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第7話 じゃあスカートの中を覗けばいい

 ブロスさんが僕たちの計画を話し終えた。

 すると一瞬シーン、と場が静まり返ってそして——笑った。


「ハッ、面白そうな事を考えやがるな。バレたら大変な騒ぎになるのだけは間違いねえな。嬢ちゃん……じゃねぇイニス、だったか? 俺はグロウルフェロー。ロウさんなんて呼ばれてるぜ、よろしくな」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 僕は()()()()()優雅にお辞儀をした。


「おおっと、こりゃ……本当に卒業までいけちまうかもしれねえな」


 店主のおじさん……いやロウさんは頭を上げた僕を見ながらそう呟いた。


「あぁ、そういや腹は減ってんのか? なら食ってけよ、俺の日々磨かれ続けている腕を見せてやるぜ」


 ロウさんは僕の「はい」という返事を聞くとササッと素早い動きで料理を作り始めた。

 その動きはなんとなくブロスさんが狩りをしている時の動きに似ている気がした。

 あとでそれをブロスさんに伝えたら「そりゃあアイツも俺と同じ元騎士だからな」と言われて納得した僕だった。


「はい、お待ちどうさん」


 そういって僕とブロスさんの目の前に並んだのは村ではお目にかかる事ができないような料理ばかりだった。


「こいつがカンカン鶏の唐揚げでこっちの甘ダレにつけて食うんだ。そしてこれがチーズをたっぷり使ったスティックピザ、んでクイーンサーモンのフリットとパンパンプキンの冷製スープ。おまけにウチで育てた生野菜を使ったサラダだ」

「う、うわぁブロスさん、これヤバいですよ。見てるだけで涎が……じゅるり」

「おい、イニス。男が少々というかだいぶハミ出ちまってるぞ」


 おっとはしたない、はしたない。

 僕は呪文のように唱えるけどこの美味しそうな料理を前にして澄ましているなんて無理だよ。


「ロウさん、いただきますっ!」


 僕はもう一秒も我慢出来なかった。

 はしたないの精神は一旦横に置いておき、目の前の料理を急いで口に運ぶ。


「お、美味しすぎる……」


 感動に打ち震えている僕の横でブロスさんも料理を食べ始めたみたいだった。

 そして一口かじるとロウさんに親指を立てた。……後で聞いたら”いいね、素晴らしい”という意味だと教えてくれた。


「しばらく会わないうちに磨かれていたのはその頭だけじゃなかったようだな」


 素直に美味しいって言えばいいのにブロスさんもなかなかの皮肉屋だね。



「ふぅ……ごちそうさまでした」


 用意してくれた食事を食べ終わるちょうどの頃合いに運ばれてきたプディングという不思議な食感のデザートまでをキレイに平らげると美味しさの波からなんとか抜け出して、ようやく僕は一心地ついた。


「そんなに美味そうに食べてもらえると料理人冥利につきるってもんだ」

「イニス、こいつはあまりに料理を作るのが好きすぎて騎士をやりながら料理人の修行をはじめたっていうキワモノだ」

「キワモノってなんだよ、俺とお前だからいいけど他のとこでそれを言ったら悪口になるからな?」


 ん、なんだかどこかで聞いたことのあるようなセリフだな。

 どこだったか……と思い出していると不意にハルトの顔が浮かんできた。


「そういえばハルトはどうしてるかなぁ……」


 気づかないうちに口に出していて自分で少しびっくりしてしまった。


「まぁハルトだったら上手くやってるさ。なんせ教えたやつの腕がいいからな」


 ブロスさんは僕を安心させようとしてるのか笑顔でそう答えてくれた。

 食事を終えると僕とブロスさんは学園へ行くために店を出た。

 店主のロウさんからは「なんかあったらすぐに俺のところに来いよ」という力強い言葉を貰い、ここに立ち寄って良かったなとお腹を撫でつつ思うのだった。



「よし、見えてきたな。あれが王立魔法女学園、通称魔女学園だ」


 この街の建物はどれも村にある建物より大きかったけど、この学園は近くで見るとさらにその何倍も大きくて、その中で生活する自分を想像することすら難しいくらいだった。

 学園の門では一人ずつ順番に時間をかけて刻印の確認、そして本人の確認を行っているようで入り口である門の周りには入学を待つ女の子達やその家族、あと新人魔女見習いの女子を見に来たのかこの街の住人であろう若い男の人達も集まっているようだ。


 それを見た僕の心をどこからかきた不安の雲がまた覆っていくのを感じた。

 その時、ブロスさんの温かい手が僕の肩を叩いた。


「大丈夫だ、剣の腕は大して上げてやれなかったけど女子力っていうのか? そいつはそこいらの女の子よりも上だ。俺が保証してやるよ」

「……はいっ!」


 僕の心を覆い始めた不安の雲は太陽のようなブロスさんによって晴れていった。

 決して今も太陽を反射してピカピカと輝いている頭の事を指しているんじゃないからね。


「さて、俺はここまでだ。リッカ嬢はもう中だろうけどあんまり近づいて姿を見られるのもよくねえ。ここからお前の入園を見届けて、すぐ村に帰るぞ。あんまり村をあけて村がモンスターに襲われるのもはもっとよくねえしな」

「はい、ありがとうございました。父さんと母さんを、いや村のみんなをお願いします」


 ブロスさんは村の防衛力でもあって、いちいち口にはしないけれど村に近づいたモンスターをそれとなく退治するという村にとって大事な役割があるのだ。

 ちなみに発見したモンスターは瀕死にして隣町に引きずっていき、そこにいる魔女さんにトドメをお願いしているそうで、ブロスさんが居ない今はその魔女さんにその全てをお願いしているらしい。

 それなら一刻も早く帰って貰ったほうがいいよね。


 ブロスさんと別れた僕は、入学をしにきた女の子達が審査を待っている列の最後尾に並んだ。

 ジリジリと少しずつ進んでいく順番待ちの列が、どんどん僕の番に近づくにつれていつもの不安雲が音もなく僕の心に忍び寄ってくる。

 そんな時はブロスさんの()()を思い出すと雲はすぐに消えていった。

 ふと見ると遠くの建物の影から心配そうな顔をした太陽が顔を覗かせていたからこんな時なのに笑っちゃったよ。


 そうして遂に——僕の番が来た。

 どうやら入学のチェックをするのは騎士で、男の人らしい。

 男性は学園の中には入れないけど、学園の入り口前はしっかり男の人が守るというのが実に魔女と騎士の関係を上手く表していた。


「はい次の方ー。それでは出身の村と名前を教えて下さい」

「出身はカルツという街で、名前は……イニス、です」


 それでは確認しますね、と国の住民を管理する台帳を見て照らし合わせている。

 そして目をこすったりページの重なりがないかを何度もチェックして騎士さんはようやく顔を上げた。


「すみませんがカルツにイニスという名前の方はいませんね」

「え、そんな馬鹿な!」


 僕は大袈裟に驚いてみせる。

 ここでのやり取りはブロスさんとのシミュレーション(予習)でばっちりだ。


「ああ、そういえば僕の街ではその時期に大きな災害があったと聞いています」


 ちなみにカルツは隣の街で、モンスターによる大きな災害があったのは本当らしい。


「なるほど、たしかにその時期にカルツでモンスターによるスタンピードに近いような災害があったのは知っています。が……それでも台帳にミスがあるとは思えませんね。……では先に魔女の刻印を見せて貰えますか?」


 そう言われた僕は右の手首をスッと騎士の前に差し出した。


「それでは失礼します」


 騎士はそういって慎重に、体に触らないようにしながら僕の刻印を確かめる。


「これは変わった紋ですが……確かに、魔女の刻印であるように思います」

「それじゃあ——」


 よし、これで入学が許可される!と僕は心の中でガッツポーズを決めた。


「いえ、これだけでは難しいですね。学園になんとか忍び込もうとして毎年入学に合わせて男性が女性に扮して紛れ込んだりするのでしっかりと本人確認が出来ませんことには……それに魔女の刻印も年々精巧になっていますし」


 それを聞いた僕の胸はどきりと高鳴った。

 この音がどうか聞こえていませんように、と祈りながら目の前の騎士の言葉を待つ。


「ですのでカルツの女生徒をここに呼んで確認を……っと今の時期はカルツから来ている生徒がいないようですね。どうしたものか」


 学園の生徒名簿を確認した騎士は目当ての生徒がいないと分かるとそれを閉じて思案にふける。

 今の時期にその街の子が学園にいない事は既にリサーチ済だ。


「あの、()はれっきとした女なのですが」


 あえて自分からそう言ってみるけど後から考えてみたら怪しさ満点だね。


「それは……ええ、分かっているのですが」


 騎士は書類に落としていた目を上げ、チラリと僕を見るとそう言った。

 どうやら見た目では上手く誤魔化せているみたいだ。それなら——


「それなら入学させてください」

「ええとですね……」


 どうにもままならない現状に僕は……僕はとんでもないことを……。


「じ、じゃあスカートの中を隅々まで覗いてみればいいじゃないですかっ!?」


 魔女学園への入学を待つ生徒とそれを見送る親や友人などでごった返す学園入り口前に一際大きな声が響き、辺りが一瞬にして静まり返った。

 ……やってしまった。

 ああ、僕は一体何を叫んでいるのだろうか。


「そ、そんな事は……で、出来かねますっ! ああ、そうだ。そうだな……確かに女性であって刻印を持っていれば結局は入学するわけですし……はいっ、騎士ディーラトンッ確かにッ! 確認いたしましたッ! お通りください!」


 余程女性に免疫がなかったのかディーラトンという騎士は顔を真っ赤にして僕の入学を許可してくれた。

 後で許可を出したあの人がこっぴどく叱られないように、僕は必死で女の子を演じようと改めて心の中に誓いの旗を立てた。


 やっぱりダメだと言われる前に急ぎ足で門をくぐり、学園の中に入った僕は門の格子の隙間からブロスさんに視線を送る。

 ブロスさんは遠くからではあるけどそんな僕の様子をしっかり見ていてくれたようで、親指を立てて僕に「よくやった」という意思を伝えてくれた。


 それを見た僕も親指を立ててブロスさんに「頑張ってきます」という意思を返したけど伝わっただろうか?


 こうして入学までには()()()()()()トラブルがあったけど僕は晴れてここ”魔女学園”に入学する事が出来たんだ。

 あとは卒業まで大人しくしておくだけだね。



 ……なーんて考えは入学してすぐに”甘かった”と思い知らされるのだった。

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