第57話 赫き弾痕
僕は先輩の部屋を出て、自室へ戻りながら溜め息をついた。
「あなたにとっての女神よ、かぁ」
なんだかまたはぐらかされちゃった気がする。
でも目は真剣だったからあながち冗談でもないのかな?
そんなことを思いながら部屋の扉を開けると思いがけない顔ぶれが待っていた。
「あれ、マルグリッドさんにアイヴィ、それにセイラさんじゃないか。どうして僕の部屋にいるの?」
「……あなた最近私たちを避けているんじゃありません?」
「えっと、そんなつもりはないけど……」
「私も最近、お姉様に避けられているような気がしています!」
「うん。イニスは最近デルソルにもあんまり顔を出さないし……」
「ごめん、ちょっと忙しくて……」
頬をかきながらそういうとみんなは顔を曇らせた。
「リッカのことでしょう?」
「……うん。目の前にいたのに助けてあげられなかった」
「それでもあの蜘蛛を倒して、私たちは助けてくれたじゃないですか」
「それでもリッカは助けられなかった。あと少しで手が届く距離にいたのに……」
「あの……私たちに何かお手伝いできることはありませんか?」
「いや、気持ちだけで十分だよ。危険なことに巻き込みたくないし……」
「ねぇイニス。私たちを馬鹿にしているの? 足手まといだってこと?」
「そういうことじゃない……ん、だけど……」
「じゃあいいじゃない。一緒に協力させてくださる?」
「お姉様っ!」
「イニスっ!」
三人が顔を近づけてくるから圧力が凄い。
これでやっぱりダメなんていったらどんなことになるんだろう。
でも確かに人手は少しでも多いほうがいいし……仕方ないか。
「わかった」
「じゃあいいのですね?」
「うん……でも戦いには正直行って欲しくない」
「分かっているわよ、守ってもらえなきゃ戦えない私たちじゃ力不足だってあの蜘蛛と戦った時に思い知りましたもの」
「うん。だから私たちはそれ以外の部分でイニスをサポートするよ。討伐戦は終わってチームは解散しちゃったけど、私たちはいつまでも仲間なんだから!」
「みんな……ありがとう」
こんなことならもっと早くに相談していれば良かったかもしれない。
考えてみえば全部自分で抱えようとしちゃっていたんだよね。
「それじゃ差し当たって、まずはメリンダのお母様にお話を聞きに行きませんこと?」
マルグリッドさんはそういった。
けど、メリンダのお母様に話を聞きに行く意味ってあるのかな?
「何を不思議そうにしていますの? メリンダのお母様は【赫き弾痕】として最前線で常に戦っているんですから何かあの魔女の事も知っているかも知れませんわよ?」
「え、メリンダのお母さんってあの【赫き弾痕】なの!?」
「そんな事も知らずに喧嘩の売り買いをしていたんですの?」
「売り買いっていうとなんか違う気もするけど……まぁそうなる、かな」
「呆れましたわ……」
ちらりとみるとセイラさんもアイヴィも呆れたような顔をしているから二人は当然のこととして知っていたんだろうね。
「メリンダはあれから学校を休んでいますから、お見舞いにかこつけて無理矢理押しかけちゃおうか?」
「アイヴィ……それはちょっと……。それにメリンダのお母さんもいるか分からないんだし」
「ナイスアイディアですわ、アイヴィ!」
マルグリッドさんはそういうと、アイヴィにビシィっと指を突きつける。
「え、ええ……!?」
「幸い、メリンダのお母様は今、この街にいますし……」
「な、なんでそんなことを知っているの?」
「一昨日華々しく凱旋したんだからみんな知っているでしょ?」
「そういえばお姉様は学校を休んでいましたね」
ああ、僕はハルトとレイス退治に行っていたから知らなかったのか。
「それじゃあ善は急げ、ですわっ!」
* * * * * *
それから四半刻を少し過ぎた頃、僕らはメリンダの屋敷の前にいた。
「う、うわぁ……なにこれ? 大きすぎないぃ!?」
「なに尻込みをしているんですの? さあ行きますわよ!」
マルグリッドさんはズカズカと歩いていって門衛と何か話をしている。
僕は貴族みたいなこういう世界は全く知らないから家構えをみただけでもう漏らしちゃいそうだよ。
「メリンダが会うそうですわよ」
さすがは同じ貴族のマルグリッドさんだ、と思ったらどうやらそうではないらしい。
メリンダはちゃんと僕らに謝りたいと思ってくれていたのだそうだ。
それでいい機会だから、と面会に応じることにしたらしい。
重そうな扉が音を立てて開いていく。
僕らは案内してくれる人に連れられて、ちょっとした運動場くらいの庭園を抜けると屋敷の中へ入った。
「ようこそお越しくださいました。お嬢様がお会い致しますのでこちらへどうぞ」
案内を引き継いだ壮年の執事さんが僕らを案内してくれる。
ついたのは豪奢な装飾がいたるところに散りばめられている部屋だった。
マルグリッドさん曰く、公爵ともなるとこれくらいの『応接室』が普通なんだとか。
メイドさんに入れてもらった紅茶をクッキーとともに楽しんでいるとノックの音がして、メリンダが部屋に入ってきた。
その顔はゲッソリとしていて、死相さえみえるほどだった。
「よく来てくれたな……」
メリンダは重そうな口を開いて、そして僕たちの対面に座った。
「まず最初に言わないといけないことがあるな。あの時はありがとう、助かった」
「僕も同じ学園の生徒が死ぬところは見たくなかったからね」
「同じ学園の生徒……か……」
僕の言葉にメリンダの顔が曇った。
「そういえばあなた、最近学校に来ていないそうだけどどうしましたの?」
「……折れちまったんだよ」
「折れた、というのは?」
「心がな、折れちまったんだ。それからはまともに魔法を使うこともできやしない」
「まぁ、だから最近みかけなかったのね」
「おかしいだろ、笑えばいいさ」
メリンダは自嘲するようにそういうと暗く笑った。
「そういえばあなたのお母様って今いらっしゃるの?」
「お母様がどうしたんだ?」
「いえ、せっかくだから挨拶を……と」
「はぁ……そうだな、ケジメはつけないといけないか」
そう呟くとメリンダは椅子から腰をあげ、「少し待っていろ」といった。
しばらく待っていると扉がノックされ、メリンダが戻ってきた。
「どうもメリンダが世話をかけたみたいだね」
そういいながら入ってきたのはメリンダそっくりな赤い髪をした女性だった。
おそらくメリンダのお母さんだろう。
ということはこの人が【赫き弾痕】……か。
確かに強者のような空気を纏っているように感じる。
無意識な威圧感というかそういったものかもしれない。
自然と身構えた僕らの前でその女性は頭を深々と下げた。
「……っ!」
それに驚いたのはマルグリッドさんだ。
いや、セイラさんもアイヴィも驚いているようだな。
「あ、頭をあげてくださいましっ!」
マルグリッドさんがそういうと女性はようやく頭を上げた。
「これはこの馬鹿娘がやらかしてくれたことに対するケジメだからね。出来もしないのに処刑だなんだのと喚いたようで迷惑をかけたね」
「い、いえ。結局はその勝負はなしなったので……」
僕もなんだか焦りながらそんなことをいった。
「それはこの馬鹿が命を助けてもらったからだろう?」
「ま、まぁそれは……そうですが……」
「はぁ、本当にこの馬鹿娘は。誰に似たのか……」
思わず僕は目の前の二人の赤い髪を見比べてしまった。
「で、用事はこれだけじゃないんだろう?」
「ど、どうしてそれをっ!?」
「じゃなければわざわざ家まで尋ねてきて公爵夫人……いや、【赫き弾痕】と呼ばれている私を呼び出そうなんてしないだろう? 欲しいのは金か?」
「いえ、ではなく。欲しいのは情報……です」
「情報?」
「はい。魔女の……いえ始祖の魔女について何か知りませんか?」
僕がそう聞くと……その反応は激しかった。
女性はガタッとした音をあげて立ち上がると、僕に詰め寄ってきた。
「き、貴様ッ! 誰にその呼び方を聞いたッ!?」




