歴史的暴君
畳の上、将棋盤を挟む形で、男女が向かい合っている。
男は、上等なスーツに身を包んでいて、痩せ身の小さな背中を丸め、ただでさえ小さい身体をより小さくしたような形で、女の方を見上げ、サルのような皺だらけの赤い顔をさらにしわくちゃにして顔を綻ばせている。
一方、向かい合う女の方は、燃えるように赤い派手な着物を着ており、とても整った顔立ちをしていて、その美しい顔を将棋の盤には向けずに、経済新聞を読んでいた。
「王手にございまする」
男はサルのような顔を綻ばせたまま、自分の持ち駒にあった飛車の駒を女の王の駒の横に指した。
女は、ゆっくりと経済新聞を折りたたむと、その整った顔の眉間に皺を寄せる。女の顔はみるみるうちに赤くなり、やがて男のサル顔よりも赤くなった。
「猿っ!!」
女はそう叫ぶと、新聞を畳に叩きつけ立ち上がり、将棋盤を蹴飛ばすと、男の胸倉を掴んだ。
「ひぃ!お許しください!!」
男が悲鳴をあげて懇願すると、女は突き飛ばすようにして男の胸倉を離し、叩きつけた新聞を拾い上げる。
「これを見てみろ!」
女は、新聞を広げ、尻餅をついている男に突き付けた。
男は、恐る恐る突き付けられた新聞を手に取り、しげしげとそれを眺めた。
「ほぉ、家康様が内閣総理大臣にお就きなられたのでございますか……」
「あいつが総理大臣になるのが気に食わん。前世で末代まで200年も国を治めたというのに、また国を治めようというのか!それに比べてワシは、天下を取ることも叶わず、手に塩かけて育ててやった明智の奴に寝首を掻かれ、気付いたこのようないかれた世の中におり、この様よ!!」
女は、着物の襟を勢いよく広げ、男に詰め寄る。
「それはそれで、風情がございますし、それに信長様には、今でも表にでないものの、屈強な強者どもがついておられるではございませんか」
男の視線は、女の姿の信長の胸と、畳をいったりきたりする。
「猿っ!ヤツを失脚させろ!!」
信長は、さらに男に詰め寄る。
「信長様、お言葉ですが、私は、一介の社長でしかございませぬ。家康様を失脚させることはとても……」
男が額を畳につけ、震える小さな声を絞り出す。
「お前はそれでも豊臣商事の代表取締役、豊臣秀吉か!野郎ども!この腰抜けを切り捨ててしまえ!殺した後は、コンクリートに詰めて、海にでも捨ててしまえ!」
信長がそう叫んだ瞬間、和室の襖が開き、日本刀をひっさげた柄の悪い男たちが、わらわらと入ってくるなり、鋭い眼光を畳にひれ伏す秀吉に向けた。
「ひぃ!やります!!やりますとも!!命だけはお助けを!!」
「もし、しらばっくれたら、どうなるかわかっているだろうな?行ってこい!」
信長がそう言って秀吉の肩を叩くと、秀吉は蹴られた馬のように駆け、和室を後にした。