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第5話 妹の刻印

「おお、あれが王都か……」


 小さな村に生を受けて十五年、これまでに村の外に出た事がなかった僕は近づいてくる王都とその門の大きさにとても感動していた。

 いや、ここまでの何日かの移動で通った僕の知らない村の風景もかなり胸に()()はいたんだけど。

 それでもあの雄大に(そび)える城を目にしてしまったらそれらは些事(さじ)みたいなものだ。


 隣に座っているブロスさんはこくりこくりと船を漕いでいて、この感動を分かち合えないのが残念でならない。

 ちなみにブロスさんは久しぶりに王都の友達に会いに行くという方便まで使って僕を心配して付いてきてくれた。きっと本人はそんなんじゃねえとか言うだろうけどね。


 車輪が歪んでいるのか時折大きく揺れる馬車の中で近づいてきた王都に思いを()せながら、僕は右手首にある隠す必要がなくなったその刻印をそっと撫でていた。



 * * * * * *



 僕とブロスさんが悪魔的計画を立ててしばらく僕は悩みに悩んだ。

 その結果、母さんと父さんにブロスさんとの計画を話す事にした。


 どんどん長く伸ばしていく髪を隠し通す事が出来ないと思ったからだ。

 もう既に肩に触れそうなくらい伸びた髪を側で見ていたであろう母さんは薄々何かに勘付いているだろうと考えたからでもあった。

 それなのに、計画を話すと「いつものオシャレかと思ってた……」と残念な事を口にしていた。


 二人の両親は僕の手首に現れた痣を見ると驚きに目を見開いて、そして計画を聞くと不安そうに眉尻を下げた。

 まぁ魔女学園の内部事情は詳しく知らないみたいだから、男子が敷地に足を踏み入れてはいけないことや、見つかったらどうなってしまうのか、なんて事は隠して話した。


 ……まぁ僕もどうなっちゃうのかなんてまるで分からないんだけど。


 万が一バレて迷惑が掛かってしまうようだったら僕の事は切り捨てて、「すでに勘当していて息子なんかじゃない」と言い張って欲しい、というと父さんに思いっきり殴られた。

 口の中が切れちゃってその後しばらくは痛みと格闘していたけれど、

「例えどんな事になってもお前は息子だ。それはこれからもずっと変わらない」

 と、言われて素直に嬉しかった。


 さて、そんな感じでようやく家族に説明出来た僕は母さんやブロスさんに習って()()()()()()を三ヶ月近くみっちりと学んだ。

 騎士のスキルは全く覚えられなかった僕だけど、どうやらそっちの方には適正があったようで、炊事、洗濯、掃除など家事全般から女の子としての所作までバッチリとマスターする事が出来た。


 ただ自分の事を私、ワタクシなどと呼称するのはどうにもむず痒くて慣れなかったけど。


「それなら”僕”のままでいいんじゃねえか?ボクっ娘も王都くらい広い場所ならそこそこいるからな」


 とブロスさんが言うので本当かなぁと若干訝しみつつ従う事にした。

 僕にとってはそっちの方が楽だしね。


 そうしてリッカが出発した日の夜、つまり僕が出発する前日の夜に最後になるかもしれない家での食事をしていた。

 その時に母さんと父さんが難しい顔をしていたのは僕がこれから挑む計画への不安だと思っていた。

 けれど、その理由は食事の後すぐに分かる事になった。


「実は話すか悩んだんだが……」


 そういって父さんが重い口調で語り始めたのは僕の出生秘話とも言うべき話だった。


 曰く、僕は母さんのお腹の中にいる時には”双子”だったらしい。

 一般的な妊娠期間である十月十日にはまだまだ早すぎる、というその日にそれは起こった。

 妊婦であった母さんの突然の腹痛だ。


 それは母体が危険になるほどのもので、双子だった僕らが育ちきっていないその時点で一か八か産む、それか痛みを楽にする……つまり僕らを”諦める”という二択を迫られたらしい。


 母さんはどんなに痛くとも、例え自分が死んだとしてもこの子達を守るといって生まれてくるまで痛みを我慢しつづけるという第三の選択を絞り出した。

 結果、それから二ヶ月ほど耐えた母さんは危篤状態となり、止む無く緊急的に僕が取り出されたらしい。

 その時に双子だったはずの”妹”は……産まれた時には既に息をしていなかったのだそうだ。

 母さんは妹の事について今日になっても自分を責め続けていたらしい。

 僕の成長が遅いのも、筋肉が付きづらいのも、そして<魔女の刻印>が現れたのもきっと自分の所為なのだ、と何度も何度も謝られた。


「待ってよ、でも僕はこうして生きている。それは間違いなく母さんのお陰だし、リッカやハルトみたいな友達だって出来た。みんなと同じこの世界で暮らしていける事に感謝しているんだ」


 僕はそれを聞いて責めるどころか心の底から母さんに感謝しているんだと伝えた。

 それから「産んでくれてありがとう」とはじめて口にしたのだった。


 その時に、僕には今のカイネウスという名前を、妹にはカイニスという名前を付けたと教えてもらった。

 それを聞いた僕は、きっと母さんのお腹の中で一緒に過ごしたであろう妹に名前を借りる事にした。

 今のカイネウスという名前に不満は全くないけど、女の子になりきるんだったら今の名前だとちょっと不都合があったしね。

 カイニスだとカイという響きから僕が露見してしまいそうだったのでカを取って”イニス”と名乗る事にした。名前を呼ばれるたびに妹と一緒だと感じられるから心強いはずだ。


「あ、もしかしたらこの<魔女の刻印>は一緒に生まれてくるはずだった妹のものだったのかな?」


 僕はそう思ったら刻印がたまらなく愛おしくなった。

 その夜、ベッドで寝るまで自分の手首をひらすら撫でて眠りについた。



 * * * * * *



「おい、カイ……じゃねぇイニス。そろそろ着くから馬車を降りる支度をしておけよ」

「うわっ!」


 昨日の夜の事を思い出しながら物思いにふけっていた僕は、横で寝ていたはずのブロスさんからかかった突然の声に驚いてしまった。

 いやあ、寝ているように見えて実はしっかり周りの状況を把握していたなんて。さすが元騎士だね。


「おい、イニス。俺の気の所為だったらいいんだが今、地の……男の部分が出ていなかったか?」

「…………きゃっ……」


 無駄に”やり直し”をした僕を半眼で見つめていたブロスさんは「大丈夫かねえ」と小声で呟いている。

 僕も心配になってくるからここまで来てそんな事をいうのはやめてほしい。


 不安八割、期待二割……けれどもはやる気持ちをどうにかおさえながら、僕はいそいそと支度をした。

 母さんが作ってくれた布の袋から懐鏡(ふところかがみ)を取り出して薄く施した化粧の最終確認も忘れちゃいけない。

 ちなみに持ち運べるくらい小さい鏡は村に一つしかなくて、息子が旅立つ前になんとか……と(おそらく)両親がいろいろな条件を呑んでどうにか譲って貰ったものらしい。

 それを考えたら……おっと、泣いたら化粧が落ちてしまうからここはぐっと我慢だ。


 そうこうしていたら馬車の速度が次第に落ちてきた。

 王都へ入るための馬車列に近付いてきたらしい。


 さぁ、もう王都に着くぞ——これからよろしく頼むよ。

 僕は心で妹にそう呟きながら、癖になりつつある魔女の……いや<妹の刻印>をそっと撫で続けたのだった。

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