ずかしいのか困惑しているのか自分でもわからないまま俯いて床を見つめ続ける。


「高木、もシャワー浴びてきたら……」

「え……あー、はい……そう、ですね。」


 いたたまれなさに先輩の顔を見られずに、足早にシャワールームへ身を滑り込ませる。

 長くシャワーの音がしないのも気にされるかもしれない。そう考える頭と反するように服を脱ぎにかかる手はのろく、亀の歩みのようだ。

 身に着けた衣服を、下着までも全て脱ぎ去り、まだ湯気の残るシャワールームに足を踏み入れる。

 濡れた床に足をつけるなんて事の無い動作にやけに嫌悪感を覚える。


 こんなことになると分かっていたら絶対に声を掛けられた時点で断るんだった。

 せめて、出てすぐタクシーに先輩だけを入れて返せばよかった。

 昔からそうだ、お願いだ、頼むよといわれると断れない性分なのだ。

 誰かからこうしてと指示されることに慣れ切った私は、思い返せば自分の意志だけで決めてきたことなんてひとつもなかった。

 高校だって当時仲の良かった友人が一緒に行きたいというから受験した。

 結局その子とは入学早々にクラスが分かれてそれっきり疎遠になった。

 高校の時にできた彼氏も、なぜ付き合ったのかと言えば文化祭の準備期間に告白されたからだった。

 大学もその彼が一緒に行きたいと言ってきたので受験したら、私だけ受かって彼が落ちた。そのせいで自然破局もした。

 大学の時にも告白されて1つ上の先輩と付き合ったが、就職戦争にどんどんと荒んでいってしまった結果これも自然破局。

 就職は大学の時に同じサークルで仲の良かった先輩が先に就職していた会社で、おすすめされたので面接に行ったら受かった。

 その先輩は全くの別部署だったし、私が入って半年で寿退社した。

 退社後も何度か会う機会はあったが、段々と子供の話しかしなくなってしまって話が合わなくなって疎遠になった。

 ひとつひとつ上げていけば、こんなに流されていた人生だったのかと愕然とする。



「どうしてこうなっちゃったんだろ……」


 例えば、これがゲームや漫画の主人公だったら、こんなに人に流された人生は歩まないのだろう。

 私が見てきたお話の主人公たちも男女関係なく、自らその運命をつかみ取りに行っていた。


「あ、でも……」


 少女漫画や、RPGの主人公たちが高速で思い返される中、ふと1つだけ経路の違う主人公の姿が頭をよぎる。

 学生時代、生まれて初めてプレイした女性向け恋愛シミュレーションゲーム――いわゆる乙女ゲーといわれるうちの1つだった。

 たまに出てくる主人公のビジュアルからして金髪でふわふわのロングヘア―、華奢な体躯に、フリルやリボンたっぷりのドレス。

 金の瞳もそれだけのイメージなら意志の強さが目立ちそうなのに、ぼんやりとした淡い光のようだった。

 最近の乙女ゲームでは、自ら戦ったり、気が強かったり、はかなく見えても意志の強い行動力のある女性が多いように思えるが、この主人公はとにかく待ちの姿勢だった。

 主人公の行動に攻略対象のキャラクターたちが癒され、惚れこんでいく。

 エンディングはどのキャラクターもパターンは共通で、親の都合で随分年上の成金と結婚させられるのをキャラクターたちが教会に駆け込んできてさらっていくのだ。ここで好感度が足りていないと誰も助けに来ず、政略結婚が完了しバッドエンド。

 つまり自分から逃げ出そうとは一切しないのだ、この主人公は。

 私はこのゲームを一通りやって、でもどことなく好きにも嫌いにもなれずもやもやした気持ちのまま棚の奥にしまい込んだ。

 当時は攻略キャラクターよりも攻略できないサブキャラクターの方が好みだったからとおもいこんでいたけれど、今ならわかる。主人公の思考があまりに自分と似ていたからだ。

 好感度を左右する選択肢は基本的に上がるほうを選ぶので、冷静に考えれば八方美人。親や教師の言う事から外れず、指示されたことはきちんと守る優等生。まさに学生時代の私そのものだ。


「はぁ……」


 ため息とともに一歩踏み出し、シャワーのハンドルを回すために手を伸ばそうとする。

 だが、その一歩に重心を乗せきる前にずるりといやな感覚と共に、身体の重心が後ろへと引かれるように傾いた。

 ぐるりと回る視界に、照明の光が白く刺さる。

 頭への強い衝撃と、白いままぼやけていく世界。


(次に、生まれ変わるなら……)


 次に生まれ変わるなら、きっと自分の意思を貫ける人間になる。

 何故か確信めいた死の予感の中、ふと先ほどのエレベーターでの先輩の言葉を思い出した。


「嫌だよ。」


 いまさらになっての、拒絶の言葉を口にする。


 濡れた床に投げうたれた身体。

 何一つ身に着けていない衣服。

 物音に驚いたのか様子を伺う先輩の声。


 これが私、高木美里のつまらない人生の幕引き。

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